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中華王朝史記

山間の街道に枯れ葉一枚落ちていない理由

作者: 大浜 英彰

挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。

 それは色付いた紅葉も枝から離れ落ちるようになった、晩秋の日の事で御座いました。

挿絵(By みてみん)

「我が紫禁城の庭園は何時見ても美しいのう、太傅よ。枯葉の一枚でも石畳に落ちようものなら、ああして庭師が直ちに掃き清めるのじゃから。」

 上書房での勉学をこなされた愛新覚羅翠蘭(あいしんかくらすいらん)第一王女殿下が、廊下の窓から望める庭園を一瞥された後にこう呟かれたのは。

挿絵(By みてみん)

「仰せの通りに御座います、殿下。我が中華王朝の王城である紫禁城の庭園、塵一つ落ちていては王室の威信に関わります故に。」

 拱手の礼を示しながら御答え申し上げる私に、殿下は気品に満ちた微笑で応じられたのです。

「枯葉は火事の火元とも成り得るし、足を取られた者が転倒しては一大事じゃ。のう、太傅よ。この中華には枯葉を放置して一大事となった昔話もあるのじゃろう?そうした話を(わらわ)に聞かせて(たも)れ。妾も中華王朝の次期天子として、そうした民間伝承も知っておきたいのじゃ。」

「仰る通りで御座います、殿下…」

 そうして私こと完顔夕華(ワンギャン・シーファ)は、あの世にも不思議な逸話を殿下に御伝え申し上げたのです。


 今を去る事、約五百年前。

 朱元璋によって興された明王朝の威光にも陰りが見えてきた時代の話で御座います。

 それは月の美しいある晩秋の夜の事、湖南省西部の山道を風変わりな一団が進んでいたのです。

「キョンシー様のお通りだ〜!邪魔する奴は道連れだ〜!」

 黄色い霊符を撒きながら鈴を鳴らす道教の道士と、それに従うように列を成して飛び跳ねるキョンシーの群れ。

 今日のような優れた冷蔵技術のなかった時代には、遠方で客死した出稼ぎ労働者達の遺体を故郷まで移送する為に死体に呪術をかけて歩かせていたそうで御座います。

 これが世に言うキョンシーであり、呪術に長けた道教の道士達はキョンシーの先導役として重宝されたのでした。

 故郷を遠く離れた地で死ぬのは確かに不幸ですが、このキョンシー達が本当に不幸だったのは前日の風雨で散った枯れ葉が夜露に濡れて山道に積み重なっていた事で御座いましょう。

 何と一体のキョンシーが、枯葉に足を取られて転倒してしまったのです。

 まだ四肢の関節の死後硬直が緩んでいないキョンシー達に、咄嗟に避けたり体勢を整えたりする術は御座いません。

 そのまま前後のキョンシーにぶつかり、バタバタと将棋倒しになってしまったのです。

「おお、キョンシー様達が?!これは何たる事…」

 倒れたキョンシー達を助け起こしながら、道士はこれから起こるであろう恐るべき事態に震えるばかりでした。

 そして案の定、山道で転倒したキョンシー達の祟りは現実の物となってしまったのです。

 近隣の山村ではキョンシーの目撃談が相次ぎ、作柄も一気に悪化してしまいました。

 山を管理する地主の一族に至っては、夜な夜な夢枕に立つキョンシーに魘された家人が次々に体調不良を訴える始末。

 やがて愛娘が連日の悪夢で臥せってしまった事に音を上げた地主は、祟りを祓う為に一念発起したのでした。

 道士に頼んで祠を建立するのは勿論の事ですが、枯葉が積み重ならないように山道を定期的に掃き清める事を取り決めたのです。

 それ以来、件の山道は非常に通りやすくなったとか。

 勿論、キョンシーの祟りも収まったそうで御座います。


 そうして昔話を語り終えた私に、殿下は次のように仰せられたのです。

「きっと湖南省の民達は、その昔話で我が子に掃除や片付けを促したのじゃろうな。差し詰め『散らかっているとキョンシーに祟られるぞ』と。我が子を泣き止ませる為には『遼来来』と呼び掛けるのが相場じゃが、彼の地では『殭屍来来』が子供を躾ける定型句なのかも知れんな。」

「仰る通りで御座います、殿下。今でも彼の地には、子供部屋の掃除や遊んだ後の片付けを渋る子供に『キョンシーに祟られても知らないわよ』と脅す母親もいるそうで御座います。」

 そう殿下に御答え申し上げながら、私は紅葉の色付いた紫禁城の庭園に視線を向けたのです。

 清潔に掃き清められた園内には、枯葉どころか塵の一つも落ちてはいないのでした。

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― 新着の感想 ―
キョンシーはそういった理由で生まれていたのですね。何とも優しい理由ですね。 とはいえ、そのキョンシーたちも土地の方々も災難でしたね。どちらも明確に悪いわけではないのですから。 継承するためとも取れるそ…
キョンシー懐かしい……もう40年近く前かなぁ……。 今でも青野武さんの声が鮮明に脳内で再生されますよ。 。:゜(;´∩`;)゜:。
『遼来来』ならぬ『殭屍来来』って。(笑)
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