第8話:手紙と便箋
「ホワイトウルフが消えた!」
昼食の際、アイヲエルがホワイトウルフの肉を食べようとして、その事実に気が付いた。
「待て、何で無くなったんだ?」
原因は、考えるまでも無く、ヴィジーが回収したのだろう。
ただの意地悪でそうしたにしては、命に直結し過ぎている行為だ。目的も無しにそんなことをしたとは思えない。
保存食は、キッチリ一週間分、備えられている。それをとりあえず食べるとして……調理の過程で、アイヲエルは考えごとをしていた。
「おっと、危ない。吹き零すところだった」
ハインダンスに食事を与え、自身も食べる。そうしてから、亜空間収納の中身を全て確かめる事にしてみた。
ココを弄ったのだから、ココに何かヒントでもあるのでなければ、ただの意地悪でそうしたとはどうしても思えない。
すると、一通の手紙と、便箋、ペン、インクが見つかった。
まずは、手紙の封を切って開け、中身を読む。
「──……良かった、他に犠牲者は出なかったか!」
先ず、アイヲエルはその事実に安心した。
そして、今現在の状況と、座標、同行者について述べるよう指示がある事を読み取った。
「……この便箋に書け、って事だよな?」
そうして、アイヲエルは座標を魔法で調べ、指示のあった内容について詳細に記した。
ついでに、屋台の串焼き肉でも良いから、ちょっと美味しい食べ物の催促もしておいた。二人分。
そして、封筒に元の手紙と一緒に入れ、封は出来ないのでそのまま亜空間に収納した。
あとは、ホワイトウルフの肉が戻された時に確認すれば、更なる指示も来る事だろうと信じ、亜空間に手紙を収納した。
その日も、シャイ・アントが数頭と、ホワイトウルフを一体狩った。
「こりゃ、脱出までに解体のお勉強だな」
幸い、ハインダンスは文句も言わずについて来るし、戦闘でも足は引っ張らない。自衛程度は出来る模様だ。──しなければ死ぬと云う事実の下にそうしているのかも知れないが。
三日絶食したと云うハインダンスだが、食事も未だキチンと身体は受けつけ、激しい運動をしなければ、ついて来れないと云う程でもない。
ただ、戦力として数えるには未熟だ。アイヲエルも、ジャイ・アントが出たら逃げようと思っていたが、幸い、今のところは出て来ない。
即ち、未だ階層としては浅い、と判断出来る。
ヴィジーが指示して来た、『座標』と云う情報がどれだけ役に立つものかと疑問には思ったが、少しだけヴィジーに因る救出と云う可能性に期待していた。
兎も角、現在位置が分からないと云うのが、途轍もなくアイヲエルを不安にさせる。
だが、ハインダンスを前に、そんな不安を表に出す訳にはいかなかった。
ハインダンスの生死は、アイヲエルに係っている。故に、ハインダンスは調理の担当を要求したが、火を使わなければならないハインダンスに調理は任せられない。
一度、不注意で使ってしまって、運良く何事も無かったが、密封状態での火の扱いの危険性については、強くヴィジーから教わっている。
それに比べて、ミアイから習った『光熱魔法』の便利さは画期的であった。
だからこそ、今なお生き残れていられていると言える。
そして、アイヲエルは今まで敢えて聞かないでおいた質問を、ハインダンスに投げ掛けた。
「──ハインダンスさん、ホワイトウルフ一体なら、戦える?」
それは、二体のホワイトウルフとも戦う布石であり、複数の敵を避けてきた二人が、二体の敵ならば避けずに戦って帰る為の重要な質問だった。
「……ゴメンナサイ。自信を持って『戦える』、とは言えないです……」
「やっぱそうか。なら、シャイ・アントならどう?」
シャイ・アント二頭を狩れるだけでも、進める道の選択肢は随分と広がる。
「はい。シャイ・アントなら戦えます!」
ハインダンスは自信を持って言い切った。
やっぱりだ。やっぱり、ハインダンスはシャイ・アント狩りで腕を上げていたパーティーのメンバーだったのだ。
「じゃあ、ホワイトウルフが一体で遭遇したら、安全圏をキープしながら、少しずつ戦えるように努力してくれないかな?
正直、ホワイトウルフ二体を避けながら、帰り着くのは相当な時間が掛かりそうなんだよね」
そもそもが、群れる生態を持つモンスターだ。二体でも、数としては少ない方と言える。
そして、夕飯の頃、ホワイトウルフの肉と一緒に、手紙の返事が返って来た。
「……直線距離で、歩いて三日……」
予想より遠かったと言うべきか。それとも、予想より近かったと言うべきか。
そんな、どちらとも言い難い、微妙な距離に二人は居る事を知った。
それでも、アイヲエルは絶望しない。アイヲエルが絶望しないのなら、ハインダンスにも絶望する理由が無い。
それは、アイヲエルが旅に出る時に決めた覚悟と比べて、どちらの方が困難かと云う観点から来る、僅かな希望だった。
恐らく、脱出に一週間は掛かるに違いない。一週間でも早い方かも知れない。
ただ、アイヲエルはミアイと約束した、「旅は三年以内」と云う条件を守る為に、余計な月日を費やすことを嫌悪しただけであった。
ヴィジーからの救出を待っているようじゃ終わっている。
自力での脱出を!と云う決意を、アイヲエルは再び固めるのであった。
尚、『朱雀』の召喚期限は一日、リキャストタイムが一週間掛かる為、頼りっきりにもなれなかった。