第10話:罪と罰
『火巫女』が最も得意とする鎮守の舞いは、火事予防の鎮守の舞いである。
だが、世界から完全に火事が無くなることは無い。
それでも、放火魔や火事場泥棒と云った、犯罪を取り締まることは、各国の努力次第である程度の抑止力とは成る。
そもそもが、放火は重い罪を着せられるのに、放火魔を辞められない者は、八ヵ国共通で、『死罪』と云う重い罰を下す。
人が人を裁き、時としてその命を奪う。それは、秩序を保つ為であるが、それが故に、王の数字『13』は死神の数字でもあるのである。
或いは、少ない苦痛で出来る限り確実に死にたい者は、どれ程に取り締まっても、放火をするのかも知れない。
そう云う者には、無期懲役が申し渡される。
恩赦で出所した者も、同じ思いを持っているのならば、必ず再び放火する。
その場合、仕方なしに死刑が言い渡される。
但し、この『八ヵ国世界』での死刑は、楽に死ねると云った性質の軽い罰では無い。
拷問を加えた上で、罪人から「殺してくれ!」と頼まれて、それでも拷問を続けられ、最終的に余りの苦痛にショック死するのである。
拷問官は、碌な性格の者では無い。拷問を加える事に快感を持ち、最終的に罪人以外に拷問を加え、死罪となって、拷問の末に死ぬのだ。
その法律は、『八ヵ国世界』では共通の、拷問官に定められたルールである。
但し、罪人が拷問と云う苦痛に快感を覚えるようになると、即座に首吊りに因る死罪である。
そう云った者が死罪に生き残り、無罪放免されると、SMプレイを楽しむ人生を送ると云う、しょーもない生き方をするようになる。
実際、SMプレイを楽しむ者は、ソレ専用の店に通う為に、金を稼ぐべく働くようになる。
初心者ならば比較的アッサリとショック死してしまう鞭打ち百回でも、刑務所上がりの者たちには百回目位からが楽しみだと言い出す。
最悪、国営ででもそう云った店は用意されていて、料金はお安めだ。国営の場合、店員は公務員になるし、給料等は国の税収から支払われる。
国営ででも用意される理由は、やはり犯罪者が放火に走る理由を失くすためだ。
でなければ、良くない連鎖が組み上げられ、犯罪者が後を絶たないからだ。
国営でなくとも、料金は大抵格安。従業員に、拷問官のバイトが入ったりするからだ。
『火巫女』でも、そう云った人災は防げない。
故に、国が対策を打ち出すのだ。
シンプルに快楽を与える娼館と云った施設を国が運営されていることもあるし、許可を取れば民営の娼館と云うものもある。
偶に、バイトとして娼館で働く『火巫女』と云うのも居ない訳では無いが、原則、そう云ったバイトは『火巫女』の間では禁じられている。
それは、『火巫女』を乙女として留めておく為でもあるが、『火巫女』は伊達に仕事で化粧をしている訳でも無いので、娼館側からは歓迎されている。
まぁ、尤も、娼館で働こうと云う『火巫女』が出ないようにする為に、国は安くない金額を『火巫女』と『火王国』に支払っているのだし、大抵の場合、純潔を失った『火巫女』は用済みとなる。
故に、各国の王族OBが『火巫女』を犯すことを、『火王国』は黙認せずに、高い慰謝料を求めるのだから。
ユメナの場合、特例となるだろう。何しろ、元王族で、相手も次期風神王候補の筆頭なのだから。
年単位で、少ない期間を置いて二人は結ばれるだろうが、ユメナが『火巫女』として派遣されて1年、お互いに未だ15歳でしかないのだから。
その割に、二人の仲は親い。
食事やお茶をご一緒に、等と云う機会も多い。
それは偏に、マッスターがユメナを求める気持ちの強さ故にであろう。
一方のユメナも、満更では無い。
このまま二人が結ばれてしまえば良いのにと、周囲もそんな風潮だった。
だが、ユメナは未だ、完全に『火巫女』から引退するつもりは無かった。ただ、復帰の機会を窺っているだけだった。
そう、ベルを風神国に送り込んだのは、火王国の勇み足だったのだ。
ベルを召し上げる際には、慰謝料とも取れる金銭を火王国が受け取ってしまっているし、ユメナは未だ風神国民全てから寵愛されていないだろうと、鎮守の舞いは踊らぬし、風神国としてはベルは必要だった。ただ、ベルは風神国の前々々王のヴァターに純潔を奪われてしまっているが故に、最早、風神国でしか『火巫女』としての役目を果たせない躰になってしまった。
ベルの身分としては、胡乱に扱われている訳では無いが、言ってみれば一種の奴隷に近い扱いだ。
鎮守の舞いはベルは率先して踊るが、例え拒絶の意を示したとしても、強要されるのであるし、失敗したら処分される。ベルにはそれが怖かった。
最早、ベルのバックに立っているのは火王国では無かったし、前々々王の妾と云う身分では、大した特権は無かった。
ただ、火王国に比べれば風神国は圧倒的に豊かであるから、ベルは風神国での暮らしに文句は無かった。
ユメナの身分は、ベルより一段も二段も上だった。
それは、次期風神王の正室がほぼ約束されているのに等しい状況であるのだし、風神国王宮の侍女たちもその立場になった時に嫌な覚え方をされていては堪らないから、ユメナに対してはより一層丁寧であった。
ユメナに水を掛けた魔導士からは謝罪の言葉をユメナは受けていたし、顔の至るところに青痣を作っていた魔導士に、ユメナは一瞬、同情の念も抱いた。
だが、事態は国際問題に発展しかねない大問題であったし、その魔導士に同情の余地は無い。
まぁ、『火巫女』は雨だからと云って鎮守の舞いを免除はされなかったし、ユメナにしてみれば、「ちょっと強過ぎる雨に降られた」程度の認識であったのだが、それは風神国の認識とは異なる。
『火巫女』に水が浴びせられた。その噂が届くよりも早く、謝罪の金品を伴った特使が派遣されていたし、何なら、希望するのであれば、裁きを火王国に委ねる意志の所在も確認されて、風神国に一任された。まぁ、その頃には魔導士の磔とコイン投げの罰が下されていたが。
魔導士はその後、火王国に謝罪に行く決意を促され、その後を知る者は居ない。
魔導士から水を浴びせられた。それは即ち、水の攻撃魔法をぶつけられたことをも意味し、殺意は無かったと言われても、無理のある話である。
それを知る者に出会った場合、「罰が軽過ぎた」と云う理由で、私刑に掛けられても可笑しくは無かったし、火王国に謝罪に辿り着いたなら、火王国から報告が風神国に届く筈である。
即ち、そう云うことであろう。暗黙の了解で、一件は闇に葬られた。或いは何者からか、闇王国の闇ギルドに暗殺の依頼が齎されたのかも知れなかった。
正直、両王家としては、そんな些事に拘っている程、暇では無かった。
その事実だけで充分だった。
ただ一人、ユメナだけが、魔導士のその後に気に病んでいた。
どこまでも優しい『火巫女』なのか、否、全ての『火巫女』が、災害を予防出来なかった時には水を掛けられるぐらいの覚悟を決めていたと云う、その事実だけなのか。
兎に角、火王国に件の魔導士が謝罪に訪れたと云う吉報を、ユメナはずっと待っていた。
そう、ずっと……。




