時間の研究
次の日の昼休み。
「おい悠斗!」
教室のドアから 藤堂隼人 が大声で呼んだ。
「購買行くぞ!」
「あとで」
俺は机に突っ伏したまま答える。
「また病院か?」
隼人は呆れた顔をした。
「毎日行きすぎだろ」
横の席から女子が口をはさむ。
「優しいじゃん」
クラスメイトの 水瀬遥 だ。
「事故の友達の見舞いでしょ?」
「うん」
俺は短く答える。
隼人が腕を組む。
「でもさ」
「まだ意識戻らないんだろ?」
「らしい」
「それでも毎日行くの?」
俺は少し考えてから言った。
「……なんとなく」
隼人は苦笑した。
「なんとなくってなんだよ」
「普通そんな理由で病院通わないだろ」
遥が笑う。
「悠斗って昔からそうだよね」
「気になると止まらないタイプ」
俺は返事をしない。
頭の中に浮かぶのは、あの少女。
白石凛。
そしてあの数字。
364日。
——
放課後。
俺はまた病院に来ていた。
三階の廊下を歩く。
その途中で声が聞こえた。
「まだ研究続けるんですか?」
看護師の 神崎 の声だ。
「当然です」
答えたのは、あの医者。
俺は思わず足を止めた。
「でも、上からの圧力も……」
神崎が小声で言う。
「ーーーーーーーーが来てるって」
医者は少し笑った。
「彼らはいつもそうです」
「理解できないものは管理したがる」
俺の心臓が少し速くなる。
研究。
ーーーーーーー。
何の話だ?
神崎が言った。
「もし本当に成功したら」
「世界が変わりますよ」
医者は静かに答える。
「ええ」
「だからこそ」
「彼らは止めたいのでしょう」
そのとき。
足音が近づいてきた。
俺は慌てて歩き出す。
聞いていたことがバレないように。
病室の前に来る。
ドアを開ける。
白石凛は今日も眠っていた。
変わらない姿。
静かな呼吸。
そして頭の上の数字。
「残り363日」
また減っている。
俺は椅子に座る。
「今日も来た」
もちろん返事はない。
「……友達の見舞いってことにしてる」
「本当は違うけど」
俺は数字を見る。
363日。
「一年もないんだな」
ガラッ。
ドアが開いた。
「また君か」
医者だ。
白衣の男。
「すみません」
俺が言うと、男は首を振った。
「構いません」
「彼女は退屈しているでしょうから」
「……寝てるのに?」
俺が言うと、男は笑った。
「人間の脳は完全には止まりません」
「もしかしたら」
「君の声は届いているかもしれない」
俺は少女を見る。
「……そうなのか」
医者はカルテを見ながら言った。
「ところで」
「君、寿命が見えますね?」
俺は固まった。
「……」
男は続ける。
「隠さなくていい」
「さっき君の目線を見ました」
「彼女の上を見ていた」
俺はゆっくりうなずいた。
「……見える」
医者は少し嬉しそうだった。
「やはり」
「適性がある」
「適性?」
「人の時間を扱うための資質です」
俺は思わず聞き返す。
「時間って……」
医者は椅子に座った。
そして小さく言った。
「人の寿命は、移動できます」
「……は?」
「研究段階ですがね」
俺は思わず笑った。
「そんなの」
「できるわけ」
医者は凛を見た。
「もし」
「この子に一年の時間を渡せたら」
「どう思いますか?」
俺は言葉を失った。
一年。
もし増えたら。
この子は——
そのときだった。
廊下から声が聞こえる。
「失礼します」
低い男の声。
スーツ姿の男が病室の前を通り過ぎた。
二人。
胸にバッジがついている。
医者は小さくつぶやいた。
「……来ましたか」
「誰?」
俺が聞く。
医者は少し考えてから言った。
「ーーーーーーです」
「要するに」
「面倒な人たちですよ」
廊下の男の声が聞こえる。
「例の研究室はこちらですか?」
「寿命研究の」
俺は医者を見る。
医者は小さく笑った。
「どうやら」
「面白くなってきましたね」
俺はもう一度、凛を見る。
頭の上の数字。
363日。
この時間が、
誰かに奪われたり、
誰かに渡されたりする世界。
俺はまだ知らない。
この研究をめぐって、
世界中が動き出していることを。




