第二一幕 ―覚悟―
「セフィルさん!」
バンと大きな音を立てて、トーヤはセフィルの部屋の扉を開けた。
「……もう少し静かにできないのか?それとノックをしろ」
本を読んでくつろいでいたらしいセフィルは眉間にしわを寄せてトーヤをにらんだ。
そんな彼の言葉を身視してトーヤは言う。
「セフィルさん、俺……クリフトルって人と闘うよ」
「はあ?」
セフィルは2~3回瞬きしてから、言った。
「ダメだ」
「どうして!?」
「どうしても」
きっぱりとセフィルは言った。
「これは僕たちラメドの問題だ。10年前のあの大戦の……問題だ」
「……じゃあ、兄さんは良いの?」
「アークには頼めない。 姉さんとの結婚を控えているから。 これは僕たちだけでなんとかする」
「なんでよ!?なんでだよ!」
「足手まといは引っ込んでいろということだ。」
またもきっぱりとセフィルは言った。
「……足手まといにはならない。 どうして俺を頼ってくれないの?」
「……お前に裏切り者の手伝いをさせたくはないんだ」
「え?」
「反逆軍から見れば僕は首謀者の側近でありながら、反乱軍を裏切った卑劣な男だ。 そんな汚名を持つ者の戦いにお前を巻き込みたくない」
「でも、セフィルさんは苦しんだんでしょ?」
「……ああ、苦しんだ。 何せ、親のように慕っていた人間を殺す手伝いをしたのだからな!」
「………」
セフィルは苦しそうに言った。
「……僕がまだ幼いころ、僕の住んでいる村は焼け落ちた」
「え? どうして?」
「故意的に攻められたんだ。 僕らを殺す、あるいは捕まえて闇市で売りさばくためにな」
「誰がそんな酷いことを……」
トーヤのつぶやきにセフィルはキッと彼をにらんで、トーヤを指差した
「お前たち人間だ」
驚くほど感情が読めない声でそう言った。
感情が無いのではない。
今にも身を裂きそうな激情を押さえているのだ。
トーヤは悟った。
この人の中で人間に対する憎しみの感情は完全に消えてはいない。
村に火を放たれたとセフィルは言った。
なら、彼はおそらく見てしまったのだろう。
人間の悪意の炎で死んでゆく仲間たちの姿を……
その時の苦しみは、想像することができない。
一体、セフィルはあの時何を思い、生き延びたのだろうか。
「……セフィルさんは、どうして兄さんたちに協力したの?」
「大戦中のけがが原因で僕は記憶をなくした。それを見つけたのがフィアさんだ。」
「……」
「セフィルという名も、その時につけられた。 その後、記憶を取り戻した僕はしばらく中立を保っていたが、結果的にどちらかを選ばなければならなかった。 その時に僕はこちら側を選んだ。」
ただ、それだけの話だ。
そう、セフィルは言った。
「……どうした?失望したか?」
そんなセフィルの言葉にトーヤは首を横に振った
「ううん。 力になりたいと思った」
「力に?」
「うん」
その返事にしばらくきょとんとしていたセフィルだったがすぐにぷっと吹き出した
「セ、セフィルさん?」
「似ていると思っていたが、本当によく似ている」
「は?」
「アークも同じことを言った」
「兄さんが?」
「ああ。一人で抱え込むな、とな。」
その時を懐かしそうに思い出すセフィルの表情は穏やかなものだったという。