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八国史〜『新約魔書』世界一のワーストセラー〜  作者: 月詠 夜光
~天の章~

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第1話:「アルバス」

 フラスコやビーカーが並ぶも、穏やかな研究室の中。


 その歪な生命は(たたず)んでいた。


「……完成した!」


 ガブリエル・セレスティアルはケージの中のその生命(いのち)を、歓喜して眺めていた。


 ケージの中で丸くなっているのは、山羊と獅子の頭を持ち、蛇の尻尾を持つキマイラ──名をアルバスと云う──だった。


 白銀の毛並みを持つ、(いびつ)ながらも美しい生命だった。


 彼は、無機物から産み出された、魂の器を編み出す試みによって誕生した生命だった。つまり、生贄的な犠牲を一切伴っていない。


 苦節三年。ようやく生み出した生命。感慨も一塩(ひとしお)だった。


「ルナ、君のお陰だよ!」


 隣でうつらうつらとしていたのは、ガブリエルの助手であるルナ。彼女は元孤児だったが、鋭い直感と「生命の奔流」を感じ取る貴重な才能を持っていた。それが故に、ガブリエルが助手に取り立てて雇ったのだった。


 ガブリエルは未だ眠るアルバスを見ながら、実験結果のレポートを纏める為に万年筆を走らせていた。心なしか、筆圧が強い。


 一頻(ひとしき)りレポートを書き終えると、ガブリエルはアルバスを観察した。そして、その観察記録も記していく。


 やがて目覚めるアルバス。彼は生みの親であるガブリエルに、「クルルゥ」と鳴いて懐いていた。


 ガブリエルも、ケージの隙間から手を差し入れ、アルバスのその美しい毛並みを撫でてやった。


「クルルゥ」


「ハハッ、お腹でも空いたかい?今、ご飯を用意してやるからな」


 そう言って、ガブリエルはペットフードをアルバスに与えた。


 今のところ、ペットフードを除けば、肉や魚の類を好まない事も判明している。特にお好みなのは人参だ。


 人に手を出す子では無い。無機物から創られたからか、性格は穏やかだ。


 ただ、惜しむらくは子を残すべきパートナーが存在していない。


 ガブリエルは、将来的に雌のキマイラも創る計画を立てていた。そうすれば、繁殖出来る。


 ただ、ガブリエルは男性故に、雌のキマイラに備えるべき機能と云うのが、イマイチ感覚的に理解出来ない。


 兎も角、一つ急ぎで済まさなければならない用事がある。


「コレは師匠に報告しないと……」


 報告のレポートは纏まった。後は、ガブリエルの師匠であるリルー・セレスティアルに提出するのみだ。


「ココで大人しくしていてね。ちょっと行ってくる」


「クルルゥ」


 アルバスは僅かな離別の間を狂おしげに鳴いた。だが、完成した以上、報告は急務だ。


 ガブリエルは、アルバスを置いて報告に向かった。


「クルルゥ」


 アルバスは哀しげに鳴く。まるで、永遠(とわ)の別れとなるが如く。


 ガブリエルも、アルバスの孤独は理解している。それが故に報告を急いだ。


「ほぅ……完成したか」


 リルーはその報告に、驚くでも無くそう返した。


「はい、至って元気のようです」


「それは何よりだ」


 独自の「魂の循環理論」を持つリルーであったが、研究室の室長を務める責任者でありながら、既に研究からは引退した身の上だ。


「完成した……?」


 同室で研究のレポートを記していた、ガブリエルの叔父アーチュウ・セレスティアルが、ガブリエルの成果を訊いて、目を輝かせた。──悪い笑顔だ。


 報告を訊くと、完全に無機物から生命を生み出してはいたが、禁忌と言える魔法『天の空間破壊呪』のテストバージョンは応用していた。即ち、雷のエネルギーを以て生命を誕生させたのだ。


「早速、観に行こう!」


 リルーは先頭に立って歩いてゆくが、ガブリエルは兎も角、アーチュウも何故かついて来る。


 アルバスはリルーには反応しなかったが、ガブリエルには反応した。


「クルルゥ」


 ガブリエルが手を差し入れると、アルバスの方から身を寄せて撫でさせてくる。


「ハハッ、コイツめぇ!」


 リルーは驚愕した。キマイラとは本来、人に懐くなどと言う知性は持ち合わせておらず、自我をロクに持たないモンスターの筈だったからだ。


「……確かに、コレは驚くべき成果だ」


 リルーも、この成果は認めざるを得なかった。無機物に、有機物と云う過程を経てからとは言え生命を生み出して、それを懐くと云うレベルで制御していたからだ。


 逆に、アーチュウは愕然としていた。コレでは、軍事利用に向かない。もっと攻性の高いモノを想像していたからだ。


 だが、事実として、アルバスはガブリエルに懐いている。或いは、ガブリエルが命令すれば、軍事利用出来たかも知れないが、それでは意味が無い。


 ガブリエルと云う男は、軍事のことなぞに興味の無い男だからだ。アーチュウが命じても、従うまい。


 兎も角、アルバスのコントロール権を握らなければならない。何か良い手は無いものか……。


 その考えそのものが悪い事に、アーチュウは気付いていなかった。だから、良い手は思い浮かばないのだ。


 だが、ふとリルーが封印した術式を思い出した。


精神支配の術式(コントロール・ルーン)


 かつて、リルーが編み出し、その危険性故に封印した術式だった。


 だが、リルーはガブリエルにこう言う。


「良く躾をしておくことだな。ソイツが暴れたら、死人が出るぞ?」


「判っています、ってば、師匠」


 否、判っていないとアーチュウは思った。コイツは、お前らが思っている以上に価値のある代物なのだと。


 かつて、アーチュウもキマイラの研究をしたことがある。だが、余りに多くの生贄を伴ったが故に、リルーによって禁じられたのだ。


 それを折角成功させたのに、まるで愛玩動物のように扱うなぞ、莫迦らしいとアーチュウは本気でそう思った。


 アーチュウは、リルーが去ったのを確認してから、ガブリエルに近寄り、こう(ささや)いた。


「キマイラを軍事利用すれば、一族の地位は不動になるぞ」


「は……?」


 ガブリエルには本気でアーチュウが何を考えているのかを理解出来ずに居た。


「何を血迷い言を。アルバスはそんな事の為に生み出したのではありません!」


「……ならば、何の為に生み出した?」


「無機物から、本当に生命が生み出せるかどうか。ただその一点のみです!」


「生み出した以上、役目が必要だとは思わないかね?」


「見世物にでもした方がよっぽどマシです!」


 アーチュウは、こいつは何を言っているんだ?と思い悩んだ。結局、二人の会話は平行線で、交わるポイントが一つも無いのだった。或いは、捻じれの関係か。


「……必ず後悔するぞ?」


「……叔父上が後悔させる、と云う意味ですか?」


「さてな……」


 兎も角、アーチュウが『精神支配の術式』を入手し、アルバスを操ろうとするであろうことは明らかなのだが、ガブリエルにはそこまで察知するような超能力は持ってなぞいなかった。


 アーチュウが、静かに去る。それが、ガブリエルには何とも不気味で仕方が無かった。


「大丈夫。アルバスの身の安全は護るよ」


「クルルゥ」


 唯一つ、確実な事が言えるのは、ガブリエルとアルバスとの主従関係は既に築かれていると云うことだった。


 それ以外は、何一つ、確かな事は無かった。


 それが、ガブリエルにとってはとても怖い事であったのだった。

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