第十六話「始動」
「セントーレア学園、生徒会長の志那都夜フウカです」
狐の少女――改め、生徒会長であるフウカが挨拶をする。辺りはしんと静まり返り、彼女からの次の言葉を待つ。一瞬、その場の時が止まったかのようだった。
(生徒……会長……)
ああ、だからあの時、自分に対してああ言ったのか――と、シロエは一人で納得をする。“このような立場に身を置きながら、在校生の把握も満足に出来ていない”、“情けない”……彼女の言葉が、何度も頭の中を巡った。
ただ、今はその事を考えている暇は無い。目の前の話に集中しなければ。勝手にあれこれと思案してしまう頭の雑念を振り払い、シロエもフウカの話へと意識を向けた。
「ここしばらくの間、各地で凶暴化した書物喰らいの出没、並びに、その被害が出ていることは皆さんもご存知かと思います。討伐へ出向かれている方々におかれましても、ご協力、誠にありがとうございます」
職員会議でも話された、今、世間を騒がせている一連の騒動。無論、生徒の中でも知らぬ者はいない事件だ。……もしかしたら、この時点で大方の内容を察した生徒も、大衆の中に一人くらいはいたのかもしれない。
「本件につきまして、先ほど、学園長から正式にお話がありましたため、こちらに皆さんをお呼びしました」
「この度、本校――セントーレア学園は、総力をあげて、この事件の解決に携わることが決定いたしました。つきましては、皆さん一人一人のお力が必要です。どうか――、」
彼女がそこまで言うと、体育館内は驚いた生徒達の声で一気にどよめき出す。
「は!? マジかよ!?」
「いやいや無理無理! 僕、戦えないよぉ」
「学長は何を考えてんだ!?」
無理もないことではあるが、これでは話を続けられない。それまで淀みなく演説をしていたフウカだったが、さすがに今の状況は想定内でも手には負えないらしく、“助けて”、と壇上の袖側にいるライナに視線で訴えかけた。
「静粛に。……会長、お話の続きを」
フウカの訴えを受け、ライナが厳格な、些か体温の感じられない冷たい声でぴしゃりと言い放つ。……普段の飄々とした口調が嘘のようだ。
「詳細は追って、各クラスの先生方からもお話があるかと思います。……急なお話となり、申し訳ございません。微力ながら、私も可能な限り尽力させていただきます」
生徒会長はそう締めくくると、静かに頭を下げる。そこまで頼み込まれてしまっては、もはや反論の余地など無い。多少納得がいかずとも、生徒達は受け入れるより他なかった。
「妖術もまともに扱えないような子が、どう尽力なさるんでしょうね……」
「ナギサちゃん……?」
「失礼、こちらのお話ですわ」
フウカの言葉に、何かが引っ掛かる様子のナギサ。そんな彼女に対し、心配そうにカガリが問うも、理由は告げられずに軽くあしらわれてしまう。種族こそ同じでも、家ごとに複雑な事情があるようだ。
「私からのお話は以上です。……貴重なお時間、ありがとうございました」
フウカは一礼し、速やかに演台を離れる。他の生徒会の者達も片付けのために動き出し、緊急の集会は終わりを告げた。
――かくして、未だ困惑の色が拭えぬまま、呼び出された全校生徒は体育館を後にするのだった。
◇
「と、いうわけでして……申し訳ございません、私が職員会議で余計な事を口走ってしまったばっかりに……」
教室へと戻る最中、廊下を歩きながらヒトキが自身の受け持つ生徒達に謝罪をする。会議の中でどのようなやり取りがあったのかは不明だが、己の失言によるものと捉えているらしい。
「いやいや! 先生は悪くないですよ! オレ、頑張りますね!」
「わ、私も頑張ります……!」
「急に魔術訓練って言われて、何でだろうとは思いましたけどねぇ」
「皆さん……」
ありがとうございます、と吟鳥族の担任は心底申し訳なさそうに俯いた。本来であれば、生徒達を危険になど晒したくはない。
しかし、決まってしまった以上、この子達の担任として――それ以前に、教員として、負傷者が出ぬよう立ち回らねばならないのだ。様々な心労で胃がキリキリと痛む思いだった。
「……おそらく、天狐族の皆さんには、学長から別のお話があるかと思います」
それから、彼は天狐族の少女達にも指示を出す。決まったクラスに属さない彼女らは、学園長直々の管轄であるためだ。
「あっ、そうですね……! それじゃあシロエさん、また放課後に!」
「うん。色々ありがとう」
「頑張ってください」
「応援していますわ」
ずっと付き添ってくれていた三人と別れ、シロエは改めてヒトキのもとで授業を受けることとなる。これからどうなってゆくのか、そして、何が待ち受けているのか――今はただ、事の流れに身を任せるしかない。
◇
「選抜!? センセー、それマジ!?」
「は、はい……。なんでも、特に戦える強い方を数名、精鋭として各クラスから推薦して欲しいと……」
ここはクラス、“モデストゥス”の教室。教壇では黒板を背に、眼鏡をかけ、長い黒髪を後頭部で束ねた黒猫の教員が生徒達に詳細の説明をしている。
彼の名は石蕗ナツメ。モデストゥスの担任であり、何を隠そう、あの学園一の問題児――相楽イツキにも毎度振り回されている苦労人だ。
「うおおおー! 燃えてきた! なあ兄貴!」
「うるせえ……」
イツキの側で、やけにやる気に満ち溢れている一人の男子生徒。対するイツキはあまり乗り気ではないらしく、頬杖をつきながら、そんな彼の様子を少し鬱陶しそうに眺めている。
「大体、何で先公がいんのに俺らが戦うんだよ。サボりか?」
「いっ、いえ! 決してそのようなつもりは……!」
まるでブーイングでも飛ばすかのように、イツキがナツメに不満をぶつける。……生徒と教員という立場はあるものの、二者の力関係はほぼ真逆のようだ。
「ツッキー、また文句ばっかり〜。あーしは賛成! 楽しそうだし!」
「あのなあ……」
黒い髪を紅色のリボンで二つに結え、黒いセーラー服を身に纏う少女。イツキほどではないにせよ、こちらもなかなかの問題児――姫沙羅リコがナツメに助け舟を出すよう、賛成の意を述べる。それを聞いた彼は、遊びじゃねえんだぞ、と呆れ気味にため息をついた。
「お願いしますよ兄貴〜!」
「だーもう! アカシ! ベタベタすんな!」
赤い髪に犬耳、太眉が特徴的なもう一人の男子生徒――一ノ瀬アカシが再度イツキに頼み込む。両者のやり取りや雰囲気から察するに、一応、不仲ではないらしい。
「……わーったよ。やりゃあ良いんだろ?」
「やったー! これで百人力っすね!」
「はあ……いちいち大袈裟なんだよお前は……」
彼の押しに負け、渋々といった様子で折れたイツキと、大喜びをするアカシ。大規模な作戦に向け、既にクラス内の士気は高まっているといったところだ。
「皆さん……! ありがとうございます……!」
「キャハッ、頑張ろーね! なっちゃん先生!」
そんな彼らに感謝をするナツメに、普段通りのリコ。いよいよこれから、本格的なチーム分けのための選抜が始まるのであった。
――一方、こちらはまた別のクラス、“ヴィルトス”。
「……と、いうわけだが――何か質問のある人〜? どんな些細なことでも構わないぞ!」
襟足の辺りで束ねられた、暗闇の中でも見失わないであろう長く鮮やかな金髪に、獣耳を彷彿とさせる頭部の左右から生えた赤く大きな翼。それから、燃え盛る炎のような深緋の瞳――左右で分けられた前髪からは、彼の額がよく見える。
ヴィルトス担任、天陽リツカは説明の後、自身の生徒達に問う。口数の少ない者の多いクラスなためか、皆、顔を見合わせたり、頷いたりはするものの、返事らしい返事はまともに聞こえてはこない。……が、彼にとってはいつもの事らしく、この反応を特に妙には思っていないようだった。
「問題ございません、先生」
静寂を破り、最初に声を上げたのは勿忘草色の髪を低い位置で二つに結えた猫眼族の少女、蔓日サナ。普段から書物喰らいの討伐には積極的に赴いているためか、このような時でも至って冷静であった。
「ありがとう、蔓日さん。それじゃあ、他の皆は……そうだな。簡単な適性試験でもして、役割を決めようか」
「試験……ですか……?」
「大丈夫。そんなに難しい事をするつもりはないさ」
薄紫色の髪を三つ編みにし、赤い縁の眼鏡をかけた白兎族の少女――卯杈満ツクヨがぽつりと呟くと、少し不安そうな彼女を安心させるよう、リツカが答える。
「なにも、戦うだけが全てじゃない。支援、怪我人の治療、討伐対象の妨害、データ収集にアーカイブの回収――皆が得意なものは何なのか、それを見極めて、最も輝けるようにするのが俺の役割だと思っているよ」
適材適所ってやつだな、と、彼はニッと笑う。当然、戦闘に苦手意識を持つ生徒も少なくはないため、担任の言葉に胸を撫で下ろす者も見られた。“事件の解決”という単語から、苦手意識があろうが問答無用で戦うものだと、勘違いした生徒も少なくはないのだろう。
かくして、ついに本格的に始動した、書物喰らい討伐計画。戦いの火蓋は切られ、もう後戻りは出来ない。この判断が吉と出るか、凶と出るか――その結末は、運命のみぞ知る。




