あなたに出会って 3
こんにちは。伊倉です。
前話の続きを投稿します。
「あなたに出会って」シリーズ、長くなる予感が…
「ほら、東さん、着きましたよ!!」
佐伯さんたちに教えてもらった住所、つまり東さんが住んでいる家の所までタクシーはやってきた。
にも関わらず、東さんは俺の方に頭をのせてスヤスヤと眠ったまま。
俺は彼女を起こすのを諦めて、運転手さんに代金を支払う。
運転手さんに「大変ですね…」と多少同情されつつ、俺は東さんの方に手を回し、タクシーから無理矢理降ろした。
剣道の竹刀や道着など荷物も多く、その荷物も抱えつつ東さんをアパートまで持ってくのは、割と大変である。
東さんの家は、オートロックのマンションの3階ということであり、コートから鍵を勝手に取り出してエントランスを開け、エレベーターに乗せ、彼女の家の前までつれてきた。
所要時間、(たぶん)普通にここまで来るときの5倍はかかっている。東さんが俺の右側に(酔ってほぼ寝た状態で)もたれかかっていて、左肩には2人分の剣道の道具を持っているから、進むのは超ノロノロである。
「あずまさーん、お家着きましたよー。」
家の前で大きめな声で呼びかけるが、依然として俺にもたれかかって寝たまま。
しょうがないので、家の鍵を開け、勝手に家の中へ。
剣道の荷物をその辺に降ろし、電気をつけると、一人暮らしの女性らしく、よく整理されている。見たところ2LDKであろうという広さだ。
ベッドルームを見つけ、肩にもたれかかっていた東さんをそこに乗せる。
右肩の重り(失礼な言い方であるが、決して東さんが重いとかそういうわけではない)が外れたので、一息ついて部屋の中をじっくりと見回す。ベッドルームもシンプルで綺麗にしてあるなぁ、と感心。
ちょっと部屋の中をぐるっと歩いてみようと思って、東さんに背を向け、足を踏み出すと、俺の身体が後ろに引っ張られた。
ん、と思って後ろを見ると、東さんが無意識にだろうが、俺のコートをつかんで引っ張っている。
「え…」
と、違和感たっぷりに俺の声が漏れるのと同時に、
「んみゅう…」
と、寝言感満載な言葉が東さんの口から漏れる。
その瞬間、数年前に、これと似たような光景があったことが頭の中にフラッシュバックした。
確か、それは俺が大学2年の時だったと思う。
俺は5月生まれなので、同級生の中でも割と早く満20歳になり、大手を振って飲酒することができた。
(それ以前の飲酒に関しては否認するつもりはないが…)
大学1年は、剣道以外にもいろいろな遊びを覚え、その快楽も知ってしまった時期ではあったが、俺の中にはまだ剣道を優先順位の一番上にする意識はあったし、実際、遊びつつも、剣道もしっかりとできていた。
そんな状況が変わったのが、大学2年の、6月ぐらいであろうか。
部活か、それとも学部の友達かは忘れたが、友達に合コンに誘われ、酒を飲み、今日と同じみたいに泥酔した一人の女の子を家に送り、今みたいにベッドのそばで艶かしい声を出され、俺も酔っていた勢いということもあり、身体を重ねてしまったのだ。
それだけなら一夜の過ちですまされるかもしれないが、問題は、その女の子を彼女としてから(どういうわけか)剣道から離れてその子や他のことにのめり込んでいってしまったこと、そして、これは後に聞かされたのだが、その女の子は泥酔していたふりをしていて、俺を捕まえるためにわざとやったということだ。
前者に関しては、完全に俺が甘かった、ということだけである。
しかし、後者のことに関しては、大学生活を送っていた当時はまぁ良くあることぐらいにしか思っていなかったのだが、剣道をしっかりやろうと決意した今、それはちょっとしたトラウマである。
だから、以前の俺なら、もう東さんに襲いかかっていただろう。
でも、今の俺は、そんな経験があり、そして剣道としっかり向き合うということを選択したのだ。東さんは本当に寝ているのだろうが、同じ過ちは繰り返さない。
だから、俺は、俺のコートをつかんでいる東さんの手を優しく引きはがし、ベッドにしっかりと寝かせ、「酔って寝ていたようなので勝手に家に入って寝かせときました、お大事に」的なメモを残し、何かから逃げるようにこの家を後にした。
…完全に酔いが醒めてしまった。家に帰る途中で、コンビニで酒買って、一人で飲み直そう。
バタン。
玄関のドアが閉まった音を確認してから、私は身体を起こす。
まだ飲み過ぎによるあの独特な感じは残っているものの、身体を動かして正常な思考ができるぐらいには回復した自負はある。
真壁君の歓迎会で、真壁君と一緒にいろんな話をしているうちに飲み過ぎたのは覚えていて、たぶんそこから寝ていたんだろう(だって記憶にないんだもの)、次に気づいたのは、私が真壁君に身体を預けて、うちのマンションのエントランスでエレベーターを待っているときだった。
じゃあそのときに起きれば良かったんじゃないか、と思うけども、私はそうしなかった。
寝たふりを続けた。
なぜか。
それは、一言でいうならば、真壁君の出方を見た、ということにでもしとこうか。
正直、真壁君に襲われたら、それはそれでよかった。
だって真壁君はうちの剣道クラブに珍しい若い男性で、おまけに爽やか系なイケメン。剣道中も女子中高生が熱っぽい視線を送ってたのには同性として気づいていた。
そして、私にだって自分が美人ともてはやされてきた自負だってある。会社でも人気は高いと自覚しているし、合コンに行ったって絶対に男性からはお持ち帰り、そこまでは行かなくても密に連絡を取ろうとする対象になることは知っている。
そしてもう一つ。
私は、この春、2年つきあった彼氏と、向こうの浮気で別れていた。
そういう現実を、一瞬でも忘れたかった。理由がなくてもいいから、抱いてほしかった。
だから、あえて、艶かしい声を出してみたのだ。
なのに、彼は、少し何かを考えて、私のサインに気づいたかどうかは分からないが、それを無視し、帰っていった。
なんか、空しい。抱いてほしかったのにそれが満たされなかったせいか、それとも自分のサインを無視されたせいか。
それにもうひとつ気になることがあった。この部屋を出て行くときに盗み見た彼の横顔は、歓迎会のときに見せていた彼の顔とは違うものだった。
「真壁、秀、くん、ねぇ…」
私は、彼に、興味を持った。




