under water
佐倉とプールに潜ってキスをしたのは、たいした成り行きじゃなかった。
でも、キス自体をたいしたことじゃないと思っていたのは、実は佐倉だけだったことを佐倉は知らない。
僕には、たいしたことだったのだ。
だって僕は、ずっと佐倉にキスしたいと思ってたんだから。
だから、水からざばっと顔をあげて目を見合わせた時、佐倉が普通の顔してたのにがっかりした。
そのピンク色の唇は、今僕の唇と触れたばかりだっていうのに。
大体、制服姿だって充分カワイイのに、そのカラフルな水着とお団子にした髪は反則だろう。
はしゃいで笑ってると、黒目がちの大きな瞳に光が反射する。
他のヤツが佐倉がカワイイことに気がついちゃうじゃないか。
部活のせいでくっきり小麦色に見えてた肌が実は白いことに、みんな気がついちゃうじゃないか。
でも、佐倉をバスタオルの蔭に隠しとく権利なんて僕にはないのだ。
女の子も誘おうとプールの計画をした時に、佐倉に声をかけたのは、僕なんだから。
佐倉の剥き出しの肩を手で叩き、水面の下を指差した。
佐倉は悪戯っぽく笑って潜ると、水の中で目を開いて僕を見たんだ。
頭を引き寄せるだけのタイムラグの鼓動。
誰か、気がついちゃうかな。
仲間たちがビーチボールに気をとられているうちに、早く!
水を挟んで柔らかい唇を探した。
プールからの帰りは、みんなでアイスキャンディーを齧りながら賑やかに歩いた。
佐倉のタンクトップで隠しきれない肩が、水着の部分を白く残して赤くなってる。
ショートパンツから伸びた足は、ソックスの形にツートーンカラー。
「あ、松山のアイス美味しそ。一口頂戴」
手ごと握られてドギマギしてるのは、僕だけ。
佐倉はやっぱりいつもの佐倉の顔をしていて、アイスキャンディーを齧る唇は何事もなかったかのよう。
僕、バカみたい。
「松山、家まで送って」
みんなで別れ際、佐倉が僕に向かって命令した。
何で松山?周りが騒ぐ中、佐倉は平然と宣言した。
「あたし、今日から松山とつきあうから」
スタスタと歩き出した佐倉に慌てて追い付くと、佐倉はまっすぐ前を見ていた。
「つきあうって、勝手に決めるなよ」
「ダメなの?」
動揺した顔が、僕に向きあった。
「だって!男の子とキスしたの、はじめてだったんだもん!」
「・・・さっきまで、まるで平気な顔してたくせに」
「みんなに知られちゃうって頑張って普通の顔してたのに!松山、気がついてくれないんだもん!」
うわ、泣きそう。僕はこれに弱い。
元気のいい佐倉がたまに見せる顔。
「ごめん、今度は水に隠れられないけど」
アイスキャンディーの味を残した佐倉の唇は、水の中と違って暖かかった。
fin.