第9話:追い掛けるミアイ
ミアイは、ヴィジーからの手紙を受け取り、目を通した。それから風神国からスレイプニルを借り受けて、光朝国を目指して奔らせた。
最高級の馬車を牽かせても、ベルトで身体を固定しなければ、身体が投げ出されそうな勢いだった。
幸い、揺れそのものは、光朝国の馬車の揺れよりちょっと酷い程度で、ミアイは馬車とはその程度には揺れるものと云う認識があっただけに、揺れによる痛みにも耐えられた。
そして、光朝国まであと一日と云う距離にまで近付いて、ヴィジーからの念話が来た。距離が離れているからツラいと云う理由で、臨時の時にしか入れぬと言われた念話だ。それも、気のせいかと思うほど短く、『光朝国に着く』と云う、ただそれだけの念話だった。
念の為、念話で『本当ですの?』と返信したが、確かに魔力がガリガリ削られて、ツラい。『本当だ』との返事を受け取った後に、ミアイは特例として借り受けたスレイプニルを夜通し奔らせた。
大体が、風神国のみ『禁呪』の『風の空間破壊呪』を完成させたのが悪いんだわとミアイは正直、そう思っていた。ミアイは例え王妃になっても、光朝国の王女だからその禁呪を使えないからと云う理由で、守秘義務込みでその魔法の正しい名前を知らされていた。その名を、『ヴォル・ヴィン』と云う。八属性全ての空間破壊呪は、誰にも教えられなかったが、旧い文献を見て、『ヴァイ・ヴィ・ナート』だと知っていた。そして、その魔法が切っ掛けで、八カ国全てが崩壊しかけて、歴史の資料が大幅に喪われた。故に、八カ国の建国は一万年前は確実であっても、七万年前は確実である証拠の資料が無いのだ。
厳密には、『ヴァイ・ヴィ・ナート』が行使されたのはヴィジーも天星王座に就いていた約百年前の話だ。故に、ヴィジーが辛うじて七万年前説を知っていたが、証拠は無い。だから、確実なのは一万年前と云う資料が遺されていて、信じられている。
複数の王族が巻き込まれた、悲惨な実験だったと言われる。辛うじて、現役の王族は万一に備えて非参加だった。
故に、八カ国は滅んでいない。唯一、『龍聖国』のみ、実験場だったが故に滅んだ。現在残る龍の渓谷に住む龍王は、正式な王では無い。元々の寿命が永いから長生きするが、『超越者』たり得なくなった。
要するに、老いていく。現在の龍王はボケ老人だと云う説もあるが、龍王が現役ならば、竜人の奴隷など存在しない筈だった。龍王の怒りに触れて生きている者は居ない。もし居るとしたら、同じ龍族か、超越者たる各国王だ。
逆鱗に触れる、と云う言葉があるが、触れずに強烈に突けば、死ぬ程の弱点でもある。竜人を拐う行為は、龍王の逆鱗に触れる行動の筈だった。
龍の渓谷は光朝国にある。
故に、竜人の奴隷を二人買ったと云う情報をヴィジーの手紙で知ったミアイは、ホントに龍王がボケたと云う情報を信じた。
ヴィジーの手紙が確かなら、ミアイが旅に同行する為に合流するには、今が絶好のチャンスだった。合流した上で、光朝国王に頼めば良い。
幸い、ミアイは光朝国王からの覚えが良い。故に、裕福な風神国の第一神子に見合いを申し込んだのだから。因みにミアイの名は、『見合い』が語源では無い。語源は、『美愛』だ。故に、漢字に該当する文字での命名も考えられたが、一般的では無い為にその音だけ貰って名付けられたのだ。
「私を置き去りにするなんて、そんな酷い真似、断じて許しませんわよー!」
因みに、この時、アイヲエルはヴィジーから「待て」を命じられ、奴隷娘たちと共にカードに興じていた。
ミアイの到着を今か今かと待つヴィジーに対して、ミアイは一行が泊まっていそうな宿を総当たりして、ようやく辿り着いた。
「見付けましたわよー、アイヲエル!」
アイヲエルの姿を捉えて突進するミアイと、その勢いに仰け反るアイヲエル。そして、奴隷娘二人を見て、ミアイは時既に遅しと断定した。
「ようやく追いついたか、ミアイ嬢!」
歓迎する様子だったのは、ヴィジー一人だった。他は、カードに興じている。
直後、ミアイが強い語調で言っている内容も分からないような雷をアイヲエルに対して落とした。
そうして気分が済んでから。
「アイヲエル!父上に会って頂きますわよ!」
「ん?流石に挨拶に行った方が良いのか?」
光朝国に寄った折には顔を出して欲しいと云う、お見合いの時の挨拶を思い出して、アイヲエルはそう言った。
「旅に出る許可を!父上にお願いしなければなりませんわ!」
おお、そうだったとアイヲエルは思った。
国として風神国の支援を受け、流石に高級宿とあって食事も美味しく、ミアイの分も頼んでも、特に追加料金に関する話も無い。
まぁ、ミアイは『幸せを掴んだ王女』とされ、国民から祝福を受けているから、多少の無理を言えば、通ってしまっただろう。それなりの対価と引き換えに。
丁度、朝食を注文して待っている間のことだった。僅かに遅れるが、ミアイも含め、全員の食事が揃い、カードはしまい込む。
酒ではなく茶だが、ヴィジーが音頭を取って挨拶を申し出る。責任者とあって、反対意見は無い。
「ミアイ嬢の合流を祝して!乾杯!」
まだ暖かい時期に合わせて、茶も冷たいものだ。乾杯して飲み干し、追加を全員が頼む。こう云うこともサービスに含まれているのだろう、嫌な顔一つされない。
「それにしても早かった!こんなに早くに合流して来るとは思わなかった。
で、だ。早速、光朝国王に謁見を申し込むぞ」
王族の類が利用することも多い宿だ。王宮に直通の連絡を取る手段も備わっていた。今回はソレを利用する。
「最速なら、今日中に謁見出来る。三人娘は兎も角、儂とアイヲエルは正装を着て向かわねばならん」
「三人も女奴隷を買っていますの……?」
「ああ、単純に戦力だ。だがフラウに関しては、後々、アイヲエルの側室に迎える可能性が出て来る。
本人も隠していたが、『聖女』の資格持ちだ。疫病が流行った時なんかに有効だぞ。側室に迎えさせてやれ。──但し、最短で六年後だ」
「ええい、分かりましたわ。そんなに狭量な正室ではありませんもの。国の為になるならば、側室の一人ぐらい、許して差し上げましょう!」
「まぁ、先ずは王宮の返事待ちだ。焦らず、ゆっくり待とう」
この際、あまりのんびりするのも嫌われるが、あまりにも急ぎ過ぎても嫌われるのだ。謁見と謁見の合間の休息を取るタイミングが取れなくなるからだ。
一応、至急と云うことで謁見を申し込んでいる。それでも、午前中に謁見出来たらかなり早い方だ。
アイヲエルとヴィジーは正装に着替え、そして全員でカードで遊んだ。それは良いのだが。
「……何だか、縁起の悪いカードばかり来ますわ」
ミアイがカードを引けば引くほど、悪いカードを引いて、そして自分の順番で出して行った。
カードの遊び方としては、一番単純な、十干か十二支をどちらかの順番に従って出してゆくだけの、シンプルなものだった。
ミアイは縁起の悪いカードを次々と引くも、出す分には順調に出してゆき、そして『丙午』を引いて詰んだ。
「何なんですの!?私が同行することが、そんなに悪い事だとでも言いますの?!」
あー、とアイヲエルが声に出した。
「勝利の女神様は、三回に一回、必ず裏切るからなぁ……」
そして、ミアイの手札には『巳』のカードが三種類入っていた。
丁度、その勝負が着いた頃である。宿から、「王宮からの謁見の許可が下りた」と云う旨の連絡が届いたのだった。
一行はカードを仕舞い、王宮へ向かうのだった。




