傷だらけの厄人、出会う
「来たぞ...!『傷だらけの厄人』だ...!」
そう言って道に広がっていた人間達は俺を避けるように道の隅に寄って行った。
俺の名はロスト。ロスト・クリムゾンだ。
俺がなぜあんな異名で呼ばれているのか説明しよう。
俺は数年前に街を離れていた。その時に色々あって右腕を失い、左目に傷を負った。
右腕は友人に義手を作ってもらい、左目には眼帯をつけた。そうして、長らく帰れなかった街に帰ることができた。一年ぶりの帰還だった。
だが考えてみてくれ。傷だらけの人間が突然街にやってくるんだ。気味が悪いだろう。
厄災が起きるのでは、みたいなことで当時は騒がれていた。その時に名付けられた異名が『傷だらけの厄人』だった。その異名とは裏腹に、今はただの気持ち悪い人間だが。
それから俺は忌み嫌われる存在へと成り下がってしまった。
この扱いにも慣れてはきたのだが、やはり辛いな。
すると俺の方へ誰かが寄ってきた。
「おい厄人。なんでまだ生きてんだよ」
この男の名はシュラン・ノーム。この街では強い方の人間だ。
俺にこういうふうに絡むのが好きなのか、よく話しかけてくる。
「別に、クエストで死ななかったから生きてるだけだ」
するとシュランは舌打ちをした。
そして、俺の鳩尾を的確に蹴ってきたのだ。
その衝撃によって俺は吹っ飛ばされてしまった。
「お前みたいな厄人はさっさと死んでればいいんだよ!お前みたいなのが生きてても誰も喜ばないんだ!」
シュランは怒鳴るようにそう言った。
その様子を見ていた人間は俺のことを嘲笑した。これもいつものことだ。
シュランは満足したのか俺のことを踏みつけてどこかへと行ってしまった。
傍観者達も全員解散し、日常を過ごし始めた。
ーーーーーーーー
俺はギルドでクエストの報酬金を受け取った後、小さなパン屋へとやってきた。
ギルドでは本来の報酬金の1/2以下しか払われなかったが、ギリギリ生きていける。
「...おっさん。来たぞ」
「おおロスト。よく来たな!しっかり準備してあるぞ!」
このおっさんには毎日世話になっている。売れ残って店には出さないパンを毎日貰っている。こんなことしてくれるのはこの人だけだ。
俺は金をおっさんに渡してパンを受け取った。片腕しかないからアイテムポーチが昔よりも便利に感じる。
するとおっさんが俺に優しく言った。
「ロスト。冒険者が1人で生きていくのはもう限界だと思うぞ。今からでも誰かとパーティーを組めば...」
「おっさん」
俺はおっさんの言葉を遮った。
「俺は"厄人"だ。誰ともパーティーなんて組めないさ」
そう言って、俺は笑った。
おっさんから見ると無理に笑っているようにしか見えなかっただろう。実際そうだから嘘ではない。
するとおっさんは少し難しい表情をしてからどこかに走っていき何かを持ってきた。そして俺に耳打ちした。
「...この場所に行けば、『奴隷』を買える」
そう言っておっさんは一枚の紙とジャラジャラと音の鳴る袋を渡してきた。
その袋の感触と音で何となく分かった。これは金だ。袋をその場で開けると、銀貨が大量に入っていた。それだけでわかる。とんでもない大金だ。
「ど、どうして...!?」
「これでそこそこの奴隷を買って他の街へ行け。ここに滞在するよりも生存率は上がる」
なんとおっさんは、俺を生かしたいからという理由でこんな大金を渡してきたのだ。
おっさんは続けるように言った。
「お前の命はなににも変えられない大切なものだ。だから、お前は生きろ!」
俺は、その場で涙を流した。こんなにも俺を思ってくれていることに感動した。
「おっさん......ありがとう...!」
俺はおっさんと抱きしめた後、その足で奴隷店へと向かった。
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「いらっしゃいませぇ。ようこそ奴隷店へ!」
俺のことを出迎えたのは、シルクハットを被り、片眼鏡をかけ、まるで紳士のような服装をした男だった。
奴隷商人は稼げるはずなのにかなり痩せこけているが、俺より飯を食えていないのだろうか。
「おや?おやおやぁ!?貴方はまさか、例の厄人さんですねぇ!?これは珍しい出会いをしたなぁ!!」
紳士は嬉しそうにそう言った。俺と会えて嬉しそうにするなんて、気味の悪い奴だな。
「気味の悪い奴、だなんて思わないでくださいよぉ?そんな表情をしていますがぁ」
人の心を読むなんて、本当に気持ちの悪い。
「無駄話はいいからさっさと奴隷を見せてくれ」
「わかりましたぁ!ではついてきてくださぁい!」
この語尾を伸ばすのが妙に苛つくが、今回は我慢しよう。
商人についていくと、獣やらなんやらの匂いが混ざったような臭い匂いし始めた。
少し歩いた後、商人が立ち止まった場所には多くの檻が置いてあり、その中に奴隷が入っていた。
「ここが販売可能な奴隷が置いてある場所ですねぇ。なかなかにいいのが揃ってるでしょう?」
商人は俺を見てニヤリと笑った。
「まあ確かに、質は良さそうだ」
「お褒めにいただき光栄ですぅ!」
嬉しそうにそう返事をすると、商人は俺に奴隷の紹介を始めた。
「おそらく奴隷を戦わせたいのでしょう?ではこの子なんかはどうでしょうかぁ!」
大きな檻に入った奴隷を最初に紹介してきた。
近くで檻の中を確認してみるとそこには、ドロドロとした体に鋭く長い爪が生えた、異形の姿をした何かが入っていた。
まるで人には見えない。良く言っても、スライムと狼男を足して2で割ったような姿だ。悪く言うと、吐瀉物だな。
「亜人ですぅ。元は人間の姿だったんですがぁ、今となっては、ほとんど原型はないですねぇ」
これが元々人間に近い姿をしていた亜人だとは考えられないな。あまりに気持ちが悪い。
「人間に似た姿をした奴を紹介してくれないか?」
「そうですかぁ?ではぁ、こちらなんてどうでしょう?」
そう言って次に紹介してきたのは、先程より少し小さくなった檻に入った奴隷だった。
「グルルルル...!」
「この子はしっかりと人間の姿ですねぇ。まあ、獣人なので当たり前ですがぁ」
耳の生え、皮膚には大量の毛が生えてはいるが、確かに人の姿だ。だがしかし、先程から威嚇ばかりしてくるな。
「...こいつはいくらなんだ?」
「金貨10枚ですねぇ。ちなみに先程の亜人は金貨13枚ですねぇ」
なるほど。高い。
俺が貰った銀貨は200枚。金貨で例えるなら2枚だ。買えたものではないな。
「銀貨200枚以内で買えるのはいないのか?」
「200枚ですかぁ?そうですねぇ...」
商人は奴隷の情報が書いてあるであろう資料をアイテムボックスから取り出し、頭を掻きながら見始めた。
そして考え抜いた末に1枚の資料を見せてきた。
「この子、ですねぇ...。一応、銀貨100枚で査定できますがぁ...」
査定できる、ということは本来は売るはずのない奴隷ということだろうか。本来なら断るべきなのだろうが、金がないのは事実だ。見せてもらおうか。
「その奴隷のところへ案内してくれ」
「わかりましたぁ」
そうして2分程度、檻が続く道を歩かされた。
先程の異臭とは違い、なんとも言えない匂いがした。臭いのは臭いのだが。
そうして歩いていると、商人はとある檻の前で足を止めた。
「この子ですねぇ」
商人が指を差した先を見ると、そこらの檻より少し小さい檻があった。
檻の中を覗くと、そこには耳の生え、小さな翼が背中に生えている小さな可愛らしい幼女だった。年も10歳いくかいかないかくらいじゃないだろうか。
「この子は竜人なのでぇ、やはり売れないんですよねぇ...」
成程、竜人か。
竜人は呪われていると言われている。
竜と人間は遥か昔に敵対していたらしく、その敵対していた時代に初の竜人が生まれたらしい。
敵対している奴との子供はどちらから見ても嫌われる存在だ。
竜を嫌う人間は今でも多い。そういう奴らが呪われているとか悪い噂を流しまくったんだろう。
俺は竜人の少女の檻に顔を近づけた。
少女は驚いたようで体を震わせた。目には涙も浮かんでいる。
「す、すまん!驚いたよな!」
俺は即座に顔を檻から離した。
プルプルと子鹿のように震える娘がなんとも可愛らしく感じた。
「...おい、商人」
俺は商人に向き合い、話しかけた。
「どうしましたぁ?」
やってみるだけのことはやってみようの精神だ。いうだけ言ってみよう。
「銀貨50枚でどうだ。そうすればこの子を買ってやる」
「なるほど。私に値切りを挑戦するんですね?」
商人は語尾を伸ばさず、真面目な口調で俺を睨みつけてきた。
「お前は竜人を処分できる。俺はこの娘を安く買える。Win-Winだろ?」
「悪趣味な生物はどこにでもいます。この竜人も悪趣味な奴に売り飛ばせれますが?」
「いくらそいつらでも黒竜の娘は買うとは思えないが?」
「...なるほど。痛いところを突きますね」
商人は俺から目を逸らした。
竜人の中でも黒竜の竜人は特に嫌われている。呪いの効果が強い、なんていう噂も立っているくらいだ。
俺にとってそんな噂どうでもよかったが、今となってはありがたく感じている。
商人は考え、俺に新たな提案をした。
「では、銀貨80枚はどうですか?」
「50枚」
「ぎ、銀貨70枚ではどうですか!?」
「50枚だ」
商人は悔しそうな表情をして俺が望んでいた言葉を発した。
「銀貨65枚!もうこれ以上は下げれませんよ!!」
「契約成立だ。それでいこう」
端から50枚まで値切れるとは思ってない。そこそこでいいんだ。正直70枚まで値切れればよかったのだが、案外ちょろかった。予想より5枚もプラスで儲けれたな。
その後、奴隷契約として色々な書類にサインを書かされた。面倒だがしっかりと目を通した。後で面倒ごとに巻き込まれては困るからな。
そして銀貨65枚を商人に渡し、竜人を檻から出してもらった。
「お前、名前は?」
竜人の娘は困惑した表情で俺のことを見てきた。まさか言葉すらわからないのか?
「言い忘れてましたがぁ、その子は言葉は話せるのですが、名はないんですよぉ。好きに名付けくださぁい」
商人が俺にそう言った。
名前がないのか。であれば、良い名前をつけてやらねばなるまい。
俺は語彙力をフル稼働させて名前を考えた。
「...よし。お前の名前は、マナセクトだ!」
我ながらにいい名前がつけれたと思う。可愛らしさを強調した名前だ。なかなかにいいんじゃないか?
マナセクトに名前をつけた後、俺はマナセクトの手を掴み店を後にしようとした。
すると突然商人が声を上げた。
「おやぁ?今気がつきましたがぁ、あなたはもしかしてぇ、特殊戦闘部隊"全てを見通す目"の…」
「それ以上余計なことを言うなら、お前の首は無いと思え」
俺は商人を睨みつけ、そう言った。
「おっとっとぉ。そんなに怒らないでくださぁい!まだ死にたくないんですよぉ!」
商人は目を見開き、後退りした。
今更過去のことを思い出したところで何も変わらない。特段興味もない。あんな部隊のこと。
俺は足早に店を出ていった。
ーーーーーーーー
「取り敢えず、この街を出るぞ」
俺はマナセクトにそう言った。
この街にいるとマナセクトの服も楽には買えない。俺が奴隷を連れているなんて普通に考えればおかしい状況だからな。
マナセクトは俺の言葉に激しく首を振った。俺が怖かったんだろう。
俺はマナセクトを連れてこの街の出口に向かった。
だがやはり楽には向かわせてもらえなかった。
シュランが俺の前に立ち塞がったのだ。
「...何のようだ」
シュランは俺の態度に少し苛ついたようだが、気にせず俺に問いかけてきた。
「おい厄人。それはなんだよ」
そう言って指を差した。
指の差す方向を向くと、マナセクトのことを指差していた。
苛ついたが喧嘩はしたくない。俺は怒りを飲み込み説明した。
「奴隷だ。俺が買った」
「はぁ!?お前みたいな奴が奴隷なんか買えるわけないだろ!!」
シュランは怒りを露わにして俺を怒鳴った。
「奴隷がいるということは買ったのは事実ということだ。そんなこともわからないのか?」
俺は嘲笑うようにそう言った。
シュランはさらに怒声をあげた。
「お前のことだからどうせ誰かから金を奪ったんだろ!?正直に言えよ!!」
怒鳴る姿があまりに醜くて笑いが出てしまう。
馬鹿にしていた奴が突然に奴隷を買ったんだから悔しいだろうな。
するとシュランは嘲笑うかのような声を出し、思いがけない行動に出た。
「『傷だらけの厄人』なんかに奴隷は似合わないよな。しょうがないから俺がもらってやるよ!」
そう言ってマナセクトに手を伸ばしてきた。
「ひっ...!」
マナセクトが震え、涙を流した。
俺にとって、マナセクトの涙は発動条件だった。
瞬間、俺はマナセクトに伸ばすシュランの腕を掴んだ。
「あ?なんだ......っ!?」
俺はシュランの腕を万力が如く握りしめた。
「誰の奴隷に、触れようとしているんだ...?」
よくよく考えれば、どうせこの街からは出て行くんだ。暴れたところで何も変わらない。
だったら、今までの分の借りを全部返してやる。
俺は左目の眼帯を外し、言った。
「...さあ、楽しい喧嘩にしようぜ?」
少し前に書いた作品をリメイクして投稿しました。
なぜリメイクしたのか。理由は簡単です。
誤字脱字が多かったからですね。
ということで、連載するかも?ですので、期待せずにお待ちしてください。