第2話:試運転
それは7月の末の寒い頃の話。
『空帝』の製造に、国から『待った』が掛かった。
何でも、予算の都合上、『スカイ・スキッパー』と『空帝』の並行製造は厳しいと云う話であった。
ならば、製造数を抑えては?と言われても、『空帝』よりも『スカイ・スキッパー』の製造の方が圧倒的に優先、と云う回答が返って来た。
「なんてこった……」
サマリは落ち込んだが、考えようによっては、『スカイ・スキッパー』の強度や挙動の検査をしてから、ゆっくりと提供していくことが出来る事をも意味する。
特に、大改造をした新しい『マイクロ・エーテル・コアシステム』の強度を確かめられるのは大きい。それだけ、事故が減るからだ。
上下の強度は、ほぼ問題が無い。問題となり得るのは、特に前方。次いで左右・後方への挙動に対する強度の問題。
速度としては、最大で時速200キロぐらいを意識していた。リミッターも、その位だ。
但し、それは前方に限る。左右へは、ベクトルコアで車体を左右に方向転換し、そして前進することで移動できるようになっている。
後方に至っては、時速10キロ程度を想定している。強度確認の際には、30~50キロ位までを試すことになるだろうが。
元より、魔空船にそんな高速な後退能力は必要性を見出されなかったし、その時速100キロを超えるような後退をするような事態に陥る場合、右か左かに旋回して前進すれば良いだけの話だ。その余裕が無い環境で、後退時速100キロと云う事態は、どんな仮定をされても、安全に運転できる状態ではない。
故に、後退は時速30~50キロ位までの強度確認で充分なのだ。
せいぜいが、車庫入れの際に行う為にある機能のようなものなのだ。後方への走行を目的とは決してしていない。
又、『スカイ・スキッパー』には、荷重耐性についても確認せねばならない。重量物を搭載する可能性もあるし、そもそもが小型化したと云っても、七人乗りを前提とした機体なのだからだ。
コレには、『マイクロ・エーテル・コアシステム』の初搭載機と云う理由もある。
因って、サマリには『空帝』の設計後、間もなく、『スカイ・スキッパー』の強度・耐性確認の作業が入った。
コレがまた、恐ろしく退屈な作業なのだ。
だが、その退屈に耐え、強度・耐性確認を終えなければ、『スカイ・スキッパー』の商品化は叶わないのだ。
サマリは更衣室で耐Gスーツを着込んで強度・耐性確認の作業に入った。
耐Gスーツと云うのも、足回りが酷く締め付けられ、正直キツイのだが、フライトカーの時には特に、レーサー仕様と云う事で、9Gまでの加速に対する機体の耐性の確認を行わなければならなかった。
その時と同じつもりで、サマリは挑もうとしたのだが、製造者達からストップが掛かった。
「耐Gスーツ無しでどこまで耐えられるかの確認なんで、その耐Gスーツ、脱いできてください。
飽く迄も家庭用なんで。機体に重量物を載せたりもしますけど、耐Gスーツが必要なレベルまでの確認は要らないですし、耐Gスーツを着ていなければ耐えられない加速度を記録したら、リミッターの設定から見直すんで」
よく考えれば、サマリにも判っていた筈のことだった。
商人にも売れるだろうし、むしろ豪商と呼べるレベルの商人で無ければ、『スカイ・スキッパー』を購入する予算も、必要も無い筈だった。
──本当に家庭用になるのは、いつの時代だろうか……。
等と、他愛の無い事を考えながら、サマリは更衣室に逆戻りし、ほぼ普段着にしている白衣に着替えた。白衣の下には、だらしなくない程度に楽な服装をしていた。
とは言え、真冬の真っ最中だ。どうしても厚着にならざるを得なかった。
それでも、寒い。道理で、『スカイ。スキッパー』の設計の際に、暖房・冷房設備を備える事との指示が上から為された筈だ。
少しでも、搭乗者を快適に。過去の魔空船やフライトカーの開発の時から、求められていた条件だ。王族が主に乗るのでは、それも頷ける。
実のところ、冷房設備は氷皇州が、暖房設備は火王州がと思いがちだが実は光朝州が、得手とする設備なのだが、そこのところは、水帝州が単独の州で完結して仕上げられる事をウリとしていた事から、水帝州なりに対応はしていた。
ただ、哀しいかな、他の州では、冷暖房設備を氷皇州・光朝州に依頼して改良して貰い、運用することが一般的だった。
ところで、サマリは白衣のまま試運転をしようとしていたが、製造責任者から、「せめて白衣だけでも脱いでくださいよ」との注文が入り、白衣をそこらに掛けて試運転に臨んだ。
積む荷物は、大量の水である。助手席に製造責任者が座り、後部の5人分の席に水が入った容器を大量に載せる訳だ。勿論、固定は確りと。
「試運転、開始致します!」
「頼みますよォ、先生」
実は、最初の試運転は既に済んでいる。今回は、設計者として、サマリの設計通りの性能が出せるかの確認作業であった。
「カタパルト、展開」
壁の一面が外に開き、『スカイ・スキッパー』の前方が開かれた。
「発車!」
ココで、いきなり急加速はしない。ゆっくりと、着実に発車して、順調に発車できるかを先ず試す。
「上昇」
船首を上に向け、加速する。垂直上昇を試しても良いのだが、それはまた、後回しだ。
「前方に、加速!」
仰角30度程度で、『スカイ・スキッパー』を加速させる。
「右旋回」
ハンドルを時計回りに回す。
「左旋回」
今度は左回りに。
「急ブレーキを試行する」
「待った!」
待ったが掛かっても、急ブレーキは止め難い。ただ、サマリが返答を確認してから試行しようと思っていたが故に、急ブレーキは掛からなかった。
「何故?」
「あー……急ブレーキに問題があることは、ファーストテストで確認済みだ。後ろの荷物が崩れる」
「……それは、私がテストパイロットをする前に改善して然るべき事項では無いか?」
「それに関しては、コクピットと後部座席の間に、貨物用に壁を作る事で対応可能との結論が出ている。
因みに、サマリさんや。急ブレーキ用に追加設計したシートベルトの着用を忘れているぜ?」
「……ほぅ。勝手に追加設計したのか。報告が上がっていないぞ?」
「あー……前設計担当者が、『その程度の追加設計は、現場で臨機応変に対処して貰わねば困る』、とか言い出しやがって……」
「……随分、横柄な設計担当者だな。私の前任──王族だな。ならば、仕方あるまい。
次回から、初期設計時よりシートベルトの設計は加えるものとして、現行のシートベルトの情報を報告願いたい」
「はいよ。全く、理解ある設計者が現任で、助かるぜ、ホントに」
製造担当者は、クリップボードに紙を挟んで、メモしながらそう言った。
とはいえ、少々加速し過ぎてしまった。サマリはゆっくりとスピードダウンする。
「ハッハッハ、そこまで慎重なスピードダウンじゃなくても大丈夫だぜ。
一応、4G位までなら、壁を設定しなくても崩れて来ない程度の搭載時の工夫はしてある。
理論上は、ソレで大丈夫な筈なんだが、念の為、今はゆっくり減速して欲しい。
リミッターを解除して運用する奴も、中には居たりするしな!全く、危険だから設定しているリミッターだと云うのに……」
その後、製造担当者がブツブツと愚痴るのを訊きながら、サマリは元の場所まで戻すべく、操縦した。
「うん、良い出来なんじゃないかな?」
顎に右手を当て、考え込みながら、サマリはテストパイロットの結果を評価して、その時の試験運転は無事に終わった。
余程高速で運用しなければ、問題はなさそうだなとの感想と共に。




