第8話:ラヂオ
遂に、サマリは時間的余裕を得る事に成功した。
それは、『風神』の納入を終えた後の事だった。
季節は4月、秋の寒さを迎えた頃の話だった。
ラヂオの発明の好機だ。
早速、サマリはラヂオの基礎設計に取り掛かった。とは言え、殆どが『龍血魔法文字命令』に因るプログラミングにも近い行為がメインとなるのだから、難易度は、魔空船程では無い。
電波塔の設置、放送局の設置、放送者の雇い入れ等の作業も必要とされたが、何はともあれ、ラヂオの設計と製造だ。
ラヂオの製造数が集まれば、自然と技術者たちはその利便性に気付き、電波塔の設計から製造・設置まで、放送局の確保も行なわれよう。
兎に角、最初の一台の製造が、この事業の肝だ。
肝心要の、絶対条件だ。この際、音質の良し悪しは特に問わなくても、キチンと聞き取れれば充分だろう。
魔空船シリーズに仕込んだ、オートパイロット機能の応用。後は、スピーカーの製造程度を行なえれば、充分に機能するだろう。
この際、録音機能は未だ仕込まない。それは、ラヂオが充分に普及してから設定を行えば良い機能だ。
初期機には、外付けで録音機能を備える為に設計を行なっておけば、録音装置もその内に売れるだろう。
最初は、本当に小規模に。放送局を備えて、王都内で聴き取れれば充分。その後に、その電波を拾って大規模に拡散する電波塔を設計すれば良い。
アイディアはあったとは言え、最初の一台を作るのには、かなり苦労をした。だが、その甲斐あって、スピーカーに補助機能が少し付いた程度の設計で、ラヂオは完成した。
後は、電波を飛ばすだけである。
この際に、誤算が判明した。
国の諜報機関が、既に電波を使った通信のノウハウを持っており、国家機密を簡単に訊き出せてしまったのだ。
これは、大きな誤算だ。
サマリは、水帝王に進言した。事実をありのままに。
「……そうか。御苦労であった」
サマリを責める言葉は、この際、返って来ない。
それが逆に不気味だった。
「国の諜報機関については、データを暗号化してやり取りさせることで、何とか対処しよう。
それよりも、コレは単独では機能しないであろう?」
「はい。放送局と、後に巨大な電波塔が必要となりまする」
「成る程、それによって、国の諜報機関の情報も大規模に拡散する、と」
サマリは、自分の失着に気付いた。逆鱗に触れた、程では無いが、虎の尻尾を踏んでしまったのかも知れない。
対処の術は、諜報機関に因る大規模な暗号の複雑化を要する。
果たして、水帝王はそこまでして、大規模な電波塔の設置や、ラヂオの普及に手を貸してくれるだろうか?
「して、このラヂオの普及には、どんな価値がある?」
「主に、情報の提供と娯楽の提供でしょうか」
「フム……で、あれば、他州を巻き込む規模の計画が必要になろうな」
「ハッ」
今、何と言われた?他州を巻き込む規模?そんなもの、他州の諜報機関の情報の抜き取りを意味するに違いない。
そして、高度に暗号化された自国の情報も、やがては筒抜けになる。
だが、ラヂオの商品化は、国を文化的に富ませる。その手柄を、他人に譲りたくは無かった。
「予算を提供してやろう。それにて、放送局の設備設計を急げよ」
「ハッ、ハハァッ」
先ずは、土地を確保する必要がある。それ自体は、大した問題では無い。
問題は、放送を担う人手、その人件費にある。
だが、こう云う真新しいものには、飛びつく人も居る事は事実である。
早速、サマリは人員募集の貼り紙をしたが、季節はこれから更に寒くなる冬へと向けて、人の心を凍らせてゆく。
サマリは、放送開始に向けて、スポンサーの募集も同時に貼り紙した。一社15秒。その時間の、音声のみによる広告時間の確保である。
人員募集は、何とか確保出来そうな見込みが立っていた。スポンサーは……まぁいい。当面は富裕層へのラヂオの売却益にて賄えば良いだけである。
最悪、国営放送でも良いのだ。国にとって都合の良い情報のみを提供する手段とすれば、何らかの効果は見込める。
ただ音楽だけを流す番組を作っても良い。と云うか、ある程度の規模が見込めたら、他の放送局が他の周波数で民営で現れる事も折り込み済みである。
仕込みは流々、結果を御覧じろ、と云ったところだ。
と云うか、音楽プレイヤーも無い世界に、いきなりラヂオを投じて、聴者の希望に応じて音楽を放送する番組でも作れば、それだけでラヂオが売れる事は、恐らく間違いない。
そして、希望する音楽の募集の広告を、極稀に挟めば、希望者は投書して来るに違いない。
ココまでは、サマリの計画から、大きく外れていない。
さあ、ここからが勝負だ。
技術の粋を尽くして、ハイデザインのラヂオ機を量産する。
そして、売り出したその日から、放送を開始する。
店先で、音楽を鳴らすラヂオを試聴展示販売をするのだ。
この際、放送は深夜に至るまで流す。
聴きたくない時には、電源を切れば良いだけの話だ。
販売員は雇った人の中から捻り出せば良い。
この際、ラヂオの操作には、細かい説明をする必要がある。その為、社員教育と云うものが必要となった。
販売員には向いている者、意欲のある者に任せれば良い。
そして、販売実績に従ってボーナスを支払うのだ。
コレが、八ヵ州世界に於ける、最初のボーナス制度となった。
販売員はその眼に情熱の炎を宿して販売に臨むようになった。
聴者率については、データ採取システムを導入している。放送者は、聴者率に基づいたボーナスが支払われた。
だが、放送者は情報を発信出来る、その特権に酔い痴れていた。
聴者からの要望にも、確かに要望に沿った曲を流していたが、それが必ずしも聴者の要望の全てに従う訳では無い。
放送者が、聴者の要望の中から、適切なものを選んで、その曲を流すのみである。
最初はサマリも、不公平な特権だなと考えていたが、その選曲の案件には、裏側に潜んだ何かの意図があった。
そもそも、ミュージシャンと呼ばれる職業の者が、未だ随分と少ないのだ。舞台で演奏するオーケストラ位のものだ。
その曲を録音して流す。最初は、そのようなやり方で曲を流していた。
だが、次第に時代は変わるだろう。独自の音楽を提供するミュージシャンの発現と云う現象を伴って。
やがて、八ヵ州全土に広がるだろう。サマリはその有様を想像するだけで、身震いするほど、酔い痴れていた。
未だ、ラヂオの普及が始まったばかりである。
そんな中、サマリは決まっていた事柄のように、テレヴィジョンの発案と云う申告を国に通した。
ラヂオの果たした成果に応じて、サマリには予算が割り振られた。
これからである。これから、芸能界と云うものを築いていくのである。
サマリは、その特権を一手に担っていた。
その事実を以て、サマリには名誉王族の特権が認められた。
『不老の加護』。確かに、その位は無いと成し遂げられない偉業かも知れない。
そしてサマリには、表彰と勲章が贈られるのだった。




