あなたに出会って 7
このシリーズ完結編です。
感想や評価のほうよろしく御願いいたします。
そうして、俺と東さん-もっとも、今は『七海』『秀』と呼び合っている-は、付き合い始めた。
俺がそれまでに付き合っていた彼女、えりには、俺がこっぴどく振られるというオマケつきだ。まぁ、彼女とのデート中に、他の女性からかかってきた電話で彼女を放ってどっか行った男には、当然の仕打ちだろう。
でも、それはそれで良かったのかもしれない。
七海と想いが通じ合ってからの毎日は、とても充実していて、楽しかった。
たまには喧嘩もしたけど、仲直りして、時々イチャイチャもして、もちろん仕事と剣道も頑張って。
仕事の方は初めての後輩もできて、会社の皆からも信頼される仕事もできるようになってきて、毎日必死に頑張っているけど、楽しくやっている。
剣道も休まず毎週末は練習に参加し、たまにクラブでチームを組んで試合に出たりしていた。
そして、付き合ってからちょうど2年後、俺が26歳で七海が29歳になる年、俺は例の公園でプロポーズした。
どうプロポーズしようとかと思って、健人兄さんにも密かに相談していたんだが、あの人は自分が派手なプロポーズしていたから、なんかサプライズとか派手めなのばっかり提案してくるので、苦笑しつつ却下した。
流れは、普通に、飯食った後、散歩がてら公園の高台に上って、夜景をみつつプロポーズ。自分で振り返ると恥ずかしい。
それで、付き合っていることも割と早い段階で剣道クラブの皆にお知らせしていたのが、結婚を決めたときも、皆、祝福してくれた。おばさん曰く、『あのおてんばな七海ちゃんが、こんないい人と結婚するなんて…』おじさん曰く、『こいつのガサツな所も、真壁君は、好きになったのか!ガハハ!』等々。
七海が人からどう見られていたかがわかるコメントばっかりで七海はいちいち『違うわっ!!』ってツッコんでたけど、皆、七海が俺と結婚することを、喜んでくれた。
それから、週末を利用して、七海の実家にご挨拶に行った(七海の実家はこの県にあるので、電車で一時間ちょっとでいける距離だ)。
付き合っているときも一回だけお邪魔したことはあったが、結婚の報告となると、また別物である。
ちゃんとスーツを着て、ご両親に会って、など、とにかく緊張した。
お義父さんは結構厳しいというかしっかりした方で、年下の男との結婚というのに不安を隠せない様子だったが、お義母さんのほうが『あら、こんなにしっかりしてるんだし、問題ないじゃない!娘が選んだ人なんだし!』と、俺たちを強烈にサポートしてくれた。
でもその後、実家でご飯をご馳走になったのだが、そのときに、不意にお義父さんに、『…ちょっと気が強い娘だけれども、幸せにしてやってください。』と、言われた。
もちろんです、と返答しつつ、お義父さんの七海への想いを感じ取ったのであった。
七海は3兄妹の一番末っ子で、上の2人はもう結婚して子供もいるらしい。結婚もせずに30目前まできた娘を、お義父さんなりに心配していたのだろう。
そして七月の初めには、お互いに金曜日に有休を取り、金土日の三連休で東京観光を兼ねて都内の俺の実家へと七海を連れて行った。
ちょうどそのとき、健人兄さんがシーズンオフということで、姉貴のとこの家族もスペインから戻ってきていたので、七海を皆にお披露目してきた。
海輝と理菜という姉貴と健人兄さんの子供2人は新しい遊び相手が来たと思ったのか、『ななみねーちゃん!』といって遠慮なくじゃれていたし、
姉貴とはなんだかむっちゃ仲良くなっていたし(おそらく性格が似ているのだろう。気が強いところとか。その他に言及するのは俺の平穏が害される恐れがあるので避けておく)、
健人兄さんには俺の過去をいろいろ教えてもらっていたし(七海は最初、『副島健人』にビックリしていたけど、すぐに慣れて普通に話していた。同い年だしね)、
うちの両親には『秀は大丈夫ですか?』『あの子はまだ頼りないですけど、お願いしますね』とか俺の面倒を見るよう頼まれてたし、
何はともあれ、ウチの家族とすんなり馴染めていて、ちょっとホッとした。
…のは俺だけだったようで、後で七海に聞いたところ、『え?別に緊張とかしなかったけど?』なんて言われたので、うまくいくかという俺の心配は完全に杞憂だったようだ。
「お前、変わったよな。」
これは俺が七海と出会ってから言われた言葉で一番多い言葉だ。
俺たちの結婚式の後の披露宴の歓談タイムの今も、いろんな人から言われている。
「そうか?」
「あぁ。大学のときとはなんか違うな。」「分かる。なんていうか、ポジティブになったというか?」「うーん、まぁ、そんな感じだよな。」
大学の旧友が俺の周りに集まって口々にそう言う。自分ではイマイチ分からないのだが、大学で4年間ともに過ごしてきた奴らが言うのだから、本当なのだろう。
そしてコイツらが言ってたように、『ポジティブになった』というのが一番多い。
「まぁまぁ、俺のことはいいとして、最近お前らどうなの?」
このことは後で考えるとして、皆の近況を聞いたりして、大学の奴らとの話を楽しんだ。
その後、健人兄さんがフラッと俺のもとへやってきた。
「おう、結婚おめでとう、秀。」
「健人兄さんこそ、来てくれてありがとう。」
「いいっていいって、可愛い弟分のためなんだから。」
スペインでのシーズン中にも関わらず、時間を作ってわざわざ結婚式に出席してくれたので、健人兄さんや姉貴たちには本当に感謝である。
「なんか、健人兄さん、いろんな人に囲まれて大変そうだったね。」
「まぁ、しょうがないか、でも主役よりも引っ張りだこだったぞ。」
『副島健人』の名前を知らない人はいないので、いろんな人に握手や写真を求められていた。それに嫌な顔せず応じているところ、さすがプロだなぁ、と先ほど新郎の席から見ていて感心していた。
それはいいとして。
いろいろ雑談をしてから、俺は健人兄さんにある疑問をぶつける。
「ねぇ、俺、いろんな人から言われるんだけど、変わったのかな?」
健人兄さんはその質問に少し驚いた顔をしてから、笑顔で頷く。
「あぁ。変わったと思う。」
「どういうところが?」
「情熱を外に見せ始めたところ。」
即答してくれる。そして、その答えは今まで俺がもらってきた答えとは違うものだった。
「情熱?」
「ほら、昔のお前って、高校時代の俺も似たようなもんだったけどさ、クールというか、飄々としていたというか、いつも冷静を保とうとしてただろ?」
心当たりが無い訳ではない。
別に感情を表に出さなかったという訳ではないが、何かにガーッとのめり込んで突き進むタイプではなかったし、剣道だってどっちかって言うと内に闘志を秘めたタイプだったと思っている。
「だけど、仕事の影響もあるだろうけど、七海さんと出会ってから、そういうのが変わったんじゃないのかな。何かをやるとき外から見てても一生懸命なのがすごい伝わるというか、先頭に立ってガンガン物事を進めていくようになったというか。」
俺も似たようなもんだから分かるよ、と、健人兄さんは笑う。
確かに、自分でも言ってたけど、健人兄さんは高校時代は昔の俺と似たような感じだったが、姉貴と付き合い始めてから、変わったというのはある。
七海も姉貴も、気が強くて、自分で物事を進めていこうとすることができる人だから、俺と健人兄さんは2人してその影響を受けたんだろうなぁ。
「そっか。じゃあ、七海のおかげなんだな。」
「多分な。しっかり嫁さんに感謝するんだぞ。」
健人兄さんはそう笑う。
「あら、健人さん、今日は遠くから来てくれてありがとう。」
そこにちょうど友人と話していた七海が戻ってきた。今はウェディングドレスではなく、動きやすいドレス姿なのでさっきから立っていろんな人のもとへ行っていたようだ。
「いえいえ、それよりも今日は本当におめでとう。」
七海と健人兄さんは言葉を二言三言交わす。同い年だから、姉貴も含めてだけど、この3人は仲がいいなぁと端から見てて思う。
「じゃあ、俺は席に戻るよ。多分この式が終わったらすぐにスペインに帰るから、今日の最後まではいられなくてごめんな。」
「うん。本当に今日は来てくれてありがとう、健人兄さん。」
「帰路気をつけてね。冴子さんにもよろしく!」
そう言って戻っていく健人兄さん。その姿を見つけて微笑む姉貴。
あの2人は、本当に、いい夫婦だと思う。
「冴子さんと健人さんって、お互いを想い合っているのがすごい伝わってくるわよね。」
「あぁ、俺が知るかぎり、ベストな夫婦だろうな。」
俺たちはそんな2人の姿を見て、しみじみと感想を漏らす。
場は歓談タイムということでいろいろな人がいろいろな話をしてザワザワと盛り上がっている。そんな中、場を眺めている俺らの間に訪れる静寂。この静寂は、俺たちだけの時間・空間のような気がして、嫌いではない。
不意に、七海が口を開いた。
「…私たちも、あんな風になれるかな。」
俺は、七海の方を見て、言う。
「なれるよ、きっと。」
だって俺は、七海に出会って、変わったんだから。