第7話:事故回避
『風神』こと、『ラージ・スカイ・スキッパー』の設計を始める事、一ヵ月。
作業は、寒さの極まる中、6月~7月にかけて行われ、そして完成した。
後は、強度計算を一度やり直した後に、製造に移るのみだ。
この際、『マイクロ・エーテル・コアシステム』の導入は、必ずしも必要では無かった。
だが、『マイクロ・エーテル・コア』の強度の確認の為に、今回はそれを導入していた。
これが『魔空船』となると、その導入には躊躇されるものがあるのだが、設計士の大半の意見でもあった、「いや、ギリイケるだろ」と云う発言から、導入された事は、サマリには些か不安だった。
『コア』と云う物は、それが『マイクロ・エーテル・コア』だとしても、そう簡単に壊れる物では無かった。そして、『コア』を支える構造も、相当に強固なものだった。
だが、その重量が100トンを超えると、『マイクロ・エーテル・コア』には、4Gを超えて耐える設計にはなっていなかった。
当然、『風神』には最大加速度4Gと云うリミッターを設けた。減速の際にもだ。
そもそもが、訓練も積んでいない人間に、4Gを耐えろと云うのも、中々に酷な話なのだ。ゆっくり加速し、ゆっくり減速する。その前提で設計は施された。
4Gと云うのは、それはこの八ヵ州世界には存在していないが、絶叫マシーンに乗るぐらいの負荷が掛けられる。
凡そ、訓練を積んでいない人間の耐久限界と考えて貰って構わない。
但し、瞬間的には人間はそれ以上のGにも、訓練無しでも耐える能力が備わっている。瞬間的と言うのは、凡そ約1秒間程度と思って貰って良かろう。
全ての座席にシートベルトを設計したが、ゆっくり加速し、ゆっくり減速するのならば、その必要も無い位だ。
但し、緊急事態と云うものは、ある時にはあるものだ。それを起こさないように設計されているが、何かから逃げる為に、瞬間的に4G迄の加速を可能な設定にはしてある。
だから、サマリはそろそろ免許制度が必要だと思っていた。
緊急時の対応を含め、早急にそのシステムを導入する準備を始めた。
本来ならば、それはサマリの仕事では無い。だが、誰もその制度の導入に動かないのであれば、サマリが動くしかない。
簡単な試験項目や試験問題を設定した。本来、『魔空船』等の機体には、他機の挙動に合わせて、事故を起こさないように運航する、オートパイロット機能が積まれていた。
それだけは、決してリミッター等で設定を解除できないように設計していた。
故に、事故と云う事態は、殆ど起こらない筈だ。
問題は、氷皇州が設計している『魔空船』シリーズだ。
一応、サマリは氷皇州の設計した『魔空船』シリーズにも事故回避システムには性能を設計していた。
だから、事故るとしたら、氷皇国の設計した『魔空船』シリーズ同士の話である。
バードストライクすら回避する設計になっていた。だが、流石に虫までは回避出来ない。
故に、『魔空船』シリーズは、定期的に洗う必要があった。虫の死骸や体液で、コクピットからの視界が確保出来ないのであれば、それは大きな問題だ。
一応、風神州に依頼して、虫除けの結界──と云うか、風の流れだ──を設定する方法を依頼して教授して貰っていた。故に、大抵の虫はその風の流れに乗って避けられる。
問題となるのは、『E‐1/2』と云った、低高度から超高速を出す場合である。
高高度まで至ってしまえば、虫はそもそも居ない。低高度で超高速の場合、風の流れで避けられる前に衝突してしまう。
その欠点だけは、幾らどう苦労しようが、避けられない課題だった。
或いは、その方法を考案出来るのならば、勲章モノの快挙である。
だが、虫だけは無理だ。それだけは避け難い。
特に嫌われるのは、何故か蝿だ。
実際問題、ゴール地点では蜻蛉の方が問題になることが多いと云うのに、何故か蝿が矢鱈と嫌われる。
そして、何故か蛆は問題とされない。成虫になれば蝿になると云うのにだ。
だが、蛆もやはり、嫌われる事態そのものは避け難い。
多分、それが故にこの物語が『新約魔書』~世界一のワーストセラー~になったのだから。
それが道理のように、『風神』にもウジが含まれているのだ。
物語そのものが嫌われるのも、当然の出来事かも知れない。
とは言え、役目を終えるまで、この物語を綴り続ける事は、避け難い。
もしかしたら、それが世界を破滅に導く役目だったとしても。
その事態は、一人の努力では避け難い。少なくとも何十人かの努力が行なわなければ、このまま、世界は破滅に導かれる、かも知れない。
だが、この物語が『パンドラの箱』の中に最後に残された『希望』であるのならば。
自然と、世界を破滅に導く役目からは放たれるであろう。
サマリは、そんなこと知ったことでは無いが、少なくともラヂオの普及位までは、自分の代の内に成し遂げようと思ってもいたのだった。
ラヂオさえ普及してしまえば、テレビの普及もそう難しいことでは無い。
ラヂオの技術と、映画の技術の融合が行なわれれば、テレビ本体は製造可能であるだろうし、放送局の設定やその電波を流す電波塔の設置も、恐らく速やかに行われるであろう。
ただ、それを見届ける事が、サマリの代では難しい事かも知れない事が、彼にとっては悩ましかったが、その気になれば、自分一人の活躍に、誰かが何人か付き従えば、可能であろうとそう想定していた。
その為には、ラヂオの発明と普及にも、何人かを巻き込みたいところだ。何しろサマリは、未だ30歳にも達していないのだから。
巻き込む人数によっては、テレビの普及まで見届けられるだろうと、それを希望に生きていた。
尤も、今は『風神』の設計と、製造や耐久テストに至るまで、商品にして大丈夫なレベルまで落とし込むのに、一所懸命だったのだが。
近いうちに、時間が取れれば……。サマリは技術者として、ラヂオの普及を諦める事は出来ないのだった。




