ケース3~お調子者の後輩~
合唱部の合宿中。真夜中に目を覚まし、一人でトイレに行った帰りの廊下で後輩に会った。
ちなみにトイレは外付けで部屋には無いという女子にとって微妙な仕様だ。
「あ、舞先輩。」
「お、植原君。やほー。トイレ?」
「そうッス。先輩もッスか?」
「そうそう。私は帰りだけどね。
外付けって面倒臭いよね~。無駄に目も覚めちゃうしさ。」
彼が同意を示そうとしたその時、雲の隙間から満月が覗いて窓からサッと光が入ってきた。
「ヤベッ!」
「え?」
その直後、植原君はみしみしと音を立てながらその姿を異形のものへと変化させた。
ピンと立った耳、長い鼻面、大きな口とそこからのぞく牙、ふさふさの銀の体毛にゆるりと揺れる尻尾。
絵にかいたような狼男がそこにいた。
人間、驚きすぎると声が出ないということを自ら理解した瞬間だった。
どうみても本物のソレに恐れ慄きフリーズした私に向かって植原君が口を開く。
「あわわ!やべー!
いや、ちょっ、先輩、ちがっ、これは違うんス!!」
…めちゃくちゃに慌てる植原君を眺めていると逆に冷静になってきた件。
ていうか、リアルであわわって言う人初めて見たよ。
「こっ、これはアレッスよ!
あのっ、えー、そう、今度の文化祭の出し物の早変わりッス!!」
「……………………。」
「……………………。」
その場に気まずい沈黙が流れた。
「………えぇ~~っと。ごめん、植原君。
それはちょっと無理があると思う。」
「……ッスよねぇ~。」
力無く言って、植原君はがっくりとうなだれた。
バカなやり取りで完全に平静を取り戻した私は、現状を打破すべく彼に問いかける。
「あの…、植原君?中身はそのまま植原君でいいのよね?
人格が変わったりとかしてないよね?」
「あ、はい。そうッス。丸々俺ッス。」
「うん、そっか。でさ、その姿は秘密だったんでしょ?
私、見なかった事にしようか?」
そう言った私を植原君は理解できないといった顔で見てきた。
「……つか、舞先輩。超冷静ッスね。
昔、うっかり人前でこの姿になった時はそれはもう酷い有様だったんスけど。」
「っあ~、いや。
先に植原君がすっごく取り乱してたから、タイミングを失ったというか……。
まぁ、今はホラ。中身が植原君のまんまだったら別に大丈夫かなって感じ?
そういう特異体質って思えば別にどうということはないって言うか。うん。」
「先輩…、それって…。」
「ん?」
「めちゃくちゃ男らしくてカッケェーじゃないッスか!
マジやべーんスけど!!なんスか、その潔さ!マジやべー!マジやべー!
もうアレッスか!?惚れちゃっていいッスか!?」
「は!?いや、ダメだよ!いきなり何言ってんの!?
ていうか、騒いだら人が来ちゃうよ!?」
「うわっ、そうだった!スンマセン、先輩。」
注意をすると植原君は小声で騒ぐという器用な事をしてきた。
「……アレ?ってか、今俺フられた?
うわ、地味にショックなんスけど!
舞先輩、俺のどこがダメなんッスかぁ!?」
「え、出来の悪い弟とかペットの犬みたいにしか見えないところ?」
「グハッ!先輩、容赦ないッスね!
しかも狼男に向かって犬みたいとか洒落すぎッス!」
「植原君の感覚がよく分からないよ……。
とりあえず、私もう部屋に帰るから。
植原君はトイレにでも行って元に戻ってから帰りなね。
じゃ。」
「あっ、先輩!そんなアッサリ!」
まだ何か言ってる後輩を無視して部屋に帰り、何事もなかったかのように就寝した。
その後、植原君は「やっぱり諦めきれないッス!俺、先輩が振り向いてくれるようになるまで頑張るッス!」とか何とか言って、付きまとってくるようになったのだった。
彼が大っぴらな分、周囲が応援ムードになってマジウザいです。




