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八国史  作者: 月詠 夜光
〜風の章〜
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第9話:遭難すること一週間

 アイヲエルは、三日で下りの階段まで辿り着いた。


「下りかぁ……」


 残念そうなアイヲエルに反して、ハインダンスは。


「ええ、念願の下り階段ですね!」


 と、嬉々とした様子だった。それにアイヲエルは驚いた。


「えっ!?」


「……えっ?!」


 アイヲエルは状況を頭の中で整理した。


「……下りの階段、って事は、迷宮の奥地に向かう道だよねぇ?」


「いいえ、それは地下牢(ダンジョン)の場合です。迷宮は、最下層が出口に繋がっています」


「……そうなの?」


「──そうだったと思いますが」


 アイヲエルは便箋を取り出して現在の座標を記し、それからハインダンスに言った。


「──さて。降りてみようか」


「はい」


 そうして、階段を降りた地点の座標も書き込む。そして、出口に近づいているかを問う手紙を、亜空間収納に収める。


「イザと云う場合にはココに戻って来れるように動くよ!」


「──?


 出口に近づいているのかを確認する為に手紙を記したのではないのですか?」


「返事次第、となるからねぇ」


「……成る程。


 確かに、迷宮が地下牢へ直結しているなら、それは確認の必要がありますね。


 この迷宮は、未だ完全踏破がされていないので、判らない、と云う判断も判りますが……」


「うん。モンスターが相対的に強くなっていた場合にも、戻って来るよ」


「分かりました。そんな恐れは無いとは思いますが……」


 人工物でも無いのに、石を積んで造られたダンジョンの壁に目印を付けながら、二人は迷宮を進んだ。モンスターが使役されて石を積んだのだとしても、ダンジョンの壁は整い過ぎている。


 そしてそれから最初の休憩の時、手紙を確認するアイヲエル。


「良かった!近付いてるらしい!


 ──ストップ!」


 アイヲエルはハインダンスを止め、足許の石畳を注意深く観察する。


「……転移罠とは限らないけど、何らかの魔法的な罠だ。


 ココ、踏まないように。


 しかし、初見殺しを浅層に設ける理由が分からん!


 迷宮は、人が入れば入るほど活性化すると訊いたことがあるけれど……」


「人が入り過ぎたのではないでしょうか?


 迷宮だって、お休みを少しは欲しいのでは?


 入るのを躊躇わせる罠を仕掛けておけば、入る人数が減る、と云う効果を狙ったとか……」


「……迷宮にそこまでの知能がある?」


「多分、経験則かと」


 成る程とアイヲエルが唸る。


 経験則に従って知能を増してゆき、人にとって脅威となる。


 それは、迷宮を放置する危険性と、モンスター素材と云う財宝を内包した、人が適度に入る迷宮になるだろう。


 確かに、迷宮側のメリットは大きそうだ。


 だが、人が入らな過ぎれば、迷宮側にとってのデメリットも大きくなりそうだ。


 少なくとも、今は人が入り過ぎなのだろう。だから、最浅層に凶悪な転移罠が仕掛けられていたのだ。


 アイヲエルはハインダンスと合流して以来、罠探知や索敵を怠ったことは無い。


 間違ってでもまた転移罠に掛かろうものなら、ハインダンスの命が危ない事を悟ったからだ。


 思えば、ヴィジーが居た時は、油断するにも過ぎていた。


 保護者が居ると、安心しきっていたのだ。


 今、その油断は無い。


 シャイ・アントなら三体まで。ホワイトウルフなら二体まで。その原則に従い、モンスターを屠り、今まで生き延びた。


 先ほどの手紙でも、ヴィジーとの合流まで、最短で二日と云う返事が返って来ていた。


 馬鹿正直に、二日で合流できるなどとは、アイヲエルは思わない。だからこそ、ハインダンスに告げなかったのだから。


 アイヲエルの予測で、最低あと二週間。それを基準に、迷宮脱出の予測を立てていた。


 ヴィジーとの合流が早まれば早まるほど、その期間は短くなるだろう。


 命懸けの緊張感は、どうやったって拭えない。


 そんな折、二人は十字路に差し掛かった。


 どの道を進むべきか。決まっている。真正面だ。


「ちょっ……!」


 ハインダンスが、躊躇いながら追って来た。


「さっきの道、右か左かの方が、最短距離に近いに決まっているじゃないですか!」


「だからこそだ。


 迷宮にもしも悪意があるのなら、一見、遠回りにしか見えないルートが最短距離への近道だ」


「ええっ!待ち構えているモンスターの問題ですらないんですか!」


「大丈夫。一層浅い層へ入った事で、モンスターの数も減っている。


 そら、ホワイトウルフが二体でお越しだぞ。


 食肉確保の為にも、積極的に狩るぞ!」


「ええっ!未だ慣れてないのに……」


 アイヲエルの狩りの腕は、徐々に上がっていた。だがハインダンスは、未だホワイトウルフ狩りに慣れていない。自然、トドメはアイヲエルが両方刺すことになる。


 そして、血抜き・解体・食肉処理・調理・後片付けまで、全てをアイヲエルはやっていた。ハインダンスも、流石に申し訳が無さ過ぎて手伝いを申し出るが、アイヲエルが正直に『一人の方が楽だ』と宣言する。


 本格的に、ハインダンスは救助される側で、足手纏いに他ならない。


 だが、一時、ホワイトウルフのヘイトを一体分負担してくれるだけで、アイヲエルにとっては楽になっていた。だがその事実をアイヲエルはハインダンスに告げない。


 ただ、アイヲエルはこの苦しい日々に、遣り甲斐を感じていた。


 自分が助かる為に。そして、ハインダンスを助ける為に。


 この遣り甲斐のある日々を、毎日過ごせることにある種の高揚感を感じていた。


 そして、その高揚感が失われることにこそ、恐怖を感じていた。


 言ってみれば、モチベーションに直結するものだ。その熱意の熱量を失うことを恐怖していた。


 それを維持する為の、一日約三時間程度の睡眠。足りないと云えばそれまでだが、高揚感の維持には、適度な睡眠だった。


 一方、ハインダンスは日に日に疲弊して行く。睡眠時間を、五時間も与えられているにも関わらずだ。


 当然、交互に睡眠を取る為、起こす時間でお互いの睡眠時間をコントロールしている。


 それでもハインダンスが疲弊していったのは、偏にハインダンスの経験不足であろう。


 アイヲエルは、旅に出る前にこんな生活リズムでの活動の修行を積んでいる。


 一方でハインダンスにはそんな経験は無い。これからその修行に挑むことになるであろう段階の、初心者に近い。


 それに、だ。


 ハインダンスにとっては、アイヲエルが手を出して来るなら、サッサと手を出してきて欲しいのだった。その覚悟が決まるから。


 中途半端に、興奮していながら手出しをして来ないアイヲエルに、睡眠時間を削られることを、今なお恐れている。


 そう、アイヲエルは傍から見ても、明らかに興奮状態なのだ。合意の上で致すのと、襲われてしまう事には雲泥の差がある。


 アイヲエルは責任問題で手出しする訳にはいかなかったが、ハインダンスには言いもしていないのに、そんなことが分かる筈も無い。


 アイヲエルにとっても、ハインダンス側の考えが分かる筈も無いから、ロクに眠れずに疲弊していく彼女に、問題意識は持っていた。


 ハインダンスを側室に迎える気は、無い。だから、興奮状態でもイザ眠るとなると、グッスリ眠っていたので、アイヲエル側の疲弊は問題になる程ではない。


 一度、話し合えば良いのだろうが、双方共にそんな考えはない。


 このままでは、ハインダンスが参ってしまう。


 そんな状況で、一週間が過ぎた。


 一日目は混乱の最中の、ハインダンスとの合流。ヴィジーとの連絡。


 二日目は、迷宮脱出に向けての動き始め。


 三日目は、狩りの安定性が上がってきて、一層下に戻り。


 四日目、アイヲエルが短い睡眠時間で、軽く興奮状態に。


 五日目、アイヲエルの興奮状態にハインダンスが気付き。


 六日目、ハインダンスがアイヲエルに寝込みを襲われるのではないかと警戒を始め。


 七日目。事態が少し動き始める。

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