第6話:魔力の代償
来年の『E-1/2』までには八ヵ州全てに『空帝』を──。
それは、水帝州の基本方針となっていた。
スカイスキッパーの売れ行きは順調、八ヵ州の交易全体が良い方向性に向かっている事をも把握していた。
但し、それは飽く迄も国とその中枢部が、と云う意味であって、イチ技術者に過ぎないサマリまでにはその報告は下りてこない。
ただ、スカイスキッパーの生産が順調である事から、推察は出来た。割と容易に。
赤子の手を捻る、とまでは言わない。と云うか、何と残酷な描写をこの概念を考えた人物は考え出したのだろうと、ただそう思う。
風神州とて、1位を取るのは苦難の末の成果なのだ。マクシムが3位になったことで、それがどうやら確からしい、と云う事も判った。
1位を取るのは、ミヲエルかスターだ。この2強体制が、中々崩し難い。当然である。最初期のトレーニングの仕方から、まず違っているのだ。
むしろ、3位以下に沈んだ風神州のレーサーが、この2強体制に付け込めないで居る事から、風神州の3人目は誰と決まったことでは無いと云う事態に、風神国でも陥っている。
アイヲエルかミアイが参加して、キッチリとトレーニングを積めば、恐らく2強体制に罅を入れる可能性は充分に高い。だが、二人はレースに然程の関心は無い。
『八国七十二景』改め、『八州七十二景』の撮影は終わっているが、二人の興味は、次は数十万枚と云うイラストを描いての、八ヵ州世界初のアニメ映画の撮影と上映に向けて動いているらしかった。
それでは、レースに参加する見込みは持てそうもない。気持ちどころか、時間的余裕もありそうには無かった。
まぁ、それならばそれで、3位は頂きます、と云うのがサマリの正直な気持ちだった。
季節はこれから冬の6月へ向けて、冬籠りの作業を積み重ねる準備が整っていた。
スカイ・スキッパーの生産ラインは、一部、急ぎで『空帝』の製作の為に動いていた。
来年4月のレースには、八ヵ州各3機の『空帝』を備えていて貰いたい。
又、それが済んでも、『空帝』用のトレーニング機体を製作する必要もあった。だが、コレは急がない。
『スカイ・スキッパー』がトドメになった。……意味的には水帝州の経済を立て直したのだから、『トドメ』と云う言葉は可笑しいが。
加工貿易に因る、州としての豊かさを手に入れつつあった。そして、その為に水が大量に消費される事から、農地の拡大も進み、食糧自給率も上がりつつあった。
そう、この州は、充分に豊かな州となり得る『才能』とでも言うべきものが、既に備わっていたのだ。
そして、大量の水を必要とする事から、『禁呪』の試し撃ちも辞めていない。
それは些か不自然な州の成り立ちだった。他の国は『禁呪』を辞める事で豊かさを手に入れていった。一方で、水帝州は『禁呪』の試し撃ちは国の豊かさの為にも辞められない。
そうなることは当然の成り行きであったのかも知れないが、水帝州は、遂に『水の魔力』を『禁呪』の試し撃ちで打ち尽くす。
危機的な状況だった。水が大量に必要なのに、それを齎す為の『水の魔力』が尽き果てたのだ。
対策としては一つ、名案とでも呼ぶべきものがあった。だが、その名案には何としても通し難い事態が伴っていた。
即ち──敵対属性である『風』の魔力を消費して貰う事で、敵対属性であるが故に『水』の魔力も回復する、と云うアイディアだったからだ。
風神州の『禁呪』が、『禁呪』として完成しているのが大問題だった。それを撃てと云うのだから、無茶な話だ。風神州が自らの州の豊かさと引き換えにやって貰えるとは思えない。
ただそれでも、案が一つも無いよりはマシだった。念の為、風神州に打診してみた。帰って来た答えが。
「『禁呪』の試し撃ちは容認できるところではない。だが、他の風魔法に因る『風』の魔力の消費は、試みる事も吝かではない」と云うものだった。
早速、水帝州は風神州に依頼した。『風魔法』の滅多撃ちをだ。代償は、『スカイ・スキッパー』7機。風神州に対して、これ以上失礼ではない対価は無かった。
だが、風神州はそれに対し、『魔空船』1機の追加を求めた。水帝州としては、納得出来る条件だった。
但し、『風』の魔法の滅多撃ち1回に対する対価としてそれを求めたのであった。
そして、当然ながら再び尽きる『水』の魔力。
採算は取れている。だが、再び同じ条件で、と云うのは、どちらにとっても望ましいものでは無かった。
2回目は、『魔空船』7機を求められた。それでも水帝州としては採算が取れる。当然、求めに応じた。
3回目は、『風神王専用機』として、『空神』と云う機体の製作を求められた。要するに、『国王の大広間』の製作を求められたのだ。
しかも、オンリーワンの機体としてだ。
まぁ、細かい仕様を改める事で、オンリーワン機体の類似形を作る事まで禁じられた訳でも無し。水帝州はそれに応じた。
4回目の条件は、揉めた。これ以上、何を要求されても、応じ続ける事は困難だと判断した。
よって、サマリが直々に風神州の代表と交渉を行った。
「率直に要求を突きつけます。『風』の魔法の滅多撃ちの常習化。それと引き換えに、年に何機かの『魔空船』類似商品の引き渡しと云う条件で」
返答には相当悩まれた。一度持ち帰って上と相談、と云う事が出来ないように、絶対的な決断の権限を持つ代表を、水帝州が風神州に求めたが故にだ。
「……条件の絶対的な制限は、今回、設定することが出来ない。但し、新商品を含む『魔空船』類似商品の7機、と云う条件だけは、呑んで頂きたい」
「分かりました」
それ以上の条件の突き詰めは、この際、必要無かった。ただ、今年分と来年分ぐらいは決めておきたい。
だが、それはサマリの一方的な要求になってしまう。自分からは切り出し難い。
「とりあえず、今年と来年の分は、『スカイ・スキッパー』7機で。
アレは便利なものだ」
「ありがとうございます」
純粋に技術者として、設計に関わった商品が褒められるのは大変嬉しいことだった。
そして同時に、世の中ではどの位の性能の機体が求められているのかに、サマリは一途に興味があった。
「因みに、どのような性能の『魔空船』があったら便利とか、そう云ったご要望は御座いませんか?」
「出来れば、20人以上が乗り込める程度のサイズの機体があれば、便利だと思うが……」
「判りました。20人以上、ですね?それでもって、『魔空船』よりは小さなサイズの」
魔空船は、一度に百人以上が搭乗する事も想定されて造られたものだ。確かに、『スカイ・スキッパー』との中間位の性能の機体があれば、便利そうだ。──クソッ、便利か。
「承りました。設計の期間を含めて、最短で来年にはお引渡し可能かと思います。──因みに名前にご希望は?」
「そうだな。例えば──『風神』」
その言葉で、場が戦慄した。
サマリはコホンッ、と咳払いを一つ。それから言い出した。慎重に、敬意を払って。
「その場合、他国にも同名で売却する事態になりますが、それでも宜しいですか?」
「否、その名称で売却するのは、当国に限って頂きたい」
「すると──別名を此方で付けさせて頂きますが、それはよろしくて?」
「ああ。大抵の名前の場合、それで構わない。
因みに候補が挙がっていれば、伺いたい」
「そうですね……『ラージ・スカイ・スキッパー』と云ったところでしょうか?」
「フム……。それであれば、全く構わない」
終始、上から目線での発言に、サマリは少々気になっていたが、ワザワザ藪は突かない。
「であれば、そのようによろしくお願いします」
「ウム、此方こそ頼む」
最後に握手をして、双方は帰る事になった。
「フム……次期の上王に、我が州は風神州の王を推すことは出来そうにないな」
それでも、恐らくは次の上王が風神王であろうことに、拒否権も持たないし、一ヵ州で対応する事は、出来そうにないのだが。
そうなると、慣習として、その次が光朝王、更に次が氷皇王、と更に続いて地底王、水帝王、闇夜王、火王と云う順番になるであろうことに、この八ヵ州世界では、抗い難いのだった。




