恋愛の勝者
オオハシキミコは嫌な奴だ。いつもいつも私の顔を見る度に憎まれ口をたたく。会いたくはないのだけど、何故か妙に縁があってよく会ってしまうのだ。
彼女とは高校時代からの知り合いだ。友達ではないと思う。あまり喋らなかったし、クラスだって別だった。だからお互いをそれほど詳しく知らない。詳しく知らないのだから、憎まれもしないだろうと思うかもしれないが、私は一方的に彼女から憎まれている。理由は簡単だ。高校時代、彼女が好きだった相手と私が付き合っていたからだ。
ただ、私としては納得がいかない。何しろ、今彼女はその私が高校時代に付き合っていた彼と結婚をしているのだから。
私は彼にきっぱりとフラれ、そして彼は彼女を選んだのだ。普通に考えるのなら、恨んで憎むのは私の方だろう。恋愛の勝者は彼女の方なのだから。
「本当に、そうですかね?」
ところが、それを聞くと鈴谷凜子という名の彼女は、私に向かってそう言ったのだった。彼女は会社の同僚の知り合いで、大学生。同僚の話によれば、いつもちょっとした謎を簡単に解いてしまうのだそうだ。推理小説に出てくる探偵のような存在… とまでは言わないが、頭の冴えている子なのだろう。
偶々、同僚と街にいる最中に会ってお茶をすることになったので、私は折角だからとその話をしてみたのだ。実はずっと腑に落ちてなくて、もやもやとしていたから。どうして私が憎まれなくちゃいけないんだ?
「あれじゃないの? 結婚したはいいけど、それで苦労しちゃったもんだから逆恨み、みたいな」
同僚がそう言った。私は「まさか」とそう返す。
「でも、あんたがその彼と結婚していれば、苦労していたのはあんただったのでしょう? 理不尽なタイプの女だったら、有り得るわよ」
実は、私が付き合っていた彼は、家族に不運な出来事が起こって、その負担の所為で色々と苦労しているらしいのだ。もちろん、彼と結婚したオオハシキミコも苦労しているに違いない。
「そんな人ではないはずよ、彼女は。文句を言いたいのは山々だけど、悪い噂はほとんど聞かない」
私に憎まれ口を言う以外では、私は彼女に関する悪口を聞いた事がない。むしろ、いい人らしいと耳にする。だからこそ、尚の事、私は腑に落ちないのだけど。
一体、私が何をしたというのか?
鈴谷さんがこんな事を訊いて来た。
「その付き合っていた彼の家族に、不運な事が起こったのっていつなのですかね?」
私はその質問を不思議に思いながらも、「さぁ? 別れて、高校を卒業した後で聞いた話だから、いつとは…」と、そう答える。鈴谷さんは続けて、こう尋ねて来た。
「答え難いかもしれないですが、彼があなたをフッた理由はなんだったのですか?」
「フラれた理由?
分からないわ。彼はただ、“別れてくれ”としか言わなかったから」
もう長い時間が経っているから、特に気にしていない。私は直ぐにそう答えた。それを受けると、鈴谷さんはこう言う。
「なるほど。では、こういう仮説は成り立ちませんかね?
高校時代、つまりあなたと彼が付き合っていた頃、既にその彼の家族には不運な事が起きていた」
私には彼女が言わんとしている事がよく分からなかった。そこで同僚が口を開く。
「ああ、なるほど。だから、彼はこの子と別れたって訳ね」
私はそれを聞いても分からなかった。
「どういう事?」
同僚は呆れたような声を上げる。
「あなた鈍いわね。彼はあなたに苦労をかけたくなくて、“別れてくれ”って、言ったって事でしょうよ。
自分は今から不幸になる。その不幸に、好きな相手を巻き込みたくない。健気でいいわね。悲恋だわ。多少、自己陶酔も入っていたかもしれないけど」
「ちょっと待って… 何それ?」
私は少しばかりショックを受けて、そう言った。
それが本当なら、彼は私を好きだったからこそ、別れたということになる。そして、その理屈でいえば、今結婚しているオオハシキミコの事を彼は……
鈴谷さんが口を開いた。
「まぁ、それからその彼も成長して、考えが変わったのかもしれないし、そもそもそのオオハシさんとの間にどんなやり取りが合ったのかも分からない。
だから、安易に結論は出せないですが、それでもそのオオハシさんからしてみれば、あなたの事を憎らしく思ってしまうかもしれませんね。
だって本当の“恋愛の勝者”は、あなたなのかもしれないのだから……」