第7話:カード占い
本来、暑いはずのこの時期に過ごし易い気候のこの氷皇国にて。
渋滞を抜けると、そこは迷宮都市だった。
「道の整備をした方が良いって、この国に訴えようかなぁ」
アイヲエルが危険な発言をした。
「おい、アイヲエル。内政干渉は、立派な国際法違反じゃぞ!?」
「立派なら良いじゃないですか。
まぁ、立派な違法行為なんて、本来は存在しない筈だから、それを知った以上は訴えないですけど」
だから、誰かが主張する必要があるのだが、この国の民はそんな事をしない。高が道を整備しただけで、経済的に豊かになる根拠を理解した者が少な過ぎるからだ。
いない訳ではない、と思いたい。でなくば、この国に豊かな未来は無い。
それこそ、アイヲエルのように、少なくとも豊かな風神国と天星国だけでも旅行して傾向を悟ってから、王座に就くのでも無ければ。
貿易をしていない訳ではない。特に、食糧の輸入は風神国と天星国に頼っている面が強い。野菜が特に高くて、しかも自らの国が貧しくなる程は、二ヵ国とも輸出する筈もない。
肉は、迷宮で得られる。だが、輸送手段の備えが悪くて、迷宮都市内の他は、王族ぐらいしかロクに食べられたものではない。それでも肉の供給は豊富なので、干し肉にして保存期間を延ばしてから、国中に巡っている。ゆっくりと。
その、『ゆっくりと』と云う部分が問題なのだが、皇王が学ばなければ、改善されることも恐らく無いだろう。本来ならば、『禁呪』の開発なんて、やっている場合じゃないのだ。
何故か、『禁呪』を完成させた風神国を、諸外国は軍事的危機として捉えがちなのだ。風神国としては、風属性魔法だけが便利でも困る。他の国の属性の、少なくとも魔石だけでも輸入せねば、国の豊かさの維持は中々に難しい。
そう、貧しい六ヵ国は、『自らの国の属性の魔石』を外貨獲得の手段として、貿易して食い繋いでいるのだ。それだけは、それぞれの国でしか産出出来ない。だからこそ、風神王は他の各国に『迷宮の支配権』をそれぞれ与えて、迷宮から無限に産出する資源にしているのだから。
侵略だなんて、とんでもない!それを行なってしまっては、その国の王族が滅びた時、その属性の魔石が産出不可能になる。
だから、侵略行為にならないように、『内政への不干渉』のルールを、各国は守っているのだから。
──と云うことを、ヴィジーはアイヲエルにかなり端折って説明した。
「成る程。だから、内政干渉は『立派な犯罪』なのですね!その行為がその国に豊かさを齎すが故に」
「本当は、儂と当時の風神国王が、『八ヵ国による内政政策会議』を立ち上げようとしたのじゃが、他の六ヵ国に断られたのだ……」
「あ!……」
アイヲエルが何かに気付いたかのように声を上げた。虚空を眺め上げている。
「どうした、アイヲエル?」
「いや……」
アイヲエルは言い淀む。だが、堰を切ったかのように言い出す。
「俺、自らの孤独を悟ろうと旅に出たんだ、多分……」
「……『孤独』?
お前にはミアイという婚約者が──」
「違う、そうじゃない。俺自身じゃない。俺のアヴァターの孤独だ……」
「ああ、だから迷宮を巡って迷っているのか。
迷っているから迷宮入り。本来は旅こそが目的だったのに。
なぁに、各国の観光名所でも巡っていれば、そのうち何か視えてくるさ」
「……視えますかねぇ?」
「お前はそれを見付けなければならない。
そのくらい、判っていただろう?」
「いえ……全く以て判っていませんでした」
アイヲエルはニカッと笑った。何事か一つぐらいは悟ったらしかった。
「なら、サッサとこの国を去ろう。
この国の見処は、極寒期を過ぎた後にあるんだ」
「せめて、迷宮ぐらいは巡らせて下さいよぉ。
それで迷いを晴らして、目的に向けて動き始めますから」
「……本来は、この国の迷宮は初心者には推奨出来ない」
そう言ってから、息を吸ってヴィジーは言い放つ。
「ここの迷宮には『魔犬』が出る。──『け抜け』だ。侮れない」
『け抜け』……『侮れない強敵たる伏兵』と云う意味だ。
「『け抜け』の由来ですか?」
「ああ、その通りだ」
奴隷三人娘も俄に怯え始める。
「そして、そう言われて怯えるようでは、お話しにならない。
アイヲエル、三人娘の生命を危機に晒してまで、迷宮に潜る理由はあるか?」
「生命の危機……うーん……」
アイヲエルは迷いに迷った。そして、決断を下そうとし……。
「──潜る!否、辞める!否、──」
中々決断を下せない。そこでヴィジーが提案を出す。
「カード占いの結果で決めないか?」
「占い!?」
その選択肢に、アイヲエルが驚く。
「……師匠は、占いで判断をしない人だと思いました」
「ホントに迷った時は、占いにも頼るさ」
そう言って、62枚のカードをシャッフルし始めた。
「先ずは、迷宮に潜る方だ」
シャッフルを終えたカードをワンカットし、ヴィジーは馬車内のサイドテーブルに、七枚のカードを並べた。
「『丙辰』に『戊午』、それに『白猫』か……」
他の四枚には触れなかったものの、その三枚が重要らしかった。
「次に、迷宮に潜らない方だ」
再び全てのカードをシャッフルし、ワンカット入れると再び七枚を並べた。
「──な……!『丙午』に『黒猫』だと!?しかも、『己丑』に『甲寅』?!
莫迦な……、双方凶兆の上、潜らない方がずっと悪い、だと……!」
「師匠、占いの結果は──」
「──ああ、迷宮に潜らない方がずっと悪い……。
しかも、潜っても犠牲者を覚悟せねばならん!」
「ヴァイス、シュヴァルツ……」
アイヲエルは竜人二人に声を掛けた。
「はいなのです!」
「あいなのだす!」
「武器は握らず、盾だけ握って防御に専念してくれ」
「了解なのです!」
「オーケーなのだす!」
二人は、メイスをアイヲエルに差し出した。だがアイヲエルはそれを押し返す。
「腰に差しておけ。イザとなったら、振るうんだぞ?」
「判ったのです!」
「承知なのだす!」
こうなると、無防備なフラウが怖い。だが一方で、回復役が居ないのも問題だ。
「フラウ用に盾を買おう!」
「!?──いえ、私は!」
「判っている。回復する為には杖が必要なんだろ?
だが、君の生命を護る為だ。杖は預かっておく」
そう言うと、馭者に指示し、防具屋の前で停めさせる。
「ありがとう。ここまでで良い」
ヴィジーはそう言ってここまでの代金を支払った。銀貨七枚だ。契約より、少しだけ色を付けている。
「良し、フラウ嬢。使いやすい盾を選んで貰うぞ」
「えーと……あまり大きな盾は……」
「少しだけ大きめのラウンドシールドで良いだろう」
迷宮都市とあって、品揃えが良く客の入りも良いが、代わりに料金が少しだけお高めだった。
「コレは、使いやすそうです」
「なら、それにしよう」
アッサリと品を選んで、それを購入して宿を取りに向かう。比較的高級宿だ。
その三階ワンフロアを借り切り、朝夕食事付きで一泊を申し込んだ。何と風呂付きだ。
その晩は緊張感があり、中々皆寝付けずに、カードで遊んで過ごした。
翌朝しっかり寝不足だが、妙な緊張感を持って、一行は迷宮へと向かった。




