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第十五話「狐の少女」

 ピシ、と音を立て、目の前の氷柱に細かな――されど、確かなヒビが入った。周囲に立ち込めていた冷気も少しずつ熱を持ち始め、シロエの足を縫い付ける氷すらも溶かしてゆく。

 糸のようにか細い亀裂に、じわり、じわりと熱が浸透し、その隙間を広げる。隔てられた空間の外からは分からないものの、炎の温度はどうにか一定を保っているようだった。

(火球は撃たない……火球は撃たない……!)

 シロエは何度も、ヒトキに言われたことを心の中で繰り返す。撃ったところで所詮無駄撃ち――今の自身の練度では、この分厚い氷の柱に穴すら空けられないであろうことは明白なのだ。

 冷気に包まれているはずが、(ひたい)には汗が滲む。やはり、まだまだ鍛錬不足なのだろう。……でも、それでも。

 周囲の気温が更に上がる。寒さに(かじか)み、震えていた手足がほぐれてゆく。そして、氷柱は白い煙を上げて縮むと共に、その輪郭線を(いびつ)にしていった。

 薄い霧の中で、分厚い氷に包まれていたシロエの人影が(あら)わになる。


「や、やった……!」

「まさか本当に成し遂げてしまうなんて……」

 観客席では、戦況を静かに見守っていたカガリとナギサが歓喜や感心の声を上げる。それと同時に、この短時間での彼の成長速度には驚きを隠せない様子だった。


「わー! シロエさんスゲー! ハイタッチ、ハイタッチ!」

「ホントに天才だった……(きみ)ってば、すごいなあ」

 まだ疲れの滲む表情を浮かべたシロエに駆け寄る二人の男子生徒。特にハルマは(シロエ)以上に喜んでおり、その勢いのまま片手を高く掲げる。そして、パチンという軽快な音を立てて宙で二人の手のひらがぶつかった。

(いかるが)さんも! お疲れ様ー!」

「ありがとうございます、朔鵠(さくぐい)さん」

 ハルマに微笑みかけながら、マナミはまだ少し溶け残っていた氷柱に手をかざす。すると、()()は瞬く間に、跡形も無く消失した。術の解除を行ったようだ。おそらく、シロエが自力で抜け出せない場合は、初めからこうする(助ける)つもりだったのだろう。

「これでよし……と。シロエさん、お疲れ様でした。寒くしてしまってすみません……」

「ううん、大丈夫。こっちこそ、熱くしてごめんね」

 互いに言葉を交わす二人。緊迫感の立ち込めていた先ほどまでとは打って変わり、周囲は和やかな雰囲気に包まれた。


「お見事でした」

 離れた位置から戦況を見守っていたヒトキが、ゆっくりと歩み寄ってくる。四人はピタリと談笑をやめ、その方向へ視線を向けた。

「! 先生、」

「ええ。訓練は合格ですよ」

「ほ、本当ですか……!?」

 教員の言葉に、それまで疲れ果てていたシロエの表情が、ぱっと明るくなる。“合格”の一言を聞いた男子生徒達も共に喜び、納得と共に賞賛を述べた。

「そりゃ、最初っからあんなん見せられたらなー!」

「普通じゃ出来ないよねぇ」

 うんうん、と頷く二人。もうすっかり、シロエもクラスの一員として溶け込んでいるかのようだ。

「鵤さんも、ご協力ありがとうございました」

「いっ、いえ! お役に立てたのなら嬉しいです……!」

 そんな三人のやり取りを隣で微笑ましそうに眺めていたマナミに、ヒトキが告げる。彼女は一瞬、どこか緊張したような反応を見せるも、少し照れくさそうにはにかんだ。


「シロエさーん! お疲れ様ですー!」

 不意に、観客席側から声がした。それと同時に聞こえる足音も、次第にこちらへ近付いてくる。模擬戦を見届けたカガリが駆け寄ってきたのだ。

「合格、おめでとうございます」

「まったく……貴方の能力ときたら、底知れませんわね」

 その後ろを着いてきたユキネとナギサもゆっくりと合流し、シロエに労いの声をかける。最初は心配から始まったものの、どうにか無事に終えられたことで、そこには安堵の色が(うかが)えた。

「ありがとう。もっと皆の助けになれるように頑張るよ」

「おう! 一緒に頑張ろーぜい!」

「よろしくねぇ」

 すっかり親しくなった教え子達を眺めながら、ヒトキは少し頬を(ほころ)ばせる。そして、それを横目に、何やら手元の端末を操作し、訓練の結果や今後についての情報を入力しているようだ。しばし、歓談の時間が過ぎてゆく。


「さて……シロエさんにはこれから、他属性の魔術や攻撃以外の術についても学んでいただくことになります。もちろん座学もありますが、ご準備のほどは――」

 ヒトキがそこまで言いかけた時、突然、それを遮るかの如く校内放送を知らせる音が響く。それまで談笑の声が止まなかった訓練場は、水を打ったように静まり返った。


「――――全校生徒、並びに、先生方へお知らせします。これより、臨時の集会を行いますため、恐れ入りますが、速やかに体育館へお集まりください。繰り返します――――、」


「……っと、詳しいお話は後ですね。向かいましょうか」

 話の途中であったにもかかわらず、依然として冷静なヒトキ。一方で、シロエだけは何かが引っかかるような、微かな違和感を覚えていた。

(あれ……この声、どこかで……?)

 凛とした、それでいて、どこか気弱そうな優しい声色。目を引く鮮やかな赤色の長髪、明朝(みょうちょう)の淡い空の色をそのまま映したような澄んだ瞳。それから――。

「? シロエさん、どうかしましたか?」

「……ううん。なんでもないよ」

 ぼんやりとするこちらを心配そうに覗き込むカガリを前に、シロエは柔らかな返事をする。きっと気のせいだろう――彼は(おのれ)にそう言い聞かせつつ、体育館への道のりを急いだ。


 ◇


「全員揃ったみたいッスよ、()()

 体育館――ステージ上の袖で、演説を控えた複数名の生徒達が準備を進めている。その中には、あのライナの姿もあった。

「うう……どうして私が学園長の代わりになんて……」

「まーまー。あの人の無茶振りは、今に始まったことじゃないですから〜」

「み、ミケちゃん……!」

 突然大役を任せられてしまったのか、椅子に座りながら原稿を握り締め、項垂(うなだ)れる赤色の髪をした狐の少女。その(そば)では、そんな彼女を慰めるべく、二人の少女達が寄り添っている。

「わっちも八ツ又(やつまた)さんと同意見ッス。無理に庇わなくていいんスよ、卯杈満(うさみ)さん」

「ツクヨは優しいからにゃあ」

「うう……」

 ミケと呼ばれた少女――桃色の短めの髪に、闇夜をも見通せそうな黄色い瞳。猫耳と二本の尻尾が生えた彼女は、あまり何事にも動じない性格のようだ。

「すみません、会長。私がもう少し、あの人に強めに交渉出来ていれば……」

「い、いえ……! ライナさんは何も悪くありませんから……!」

 狐の少女はそう言うと、緊張を和らげるべく短く深呼吸をする。そして、不安一色であった顔色を凛々しく塗り替え、ステージ上の演台へと向かっていった。


「はあ……会長、今日も一段と麗しい……ふふ……」

「相変わらずですにゃあ、副会長……」

 彼女に心酔するライナに、ミケは呆れ混じりの反応を浮かべるのだった。


「あ、会長出てきたよ」

「ほんとだ」

「これ、何の集会なんだろうな?」

「さあ?」

 大勢の人々がざわめく体育館内で、壇上の袖から現れた狐の少女。ぽつり、ぽつりと皆の視線が彼女へと引き寄せられる中、シロエだけは別の衝撃を受けていた。


(っ……! やっぱり、あの人はラウンジで会った――!)

 普通の生徒ではないということには薄々勘付いていたものの、あの時、気さくに話しかけてくれた少女が、そんなにすごい立場の人だったのか――と彼は改めて驚愕(きょうがく)する。

 演台に備えられたマイクの準備が整う頃には、室内はすっかり静寂に包まれる。唯一、換気のために開け放たれている扉の外から、木の葉の擦れる爽やかな音が流れ込むばかりで、私語の一つも聞こえてはこない。

「えー……、皆様、突然の召集にもかかわらず、この度はお集まりいただきありがとうございます」

 ――先ほどまでの頼りなさはどこへやら。凛とした表情を浮かべつつ、思わず聞き惚れてしまいそうな、よく通る、澄んだ声色で彼女が静かに話を始める。


「セントーレア学園、生徒会長の志那都夜(しなつや)フウカです」

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