あなたに出会って 4
東さんがヤンデレっぽくなってきましたが、全くその気はないのであしからず。
感想等お待ちしております、よろしくお願いします。
というわけで、俺は新社会人としての生活をスタートした。
仕事は初めてのことだらけで覚えることがたくさんあるが、そんなに大きくない会社のせいか、みんなアットホームで、上司や先輩もいろいろと優しく指導してくれる。
なんでも営業に入ってくる新人は数年ぶりらしく、皆の期待を受け、これは頑張らなければ、という気持ちになっている。
とりあえずは会社に慣れ、仕事に慣れ、先輩の仕事ぶりを見つつ学んで、少しずつ成長していければな、と思った。
で、剣道の方だが、歓迎会以来、しっかりと練習に出て竹刀を振っている。
最初の頃は俺のことを遠くから様子見だったちびっ子共は、今や遠慮なくいろんなことをしてくるまでになった。
例えば、俺が休んでいるときに、ニヤニヤしながら「かくごー!!」「「おぉーーー!!」」とか言って竹刀で襲いかかってきたり、などなど。
中高生も、最初は突然現れた俺を警戒していたのかもしんないけど、今はそんなのもなく、いろいろ話しかけてくる。
そして歓迎会の日以降、酒を交わした皆さんももう気軽にいろいろはなせる間柄となった。
どうやら俺は、このクラブの皆にメンバーと認められたようだ。
ただ、一人だけ、未だ俺が距離を計りかねているいる人がいる。
「…」
練習が終わって中高生としゃべっている俺のことを今も遠くから観察(監視?)している、東さんだ。
なんか、俺が東さんを家に送ったあの日以来、話しかけられもしないが、ずっと観察されているという状態が続いている。
なので、俺としては、「???」であるのだ。
そんな状況は、みんな気づいている訳で。
歓迎会の次の週の練習だったときは、佐伯さんたちに「真壁君、東さんに手でも出したか…?」などと勘違いされて全否定するハメになったし、
今だって、「ねぇ、真壁さん、東さんにずーっと見られてるけど、なんかしたの?」「それ私も思ってた…」と(ちょっとニヤニヤされながら)女の子たちに聞かれているのだ。
「いや、心当たりないけどなぁ…」
なんてやり過ごして、違う話題に持ってくけど、本当に、いったいなんなのだろうか。こんなことになった原因なんて全然思い浮かばないし、全く分からない…
「おっと、お前ら、もう6時近いぞ。」
ふと腕時計で時間を確認するとそんな時間だった。俺と話していた高校生たちやまわりで友達同士で話していた小中学生たちに呼びかける。みんな基本的には家で晩ご飯を食べてるみたいだから、そろそろ帰らないとそれに間に合わないだろう。
「じゃーねー!」「また来週〜!」「ばいばーい!!」
まぁ、子供たちともこうして気軽に挨拶できる間柄になったのは、喜ばしい限りだ。
そんな奴らに手を振りながら、俺も家に帰るかーと思い、駅へと歩き出す。
いつも練習している体育館があるのは、俺の最寄り駅から電車で2駅離れている。なんとも微妙な距離のため、歩きや自転車では行きにくい。
会社の通勤定期があることをいいことに、こういうときは電車を遠慮なく利用させてもらっている。
今日の晩飯はどうしようかな、家になんか材料あったかな、それかどっかで食ってくか買ってくかしようかな…
なんて考えながら駅への道を歩いていると、歓迎会のときに行った居酒屋のそばを通った。
…あ、そういや東さん、今日もなんだったんだろうか…
全くしゃべりかけられないでただ見ているだけ、なんか俺悪いことでもしたか?
一応、立ち止まって周りをきょろきょろ見回してみるが、東さんらしき姿はなかったので、また駅へと歩き出す。
あの日以来、私は、真壁君のことが、『人間的』に気になっている。なので、観察している。
もちろん私の誘惑をなかったかのように無視したことでささやかなプライドが傷つけられたから、その嫌がらせ、ということもないわけではないが、それは10パーセントぐらい。
残りの90パーセントはというと、私の部屋から出るときに見えた、彼の横顔が、これまで見てきた彼の顔とは違うものだったことに対するもの。
まだ、何か隠しているものがある気がする。
そう思って真壁君のことを観察しているけど、剣道クラブでの彼はいつものような明るい好青年。誰もその裏を疑う人はいない。
一回だけ、平日、友人と行った飲み屋で真壁君がこれまた会社の人たちと飲んでいるところをちらっと見たけれども、そのときも明るい好青年で、上司からも好かれているようだった。
別に、彼が、悪い人とかやましい何かを抱えている、とかそういうことを言いたいんじゃない。
何か、辛いものを抱えているんじゃないかということ、そして普段はそれを見せないようにしているんじゃないかということだ。
…というわけで、練習後のいま、私が真壁君と同じ最寄り駅を使っていることを利用し、駅の改札出たところで、真壁君が出てくるのを見張っている。
私は彼より先に電車に乗って出てきたので、何本か後の電車で来るだろう。
改札から出てくる人が増えてきたので、どうやら電車がきたようだ。
いろいろと考えるに、おそらく、この電車に乗ってきただろう。そして、真壁君も、間もなく改札から出てくるだろう。
そう期待して私は改札の方に集中するが、真壁君らしきひとは出てこなかった。
次の電車なのかな、いやでももう帰ろうかな、なんて葛藤しはじめたころ、急に肩を叩かれた。
「?」
振り返ると、そこには、探していた真壁君がいるではないか!!
「えっ、な、なんで…」
「改札の中から東さんいるの見えたんで、驚かせようと思って、もう一つの改札から出てきてぐるっと回り込んだんですよ。」
俺、目はいいですからね、なんてにこっと笑ってそう続ける真壁君。その笑顔はいつもの笑顔だ。
…ほほーう、私の裏をかこうとはいい度胸じゃないか。その勝負、乗った。
「よし、じゃ、今から、飲み行こう!!!」
サシで向き合って、彼の抱えてるものが何なのか、見極めてやる!と心に誓う。
「酔って寝ないんならいいですけど…」
「大丈夫、今日は自制する。それに、送り狼にあっちゃうかもしれないしね。」
真壁君のことを『送り狼』なんて茶化したそのとき、一瞬だけだが、彼のほほがピクッと動いた。
どうやら、勝負は私有利に展開しだしたようだ。
「…ま、いいですよ。俺も晩飯どうしようか考えてましたし、行きましょうか。」
すぐに普段の笑顔を浮かべた真壁君。
気を取り直して、私たちは並んで、どこの店に行くかをあーでもないこーでもないと2人で考えつつ、雑踏へと足を踏み入れていった。