あなたに出会って 5
この話と次の話で急展開…するかも?
感想や評価の方よろしくお願いします。
いろいろ悩んだあげく、スマホで取得できるクーポンがあるということで、チェーンの居酒屋に行くことにした。
正直言って、俺も東さんもこのへんの居酒屋をそんなに利用したことはない。最寄り駅の居酒屋に寄るくらいなら、どっかで酒やつまみを買って家で飲むからだ。
まぁ、ここのお店の客引きの人が、独特な声色で、それにつられた、というのもあるけど。
店に入り、2人用の個室に案内されたので腰を下ろし、「とりあえずビール2つ」と注文。
「『とりあえずビール』だなんて、真壁君も社会人が板についてきたねぇ…」
「まぁ、そうかもしれませんね。大学の頃はビールも飲みましたけど、カクテルとかサワーとかの方が飲みやすかったような覚えがありますし。」
「そうだねー。今の会社でも、女の子はみんなサワーとかだもん。」
と、和やかな感じのスタート。
東さんの会社は電車で30分ほど離れているらしい。この県の一番都会の都市に会社があるそうだ。(もっとも、都会と言っても、東京を知っている俺にすれば『都会?』という、物足りない感じではあるが…)
まぁ、県で一番都会と言うだけあって、店揃えも悪くない。俺も、服やCDや雑貨などを見に行くときは、その駅を利用している。
それから、お互いの会社の話をしたり、大学の話をしたり、剣道の話をしたり、趣味の話をしたり。程々にお酒も入り、おなかもいい感じにふくれてきて、楽しい時を過ごしていた。
「ちょっとお手洗い行ってくるね。」
「吐かないでくださいよ〜?」
「まだ吐かないわっ!」
お互いにほろ酔いだからということなのか、こんな軽妙(?)なやりとりも弾む。
東さんが出て行った後、グラスに残ったサワーを飲み干し、次は何を頼もうかとメニュー表を手に取る。
そこで、俺は、思い出した。
今日、なんで、ここに来たかってことを。
そうだ、酒飲んで、楽しく話して、はいおしまいって訳じゃなかった。
あの日以来、東さんが俺を観察していることについて、聞くためだ。
もし俺が何かまずいことをしたなら申し訳ないのだが、俺にはその覚えがないし(ただ自覚がないだけなのかもしれないが)、どういう理由で俺のことをじっと見ているのか、それを聞きたいのだ。
そうだ、何してるんだ俺、と自分で自分の顔をパシッとはたいて、改めて次の一杯を注文し直す。
真壁君とのサシ飲みは、盛り上がった。
聞き上手だから話しやすいし、うまく話に乗っかってくれてどんどん発展していくし、お酒の力も借りて、笑いは絶えない。
でも、私は笑っているときも、心の片隅では、真壁君の『本当の』顔、何か隠しているものを見つけ出してやるんだ、という冷静さを保っていた。
今、仕切り直しということを自分に言い聞かせるために、中座してお手洗いで鏡を見つめている。
洗面所の水の冷たさが突き刺さるようで、ほろ酔い気分になっていた私を覚ましてくれる。
…よっし、今日こそ、聞いてやるわ。
自分の頬を軽くたたいて、私たちの個室へと戻る。
戻ると、真壁君の雰囲気が、ちょっと違っていた。
さっきまでの『いつもの』雰囲気ではなく、おそらく、私が探し求めていたのと同じような雰囲気。
「あ、おかえりなさい。」という言葉とともに見せる微笑みはいつものようなものだけども、漂うものが違っている気がする。
そう思うと同時に、私はひとつのミスを犯しているとも思い至った。
おそらく、真壁君は、私がここ何週間か『観察』していた理由を聞きたいのだろう。
自分では割とばれていないと思っていたのだが、剣道クラブの人たち数人からは「どうしたの?」と聞かれた。ということは、おそらく、真壁君含め皆、私が彼を『観察』していたと分かっているはずだ。
そっかー、私的には真壁君から聞き出すチャンスだと思ってたけど、それは向こうも同じことを思ってたのかー…
こうなれば、取る手段は一つ。
多少強引にでも、先手を取ること。
真壁君のキリッとした目が私をとらえて、彼の口が開く瞬間…
「東さ…」
「真壁くん!聞きたいことがあるんだけど!」
先手必勝。
「は、はいっ!」
そして思わずつられる真壁君。真壁君には先手必勝が有効、と頭の中にメモしとく。
「…真壁君さ、何か、隠してるでしょ。」
「…」
それから私は、あの夜の日、真壁君が部屋を出る寸前に目覚めたこと(にしておいた。もう少し前に起きていたが、それを言えば『抱かせよう』としてた所まで話すハメになるからだ)、そしてその横顔が、皆の前で見せている顔とは違ったものだったということ、それが気になってここ数週間真壁君を観察していたことを、話した。
「…気づいてたんですか。」
「なんとなくね。いつも、真壁君は爽やかな好青年って感じだけど、私がそのとき見たあなたは、それとは少し違った、何か陰を持った表情だったから。」
「…」
それから、真壁君は話してくれた。
剣道に打ち込もうと決意した大学時代、一夜の過ちをきっかけとして剣道と真剣に向き合ってこなかったこと。それを後悔して、社会人になってからはしっかり向き合う決意をしたこと。そして、あの日の状況が、一夜の過ちのときと似たような状況だったことを。
「それで、思い出しちゃったんですよ、その時のことを。あのときの俺は甘かった。剣道をやろうって思ってわざわざ地方の大学に来たのに、その剣道を自分から捨てにいったようなもんですからね。」
「そうだったんだ…」
それが、彼の抱える、陰だった。
『なんだそんなことか』と思う人もいるかもしれない。でも、私はそうは思わない。
観察していて分かったことなのだが、真壁君は、真面目なのだ。自分に厳しくいようとしているのだ。
そんな彼からすれば、昔の自分自身が、許せないのだろう。
個室にはしばしの間の無言。真壁君はその間に、運ばれてきた焼酎を、ぐいっとあおる。
「…じゃあ、俺からもいいですか?」
「え?」
「今の話で分かったんですよ。」
真壁君は、焼酎をまたあおってから、続ける。
「あの日、東さん、起きてましたね。」
「…!!!」
「あの時は寝てると思ったんですけど、後からよくよく考えたり、さっきの話を聞いた限りだと、必ずしもそうじゃないのかなと。ベッドに着く前に起きてたからこそ、横顔とか見れたんですよね。きっと。」
「…」
図星だ。
甘かった。タイミングよく目覚めるなんて、話が良すぎたか。
真壁君は私の目を見たまま。
「…ええ。起きてたわ。」
「何故寝たふりをしていたんですか?」
「…本当のことを言うと、真壁君が幻滅したり、私から距離を取ったりするのかもしれないけど。」
「構いません。これまで通りでいきますから。」
ならば、と一息ついて、話す。
「抱いてほしかったから。」
「!!!」
予想通り、真壁君の顔が硬直する。
「私ね、3月の終わりに、2年付き合ってた彼氏と別れたの。向こうが浮気していたんだけど、それを問いつめたとき何て言ったと思う!?『あの女の子は俺が守ってやらなくちゃならないけど、君は一人でも生きていける。君は強い女性だ。』だって!!私だって、普通の女の子なのに、あの男は、2年も私と付き合って、私の弱い面に全く気づかなかったってことよ!!!その言葉を一瞬でもいいから忘れたかったの、抱かれて忘れさせてほしかったの!!!」
一気に吐き捨てる。そうして手元のグラスの日本酒をあおる。
誰にも話したことのない、今まで自分の胸の中にしまっていた感情。それを、ぶちまけてしまった。
あぁ、おさまらない。何が『君は強い女性だ』よ!私だって女の子なの、弱いところだってあるの、忘れたいことだってあるの!!
怒り沸騰な私とは対照的に、ポーカーフェイスな真壁君。彼は焼酎を空けると、「そろそろ行きましょうか。」と伝票を手に取った。
2人でお会計して、外に出る。「家まで送りますよ。」と言ってくれたので、それに甘えて送ってもらう。怒りのせいで、一人じゃ何をしでかすか分からない。
あぁもう、腹立つ。
無言のまま私の家まで歩いていく。その間も、はじめてしまっていた感情をぶちまけた副作用か、その怒りが収まらない。
家の前まできたとき、私は思わずこう言っていた。
「…今日は抱いて。」
「え?」
「忘れさせて。私のなかの怒りの感情を、一瞬でもいいから忘れさせて。」
視線と視線がぶつかり合う。
「…」
真壁君は無言で何かを考えている。そして、重い口を開いた。
「…いいんですか。」
「いいわ。」
「…弱みを見せた女性を、放っておくことはできないので。」
自分で、理由付けするように、そうつぶやく真壁君。やっぱり、彼は真面目で、優しい人だ。
そうして、私は、真壁君に、いろんなことを、忘れさせてもらった。
翌朝、起きると、あれほど温もりを与えてくれた真壁君はもう隣にはいなかった。代わりに、この前みたいに、小さいメモが残されていた。
「あなたは決して強い女性なんかじゃない。僕が保証します。」