第2話:『黄金芋』危機一髪
ベアトリクスは、不思議に思っていた。
光朝王が、どれだけ望んでも手に入らない、本物の『黄金芋』が、偶に彼女の食卓には上がって来ることに。
「ま、いいか」
と云って、軽く流して自分だけ美味しい思いをするのが、命取り。彼女は、光朝王から仕込まれた潜入メイドの報告で、本物の『黄金芋』を食べている件が報せられることに気付かずにいた。
当然、ベアトリクスはまるで罪人の如く、光朝王に呼び出される。
一時期の『黄金芋』による貿易での裕福さから、以前より豪華になった玉座の間。
ベアトリクスはひっ捕らえられて、自分が何をしたのか!?と疑問に思っていた。
「ベアトリクス」
光朝王は、肘立てに頬杖を突いて、彼女の名を呼んだ。
「貴様、本物の『黄金芋』を食べているそうだな?」
「えっ!?あ、はい。何処から仕入れたのかも判らない、謎の『黄金芋』が、何故か私の食卓には偶に上がることが最近も御座いましたが……」
「ほぅ。光朝王を差し置いて。あれだけの美味、さぞ美味かったであろうな」
ベアトリクスは、少し遅れて今の事態に気付き、脂汗を流し始めていた。
「で、ですが、誰にどう訊いても、その入手先は判らないのです!」
「ならば、光朝王の名に於いて、その本物の『黄金芋』の入手先、是非とも突き止めさせて貰うぞ!」
「は、ははぁー……!」
……どうしよう。ベアトリクスは焦った。事は、光朝国の最高の嗜好品、『黄金芋』に関わる話である。ベアトリクスも、仕入れ先は自分の研究機関の中の何処かである可能性が高いことは予想していた。だが、それを突き止める術を知らない。
光朝王は、調べても調べても出て来ない本物の『黄金芋』に、遂には虱潰しと云う原始的だが絶対的な調査方法に乗り出すことを決意するに至る。
一方でカルは、どうやら『光』による『闇』への侵略は、一年の時期に合わせて変化することを突き止めていた。何なら、その研究結果をベアトリクスに届かない事を知らないまま、上へと研究結果を報せていた。
結果、出て来るのは、『自分だけでも』と黄金芋を求める中間管理職の者たちばかりであった。
カルは、定期的な結果報告代わりの『黄金芋』をベアトリクスに献上していた。このルートだけは、ベアトリクス以外の誰の権限をも許さず、直通で届けられていた。
一方、光朝王側は、余りにも強い権限で死守されていた、ベアトリクス権限の研究結果の『黄金芋』だけは、当初、どうしても調べ上げられなかった。何しろ、探しているのは『研究結果』では無く、『黄金芋』である。
例え『黄金芋』が『研究結果』として献上されても、ソレを調べる権限をベアトリクスから奪っては、ベアトリクスの立場の権限を奪う事に繋がる。そうなると、『黄金芋』の研究が滞る。光朝国としても、その事態は避けたかった。
だが、虱潰しに調べた結果、その『研究結果』と云うルート以外では仕入れられていない事が判明した。実に、その調査は三年にも及ぶ。
何しろ、虱潰しと云う名の絨毯爆撃によって調べたのだ。どれ一つ、本物の『黄金芋』は見つからなかったのだ。
光朝王は苦悩した。ベアトリクス権限の研究結果を虱潰しにするべきか。その悩みも、3年の虱潰しが終わった後、1年ほど悩まれた。
ところで、カルはベアトリクスの研究機関に対して、効果的な『黄金芋』の『植え付け』の時期を報告して廻った。何しろ、国を悩ませる作物だ、一年後には、ベアトリクスの研究機関に於ける『黄金芋』の収穫が、全て本物の『黄金芋』として仕上がっていた。
これについては、ベアトリクスの食卓に上がる『黄金芋』が全て本物の『黄金芋』になることで、理由は定かではないが、光朝王が研究に手を出す段階に至るまでには、徹底して『植え付け』と『収穫』の時期を守ることで、品種だけ『黄金芋』だが完熟していない『黄金芋』が消え失せていた。尚、収穫した『黄金芋』を一年間貯蔵する技術は、とっくの昔に成立していた。
ところで、ベアトリクスの上司に該る、アンナ・ライトは、実はベアトリクスよりもベアトリクスの研究結果に詳しかった。故に、『光』による『闇』への浸食を担った、神器の使い手・アーベントデメルングに対して、敵対に近い意識を持っていた。
アンナは、黒いシートで覆われた謎の畑や、カルに因る『植え付け』と『収穫』の時期の調節と云う策にも気付いていた。
だが、アンナは王家傍系で、現光朝王家とは親しくない。ただ、『黄金芋』に対する『利害の一致』があったのみだ。
だから、アンナは光朝王に進言の機会を何度も求めては、断られていた。
そして、安定して『黄金芋』が作られそうな様子を察して、進言を諦めた。
彼女の食卓にも、ベアトリクスの食卓と同頻度で本物の『黄金芋』が上がっていたのだから、無理もあるまい。
兎も角、光朝国としては、褒美の渡し先を迷う案件となった。何しろ、誰一人、手柄を訴えて来ない。
ただ、カルが細く繋いでいた本物の『黄金芋』の風神国への輸出が、もっと大規模になることで、事態は終息しそうになっていた。
だが、『植え付け』と『収穫』の時期を定めると云うのは、それだけで、『黄金芋』の収穫量を下げる事に繋がる。
だから、本来は『光』に因る『闇』への侵略と云う行為を直ぐにでも止めるべきだったのだ。
故に、『収穫増』を狙ったベアトリクスとしては、こんな落としどころでは済まされなかった。
そして、この時期に至って、ようやくベアトリクスはアンナと云う上司に、報告を上げるのと共に、助言を授かるに至った。
ベアトリクス自身は、光朝王家との確執は無い。故に、ベアトリクスの『光』に因る『闇』への侵略を止めるべきだとの進言が光朝王に齎された。
「何故だ?」
当然、その問いは為された。
「本物の『黄金芋』の収穫量を最大限にする為には、絶対に必要なことで御座います故──」
「嘘だ!」
アーベントデメルングはそう決め付けた。
「奴は、闇夜国からのスパイだ!」
「断じて違います!」
ベアトリクスには、研究者たちの間から上がってきている、『黄金芋』の甘みには、育成時に夜の間、充分に冷やして糖分を蓄えさせること、と云う報告に対する信頼があった。
なので、その詳細を彼女は光朝王に対して進言した。
「……それは、真なのか?」
「昼間の時間を伸ばしたところ、『黄金芋』の『黄金色の輝き』が失われたのが、何よりもの証拠であるかと」
ぶっちゃけ、赤道上にあるこの国で、昼間の時間を長くすると云う行為そのものが、無駄なのである。
だが、そこまで全てをぶっちゃける訳にもいかず、信頼できる『黄金芋』の研究員から上がって来た報告を上に通す必要が、今、生じたのである。
「フム……試しに、神器の使用を止めてみようか。
──だが、先程の言葉が偽りであった場合、それなりの処分を覚悟せよ」
「私の信頼する研究員の言葉なれば、覚悟は出来ております」
光朝王側の意見をぶっちゃければ、こんな下らないことで『黄金芋』の研究員を、一人でも失うのは、既に国にとっての損失なのである。
よって、少なくとも現状維持が出来れば、ベアトリクスは無罪放免が決まるのであって、過去の最大生産量に届くのならば、勲章モノのお手柄と言えた。……対外的に問題となりかねないから、特産品と言えど、その生産量の回復だけで勲章を実際に受け渡す訳にはいかなかったが。
兎も角、神器が止まれば、昼と夜との時間は公平になる。それに依り、時期を構わず植えても、本物の『黄金芋』は生産出来る筈で、それは減産した今と比べれば、増産出来る筈なのである。
ベアトリクスは、『黄金芋』の生産・研究者たちに通達を渡した。即ち、神器の使用停止による、昼と夜の時間の公平化と云う事態をだ。
だがカルは、実際にそれが実現できるまではそれなりの時間が掛かると思っていたし、『黄金芋』の生産に手は抜かなかった。
実際、直ぐに本来の生産方式に戻した者は、本物の『黄金芋』を作れなかった一方、カルの意見を訊いていた者は、その言葉を信じて、昼と夜の時間が公平になるまで、植え付けの時期を守り続けた。結果、本物の『黄金芋』が、一年間の貯蔵・熟成後に齎された。
当初、ベアトリクスは焦った。未だ神器の効果が無くなる前に、『黄金芋』の生産量が減ったのだから。だが、これには光朝王の指示に問題があった。
直接指摘したわけでは無いが、国への報告書に予想ではあるが原因を記したことで、様子見の時間は充分に設けられた。
ベアトリクス、首を切られる最大のピンチが迫っていた。




