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自分の住んでいるところも全国的にみればかなり都会な方だと自負しているが、ここの人の量には敵わない。日本中の路線が集約され、広大な敷地に収まりきらない人が混沌に溢れかえる。それが東京駅というものだ。
その東京駅の十四番ホームに俺は来ていた。まもなく到着する新幹線に、はるばる愛知県から従姉一家が乗っているからだ。
姉ちゃんに押し切られる格好で俺が迎えに来ることになったが、不思議と苦痛だとは感じなかった。勿論東京駅が家から電車で十分程度の近さだというのもあるが、やはり由実姉や芽依に久しぶりに会えるというのが嬉しかったのかもしれない。
こう言うと同級生たちには変態呼ばわりされるが、俺は昔から妹が欲しかった。別に流行りのアニメみたく、妹とにゃんにゃんしたいとかそういうことではなく、ただ甘えられたい。それだけだ。無いものねだりというのも大きいとは思うが、俺も誰かに甘えるだけではなく甘えられたかったのだ。それもあって、年下の親戚とは俺にとって貴重な存在なのだ。何度も言うが、俺は芽依と恋愛的なことがしたいのではなく、ただ甘えられたいだけなのだ。
左腕に巻いた黒い腕時計は十一時二十三分を示している。新幹線の到着予定時間まであと一分。階段近くの柱にもたれかかり、腕時計とにらめっこしようとしたまさにその瞬間、空気を裂くような音とともに白い車体がホームに滑り込んだ。
まもなく新幹線は止まり、開いた扉からどっと人が飛び出してくる。そういえば向こうは俺に気付くだろうか? 最後に会ったのは小学生の頃だから、俺の風貌はだいぶ変化している。かくいう俺も、芽依を見てもそれと気付かないと思う。
だがそれは杞憂だった。黄緑色の旅行かばんを肩に下げ、かばんよりもう少し色素の薄い丈の長いワンピースを着た少女と目があった時、俺は確信した。あの頃の面影がないとは言わないが、それでも大分変わっている。何故確信できたかはわからないけれど、とにかく彼女は芽依だと、俺にはわかった。おそらく向こうも同じだったのだろう。まっすぐ歩み寄ってきたかと思うと、俺の眼をじっと覗き込んだ。
「えっと、芽依、か?」
「うん。央芽、だよね?」
俺は答える代わりに芽依の方に手を差し出した。芽依は大きな旅行かばんだけではなく、いくつもの紙袋を左手に抱えていた。旅行かばんくらい持ってやろうと思ったのだが、何を勘違いしたのか芽依は、その手を遠慮がちに握ってきた。
「いや、鞄」
苦笑しながら言うと、芽依はもう片方の手を口に当てながら笑った。
「もうっ、わかりにくいことしてぇ。大丈夫よこれくらい」
「いやいや、傍から見たら大丈夫とは言えんと思うぞ?」
平気な顔をしてはいるが、芽依の頬には汗が伝っている。今日なんて少し寒いくらいだというのに。
「私のことはいいから、真知かお母さんのを持ってあげて」
由実姉も真知も、芽依より一回り小さな旅行かばん一つしか持っていない。こいつめ――。
「あっちょっと! 私のはいいって言ってるでしょ!?」
「まあまあ落ち着き芽依。ここは央芽の好意に甘えときなさい。私も真知も大丈夫だから」
「そうよお姉ちゃん。せっかくの央君のご指名なんだからぁ」
真知が何故かニヤニヤしながら芽依の腰をつつく。改めてこう見ると二人とも大きくなったなあ。芽依は昔の泣き虫の片鱗など全く見えないほど引き締まった顔をしていて、眉毛のところでまっすぐに切り揃えられた前髪が釣り目によく映えている。それでいてとても柔和に笑う。これでロングヘアだったら、漫画にでも出てきそうな美少女だ。真知は芽依ほど落ち着きのなさそうな勝気な顔をしているが、中学二年という年齢を考えたら大人びているほうだと思う。頭の後ろで結ばれた髪が動くたび揺れる様は、見ていて微笑ましい。正直言って、二人とも俺の思っていた以上に可愛い。期待の斜め上をいったというか、いい意味で裏切られたような感じだ。
「指名って……わかったわよ。お願い央芽」
芽依の差し出した紙袋ではなく肩に掛かった旅行かばんを奪い取ると、また何か言い出しそうな芽依から眼を逸らし、先に進んだ。
「じゃあ行こっか。みんな待ちくたびれてるだろうし」
***
「ほーら、私の言うとおり美人だったでしょー芽依ちゃん」
そう姉ちゃんが耳打ちしてきたのは、水を汲みにキッチンへと行ったときだった。
あれから四人で家に帰ると、テーブルいっぱいの食事と腹を空かせて悲壮な顔の兄ちゃん姉ちゃんに迎えられた。芽依が持っていた紙袋の一つを母さんに渡し(手土産だったらしい)、俺が荷物を客間に運んでいる間に皆落ち着き、こうして宴会が始まったのだ。
「ま、まあ確かに思ってた以上に可愛かったな」
「でっしょー。正直私もあれほどとは思ってなかったから、ビックリしっちゃったわ。あれは男もほっとかないんじゃなーい?」
「おとっ……そんなのわっかんねえだろ!」
「なーに慌ててるのよお。あっちょうどいいところに」
ギョッとして振り返ると、コップを持った芽依がきょとんとして首をかしげた。
「ねえねえ芽依ちゃんってモテるでしょー」
「へっ私が? 全然モテないですよー」
制止しようとした俺の手を煩わしげに振り払い、なおも続ける。
「またまたぁ。彼氏とかいるっしょ?」
「彼氏なんて出来たことないですって」
あっけらかんと笑う芽依は、ごまかしてる風には見えなかった。
「水でいいか?」
俺の視線に気付いた芽依は、無言でコップを差し出した。水を汲む俺の横でずっと俯いていた芽依は、小さくありがと、と呟いた。いつの間にか姉ちゃんは姿を消していた。
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