迷う時間
雨が降っていた。
灰色の空。
小さな葬儀場の前で俺は立っていた。
黒い服。
周りには隼人の家族や親戚。
俺と遥も参列していた。
隼人の母親が泣いている。
「どうして……」
「どうしてあの子が……」
隣で父親が肩を支えている。
葬儀の前。
政府の職員が説明をしていた。
スーツ姿の男。
感情のない声。
「今回の件は」
「医療機器の事故によるものです」
遥が小さく言う。
「嘘だ……」
俺は拳を握る。
職員は続ける。
「国家研究施設での不慮の事故」
「責任はすでに調査中です」
隼人の母親が泣きながら言う。
「隼人は……」
「苦しまなかったんですか……?」
職員は少しだけ間を置いた。
そして言った。
「すぐに意識を失いました」
嘘だ。
俺は知っている。
隼人は最後まで笑っていた。
残り一分で。
俺の名前を呼んで。
「……悠斗」
遥が言う。
「悔しいよ」
「なんで隼人が……」
俺は何も言えない。
棺の中の隼人を見る。
静かに眠っている。
もう数字は見えない。
寿命が ゼロ だから。
そのとき。
隼人の母親が棺に手を置いた。
「隼人……」
「まだやりたいこといっぱいあったでしょ……」
俺の胸が締め付けられる。
隼人の言葉が頭に浮かぶ。
「俺の時間、無駄にすんなよ」
葬儀が終わったあと。
俺は病院に向かった。
凛の病室。
ドアを開ける。
凛はベッドに座っていた。
まだ体は弱そうだ。
でも意識ははっきりしている。
「……悠斗」
凛が言う。
「聞いた」
「隼人のこと」
俺は目を伏せる。
凛は静かに言った。
「私のせいだよね」
「違う!」
俺はすぐ言った。
凛は悲しそうに笑う。
「でも」
「私、生きてる」
凛の頭の上。
残り64年
その数字を見ると胸が痛む。
凛は言う。
「隼人ってさ」
「バカだけど」
「優しかったよね」
俺はうなずく。
凛は窓を見る。
「私」
「生きなきゃだめだよね」
俺は答える。
「当たり前だ」
凛は言う。
「でもさ」
「なんか怖い」
「自分の命が誰かの時間って」
俺は黙る。
そのとき。
病室のドアが開く。
あの男。
時間管理局の男だ。
凛が緊張する。
男は静かに言った。
「経過確認に来ました」
俺は睨む。
「帰れ」
男は無視して続けた。
「寿命移動技術は成功した」
「だがまだ足りない」
俺は聞く。
「何がだ」
男は俺を見る。
「適性者です」
「時間を移動できる人間は極めて少ない」
そして言った。
「君にはその素質がある」
「……は?」
男は静かに続ける。
「寿命移動には適性がある」
「誰でもできるわけではない」
凛が不安そうに俺を見る。
「どういうこと……?」
男は淡々と説明した。
「寿命を移すには“媒介者”が必要です」
「時間を受け渡すことができる人間」
「その適性を持つ者は極めて少ない」
俺は睨む。
「だからなんだ」
男は言う。
「隼人の実験データを解析した」
「そこで分かった」
男はゆっくり俺を指差す。
「君は彼と非常に近い適性を持っている」
病室が静まり返る。
凛が小さく言う。
「それって……」
俺は言う。
「つまり」
男はうなずく。
「君なら寿命を移動できる」
俺の頭の中にあの日の光景がよみがえる。
研究室。
装置の光。
床に倒れる隼人。
残り一分。
俺は拳を握る。
「ふざけるな」
男は表情を変えない。
「感情論ですね」
俺は言う。
「隼人は死んだんだぞ」
男は答える。
「その犠牲で技術は進歩した」
凛が震える声で言う。
「人の命を……」
男は続ける。
「これは国家の研究です」
「多くの人を救う可能性がある」
俺は言う。
「だからまた誰かを殺すのか」
男は少しだけ目を細めた。
「殺すわけではない」
「時間を移すだけです」
俺は笑う。
「同じだろ」
男は言う。
「違います」
「価値のある命を延ばす」
「それが社会のためです」
凛が言う。
「そんなの……」
「誰が価値を決めるの」
男は答える。
「国家です」
沈黙が落ちる。
俺はゆっくり言う。
「断る」
男はすぐに答えた。
「拒否権はありません」
俺は睨む。
「なんだと」
男は言う。
「国家研究に関わった以上」
「協力義務があります」
凛が俺の腕を掴む。
「悠斗……」
俺は男を見る。
「もし断ったら」
男は少し考える。
そして言った。
「別の方法を取るだけです」
俺は聞く。
「例えば?」
男は凛を見る。
「彼女を使う」
凛が息を呑む。
俺の頭の中が真っ白になる。
男は続ける。
「彼女の寿命は伸びた」
「研究対象として価値がある」
俺は男の胸ぐらを掴む。
「ふざけんな!」
男は全く動じない。
「落ち着きなさい」
俺は怒鳴る。
「凛は実験体じゃない!」
男は冷たい声で言った。
「この世界では」
「寿命は資源です」
その言葉で
俺の中の何かが決まった。
俺は男を睨む。
「……わかった」




