第十七話「森霊族と霊鳥族」
「なーんか、大変な事になっちゃったねぇ」
「何でそんなに他人事なのさ……」
学園内の廊下を歩きながら語らう二人の生徒。今は束の間の休み時間のようだ。まばらな人影の中を、ゆっくりと進んでゆく。
「そりゃ、僕は元々戦力外だし? 血生臭いことは強い人達にお任せ〜って感じだからさ!」
緑色の長い髪を後頭部で束ねた、まるで少女のような容姿をした“少年”が何故か自信満々に答える。それを聞いた、彼の隣を歩くもう一方の少年は呆れからか、思わず溜息をついた。
「ったく……相変わらずだね、緑ちゃんは……」
片目を覆い隠す藍色の髪に、赤紫の瞳。口元を黒く長い襟巻きで隠した彼が呟く。隣の友人に向けて言った“緑ちゃん”という呼び名は、実名ではなく愛称のようだ。
「こもりんは強い側の人でしょ? やっぱり、討伐隊として前線で戦うの?」
「……無理だよ。俺、そんなに強くないし」
「またまたぁ〜」
緑髪の彼が、悪戯っぽく笑って言う。“こもりん”という呼称もいわゆるあだ名といった様子で、二人の間では当たり前のように浸透していた。
フゥ、という呆れとも困惑ともとれる短い溜息。少年は赤紫色の瞳を細め、ぼそりと重たい口を開く。
「それに、あの能力を使ったら――普通の森霊族じゃないって、バレちゃうでしょ……」
「……あ、そっかあ」
その言葉で何かを察したのか、ふと、それまでからかうような口調だった彼が、はたと真剣な表情を浮かべる。それから、うーん、と考え込む仕草を見せたかと思えば、しばしの沈黙の後、話を続けた。
「それさ、天陽先生には相談したの? 多分だけどあの先生、種族的に僕らと出身地は同じだよ。何とかなるんじゃない?」
「簡単に言ってくれるじゃん……」
「んー。このまま隠し続ける方が辛いんじゃないかな〜ってさ」
「…………」
友人からの鋭く的確な一言に、藍色の髪の彼は思わず言葉を失う。……正しく図星であった。
「こもりんはもっと、周りを気にせずに動いても良いと思うな。……僕みたいに、自由にね!」
「…………説得力あるなあ」
「次、そっちのクラスは戦闘訓練なんでしょ? 丁度良いじゃん。この際だし、打ち明けちゃいなよ」
「な……!? そ、そんな急に……!」
「あはは! じゃ、頑張ってね〜!」
普段のあっけらかんとした口振りに戻った少年はそう言い残し、風のように軽い足取りでその場を去ってゆく。その傍らで、一人残された彼は再び、はあ、と深い溜息を零すのだった。
◇
「――そこまで!」
「…………っ!」
討伐計画の始動に伴い、本格化した戦闘訓練。今の時間はクラス、“ヴィルトス”が貸し切る訓練場に、先ほどの藍色の髪をした彼――“こもりん”こと、琴守マホロの姿もあった。
(もっと……振り切れない程度に魔力の出力を上げないと……)
ぜえぜえ、と苦しそうに息を切らすマホロ。何らかの事情により、己の魔力量を制限しながら戦っているようだ。対する猫眼族の生徒のサナは終始、余力を残したような涼しげな顔をしている。
「琴守さん、戦闘訓練だからといって無理をすることはない。少し休もう。な?」
「せ、先生……」
戦闘に制止をかけたリツカが彼のもとへと駆け寄る。息も絶え絶えなマホロの背をゆっくりとさすりつつ、訓練場の隅での休憩を促した。
「書物喰らいは私が根絶やしにする。そのつもりで、ここにいるから」
「…………」
鋭く冷たい少女の声。その言葉はマホロに向けられたものではないにせよ、書物喰らいに対する確かな殺意を孕んでいた。
「こらこら。蔓日さんも、熱くなりすぎるのはあまり良くないぞ?」
「ご心配には及びません」
「はは……相変わらずだなあ」
依然として冷淡かつ強気なサナの返答に、思わずリツカは苦笑いを浮かべる。彼女の抱える根深い事情までは分からないものの、何らかの強い因縁が窺えた。
“丁度良いじゃん。この際だし、打ち明けちゃいなよ”――担任に背をさすられながら、訓練前に友人から投げかけられた言葉が何度も脳裏を駆け巡る。本当に打ち明けてしまっても良いものか、黙ったままでいるのが吉か――リツカの横顔をぼんやりと見上げたまま、マホロは人知れず憂いていた。
「……琴守さん?」
「――っ!」
うっかり惚けていたのだろう、少し心配そうに、彼の深緋の瞳がこちらを覗き込む。少年はたじろぐ様子を見せるも、何か言いたげに視線を泳がせるばかりで、零れかけた言葉が発されることはなかった。
「な……何でもありません……。大丈夫、です」
「? それなら良いんだが……」
……言えない。少なくとも、この場では。
うっかり雰囲気に流されそうになった自分自身に、何をしているのだろうという情けなさが滲む。とにかく今は目の前の訓練に集中しなければ――その一心で、再び特訓へと励んだ。
◆
「近寄るな! この……悪魔め!」
違う。どうして――何度同じ言葉を繰り返しただろう。されど、どれだけ否定しようとも、“血筋”という揺るぎない事実は変わりやしない。
森霊族には有るまじき鋭い牙に、背中から生えたコウモリのような翼。俺は魔族――吸血鬼との混血だ。
生まれ故郷である星霊の森ではその事が原因で幼い頃から迫害を受けた。当然のように味方をしてくれる人など誰一人としておらず、いつも、何をするにも独りだった。
一体いつ頃だっただろうか。そんな日々に嫌気が差し、森を出てきたのは。
見知らぬ地での暮らしには不安もあったが、一歩外へと出れば、自分を執拗に虐げる者はいない。それだけで十分に思えた。
そこからは必死に自身の血筋や本当の能力を隠し、あくまでも“普通の森霊族”を演じて生きてきた。そうして、セントーレア学園に流れ付き、新たな仲間達や教員にも恵まれ――ようやく、やっとの思いで見つけた大切な居場所だ。
もう、失いたくなんかない。
◆
(結局、言えなかったなあ……)
時は流れ、放課後。マホロは一人、訓練場に残り自主訓練をしていた。前線では戦えないにせよ、このままでは皆の足を引っ張ってしまう――それゆえの居残りだった。
相も変わらず解決策は見つからないが、魔力量の制限には少しずつ慣れつつある。……でも、まだ足りない。
(もうこんな時間……)
ひとまず、今日は帰ろう。フラフラとした足取りで壁の方へ近寄ると、置いていた荷物を手に取り、ゆっくりと背負う。そうしてそのまま、訓練場を後にした。
夕暮れの色に染まる長い廊下に、コツコツ、とマホロの足音だけが響く。他の生徒達は帰ってしまったのか、校内は静寂に包まれている。
「……」
職員室の前を通り過ぎようとして、ふと、足を止めた。扉の外から軽く覗き込むと、夕陽に照らされ、机に向かうリツカの姿が目に留まった。
(! 先生……)
いつも教室で見ている彼の雰囲気とは異なり、難しい表情を浮かべながら書類を眺めている。しばしその状態が続いていたものの、やがてこちらの様子に気が付いたのか、霊鳥族の教員はその顔をぱっといつもの笑顔に塗り替え振り向いた。
「やあ、琴守さん」
何か忘れ物かい? そう言いながら、歩み寄ってきたリツカはガラガラと職員室の扉を開ける。相変わらず背が高いな……と、見下ろされながらマホロは思う。
「や、えっと……その……少し、特訓を」
「おー、そうか! 偉いな!」
今のところ、室内に他の教員の姿は無い。ちょうど二人きりだ。相談を持ちかけるのであれば今だろうか――そんな考えが頭を過り、思わず荷物を持つ手に、ぎゅ、と力が込められた。
「…………っ、あの、先生」
「うん?」
「俺……お役に立てていますか……?」
やっとの思いで絞り出した言葉。率直な疑問ではあったが、単刀直入というには程遠い。急にこんな事を聞くなんて、おかしいだろうか――彼は俯いたまま、視線を泳がせた。
一瞬の沈黙。担任は目を丸くし、キョトンとしているようだ。ただ、すぐにいつもの調子に戻り、ふっと軽く微笑む。
「そりゃあ、もちろん!」
「言っただろう? 戦うだけが全てじゃない、適材適所だって。君にしか出来ないことがあるんだから、決して欠けてはならない、大切な存在なんだよ」
リツカはそう言うと、マホロの肩を片手で優しくポンポンと叩く。少年はハッとしたように顔を上げると、その拍子に口元を覆っていた襟巻きが外れ、音も無く落ちた。
――それまで覆い隠されていた口角から覗く鋭い牙が露わになる。普段であれば咄嗟に隠すそれを気にも留めず、何かを弁明するかの如く、ぱくぱくと必死に口を動かした。
「あ……ありがとう……ございます。でっ、でも、それとは別のお話でっ……!」
「別の……?」
「あの、俺っ……」
「ほっ、本当は……怖くて、誰にも言えていない力が、あるん、です…………」
「っ、」
どこか震える声で告げられた事実。教え子からの真剣な相談に、担任は思わず息を呑む。多少の驚きはあったものの、ただ静かに、彼の紡ぐ言葉の続きを待った。
「昔……故郷、の……星霊の森で、不気味がられて……それでっ……」
「…………そうか」
マホロが一呼吸置いたのを見て、リツカはぽつりと呟くように声をかける。それから、目線を合わせるようにしゃがみ込み、今にも泣き出しそうな少年の背をゆっくりとさすった。
「ありがとう、話してくれて。……辛かったろう?」
毎日顔を合わせていたはずなのに、彼の抱えている悩みに気が付けなかった――そんな罪悪感がチクリと胸を刺す。それと同時に、知ったからには自分が全力で支えなければ、という思いが湧き上がるのも感じた。
「たとえどんな力だろうと、それは君だけの強みだ。誇っていい。もしも悪く言う人がいたら、これからは俺が君を守るよ」
だから、大丈夫。リツカはそう言って微笑みかける。その言葉にマホロが頷いたか否かは、二人以外、誰も知らない。
この瞬間、確かに、長い間止まっていた時間の歯車が再び動き出したような音がした。今すぐには難しくとも、ゆくゆくは彼にとっての後ろめたさが無くなればいい。
窓の向こうでは、眩い夕陽が地平線へと沈み始めていた。




