364日
「今日も病院行くのか?」
放課後、教室で声をかけられた。
振り返ると、同じクラスの 藤堂隼人 が机に座っていた。
「見舞いだよ」
俺はカバンを肩にかける。
「昨日言ってただろ」
「ああ、あの事故のやつか」
隼人は少し真面目な顔になった。
「まだ意識戻らないんだろ?」
「らしいな」
俺は短く答えた。
実際は違う。
事故にあったのは友達だけど、
俺が毎日会いに行っているのは 別の少女 だ。
でも、そんなこと説明できるわけがない。
隼人は立ち上がった。
「俺もそのうち行くわ」
「いや、いい」
思わず強く言ってしまった。
「……そうか?」
「ああ」
隼人は少し不思議そうな顔をしたが、
それ以上は何も言わなかった。
俺は教室を出る。
そして、また病院へ向かう。
——気づけば、足が勝手にここへ来ている。
理由は分かっている。
あの 数字 だ。
この世界では、
人も、動物も、建物も、花も。
すべてに 寿命 がある。
そしてそれが見える。
人の頭の上に浮かぶ数字。
残り時間。
病院のエレベーターに乗り、三階へ行く。
廊下は静かだった。
途中で看護師に声をかけられる。
「また来たの?」
振り返ると、昨日の看護師。
名札には 神崎 と書いてある。
「友達のお見舞いです」
俺はそう答える。
嘘じゃない。
一応。
神崎さんは少し優しく笑った。
「優しいね」
「でも、あの子はまだ目を覚まさないよ」
「……一年くらい」
「一年?」
俺は思わず聞き返す。
神崎さんは小さくうなずいた。
「事故でね」
「ずっと眠ったまま」
俺は黙る。
一年。
それでも、俺が気になっているのはそこじゃない。
俺は病室の前に立つ。
扉を開く。
少女は、昨日と同じ姿で眠っていた。
白いシーツ。
動かない体。
静かな呼吸。
そして——
頭の上の数字。
「残り364日」
昨日より一日減っている。
俺は椅子に座った。
「……」
本当は、俺の友達の病室はここじゃない。
でもなぜか、
俺はここに来てしまう。
この少女の時間が減っていくのを見るために。
俺は小さく言った。
「友達の見舞いってことにしてる」
「だから安心しろ」
もちろん返事はない。
俺は少し笑った。
「名前も知らないのにな」
そのとき。
ガラッ。
病室の扉が開いた。
白衣の男が入ってくる。
昨日の医者だ。
細い眼鏡をかけている。
「また君ですか」
男はそう言った。
「……すみません」
「いや、構いません」
男はベッドの横に立つ。
少女を見てから言った。
「この子が気になりますか?」
俺は少し迷ってからうなずいた。
医者は少しだけ笑った。
「名前は 白石凛」
「17歳です」
俺は少女を見る。
白石凛。
初めて、この子の名前を知った。
医者は続ける。
「事故から一年」
「意識は戻っていません」
「普通なら希望は薄い」
男はそこで少し言葉を止めた。
そして、静かに言った。
「でも、この子にはまだ 一年の寿命 が残っている」
俺は思わず少女の頭を見る。
364日。
やっぱり同じだ。
この人にも見えている。
医者は続ける。
「寿命というのは不思議なものです」
「減るだけではない」
「時には——」
男は俺を見た。
「誰かから渡されることもある」
「……え?」
俺は聞き返した。
医者はカルテを閉じる。
そして言った。
「もし、他人の時間を渡せるとしたら」
「人は何をすると思いますか?」
その質問に、俺は答えられなかった。
でも——
そのときはまだ知らない。
この世界には、
生きる時間を他人に渡す方法があることを。
そしていつか、
俺がそれを選ぶことになることを。




