第8話:水掛け論
ユメナがサファイアのペンダントを身に付けて、鎮守の舞いを踊ることで、風神国内の風害が明らかに減った。
風にしても、竜巻にしても、台風にしても……。先代の火巫女より優秀だと言える。
ただ、問題はユメナがマッスターの嫁候補として、有力過ぎた点にある。
優秀な火巫女は重要だ。でも、王太子の嫁は、それ以上に重要だった。
ユメナは、しばらく日和見していたのだが、ああ、これは逃れられないなと判断すると、マッスターを通して風神国王に申し入れた。
即ち、ユメナのライバルたる、ベルの火巫女としての採用案である。
誤解してはならないが、ベルはユメナ並みには優秀な火巫女なのである。
敵は、最新にして最凶最悪のコロスナ・ウィルス-ID666である。
その前に立ち塞がるには、それ相応の腕前が必要となる。
ユメナは、それのある程度の予防に貢献した。前年比、罹患者の数は100分の1である。
そして、その鎮守の舞いを披露することは、国民にとっての娯楽の一つなのである。
毎回、大勢の観客が集まった。
そして、ユメナの鎮守の舞いは、見る者にこそ最大の効果を発揮するのであった。
観客が多いことは喜ばしい。
だが、ユメナの鎮守の舞いに使う衣裳は、ちょっとセクシーなのだ。
毎回、男の観客の一部が、ブレイクダンスを舞う際に「パンツ見えた!」等と、一瞬の出来事に騒いでは、衛兵に追い払われるのだった。
ただ、観客も学習する。見えても自分の心の内で収めておくべきなのだと。
ユメナは少しぐらいは見られてもいいように、見せパンを穿いていた。
それでも喜ぶのだから、男と云うのは全く莫迦ばかりだと嘆くばかりである。
穿いているのは男性用のボクサーパンツのようなものだと云うのに、何故喜ぶのであろう?
一回、マッスターが特別席に座って観ていたこともある。
その際に、「余り肌を見せるものではない」と言われ、露出の少ない衣裳に変更したものの、顔も下半分をベールで覆う程であるのに、「見えそうで見えない」ことに、却って興奮する男も出てきた。目安箱には、「『火巫女』の衣裳を以前のものに変更して欲しい」と云う内容の投書が少なくなかった。そこで、偶にだけ、以前の衣裳も纏うことにして対処したのだが、野郎の観客が増えるばかりである。ただ、「却下」の一言で済ませる程、少ない投書では無かったのだ。仕方あるまい。
そんなこんなで、ユメナは鎮守の舞いを踊りながら、マッスターとの縁談の話も水面下で静かに進めていくのであった。
そして、その縁談が一段落すると、『火王国』からベルが派遣されてきたのだ。
ユメナはベルに鎮守の舞いの風神国での注意点を引き継ぐと、ベルは「私にサファイアのペンダントは支給されないのかしら?」と言い放ち、我儘振りを見せ始めた。
ユメナからどんな衣裳が民衆にウケるのかを確認すると、ベルは迷わず一番露出の多い衣裳を用意した。
そこまでするならと、風神国王はサファイアのペンダントをベルに贈った。
暫くは、ユメナもベルと共に鎮守の舞いを踊る。一度、二人で剣舞も踊ったが、刃を潰した剣だと云うのに、ベルは絶妙にユメナの衣裳を斬る目的を持って二人で剣舞した。ユメナも下手な舞い手では無い。全て、紙一重で躱していた。
二人での舞いは、ベルによる鎮守の舞いの効果が明らかになるまで続けられた。幸いにして、1ヵ月程で成果が現れた。
そうして、ユメナの引退を祝す舞いが、ユメナ、ベルの順で踊られた。
その時だった。「水は風の敵対属性」と云う理由で、ユメナに鎮守の舞いの真っ最中に水を浴びせた魔導士が現れた。
即座に逮捕。当然の判断だ。
ユメナは、「国民に見守って貰えないなら」と言って、『火巫女』の座から一度、完全に退いた。復帰の可能性は仄めかして。
その噂は、一日にして千里を駆けて広まった。
「件の魔導士に極刑を!」そんな投書が増えた。
事、ココに至って、逮捕された魔導士に明らかな罰を与えねば、『風神国』として許されない事態となった。
だが、極刑に処する程の罪を犯したかと言えば、そこまででは無い。
肝心のユメナも、最後だからと見学していたマッスターが、乾燥の魔法と光熱魔法で暖を彼女に与えて被害を最低限に抑えた。
ここで、ユメナが風邪でも引いてしまえば、『風神国』は『火王国』の面子を立てる為に、魔導士を厳しく処分しなければならない事態だったが、マッスターの素早い対処で、そこまでは至らなかった。
そして、風神国王は魔導士に対して『三日間の磔』と云う処分を下し、半径5メートル以内に立ち入り禁止とし、「石を投げるべからず」と云う看板を立て、晒し者にした。結果は、魔導士に対する硬貨の投げつけと云う仕打ちだった。集まった硬貨は、慰謝料と共にユメナへと手渡された。
序でだが、魔導士は魔法を行使する能力を奪われていた。魔法を使えなければ、明日を生きる糧を稼ぐのも困る状況だったが、魔導士はその後、仕事と最低限の賃金を与えて国に貢献する仕事を任された。賃金はその働きに応じて、と云う条件を付けられたのが、甘いのか厳しいのか。
だが、魔導士にも言い分はあったのだ。訊き取られることは無かったが。
『火巫女』とは、風神国民にとって、大道芸人の類の職だと思われていたのだ。それが、仮にも王族の血を引いているからと云って、風神国第一神子の婚約者として引退するとは、イチ国民として赦せなかったのだ。まさか、国の災害を防ぐ為の鎮守の舞いが、見世物としての評価しか下されていなかったと云うのは、風神国王族としても問題提起を引き起こす引き鉄として充分だった。
立て看板は立ててあったが、舞いを見る者が立て看板なぞ目に入る筈も無い。
そして、魔導士が水帝国の魔導士と云うことで、国際問題にまで発展した。
最終的に、水帝国が風神国と火王国に対して魔空船の提供と云う形で詫びる事で事態は終息した。
この事件を切っ掛けとして、『火巫女』の舞いが見世物では無く、鎮守の舞いであることの認識が広がり、『火巫女』たちの立場がちょっとだけ良くなった。
結果良ければ全て良しとは言うものの、ユメナは「もう踊れません」とまで言い放ったのだ。彼女にとっては、それだけの精神的ダメージを負う程の事件だった。
マッスターは、彼女の心の傷を癒すため、『八ヵ国七十二景』を見に魔空船に乗って旅する新婚旅行に出掛けた。
大した絶景は然程多くは無かったものの、中には一生に一度は見ておきたい絶景もあった。
その甲斐あってユメナは完全に立ち直り、帰国後すぐに男児を出産した。
子育ては大変だったものの、これでマッスターにも風神国王座継承の条件が整った訳だ。
だがその一方で、ベルも王族の寵を受けようと、マッスターの弟たちを誘惑していた。
当然、王族の血も引いていないベルが風神王族に構われる訳も無く、ベルには厳重注意の指示が下された。指示と云う形であるが、最早命令にも等しい。
否、それでもベルは名前に負けず、美人だったのだ。
誘惑に負けそうになる者も、居なかった訳では無いのだ。
ただ、ベルはスタイルも細く美しい。
即ち、風神国王族の好みから外れていたのだ。
本人は、あと一歩のところまで確信していながら、誰も落ちないことに疑問を持っていた。だが、風神国王族の男の好みは、ぽっちゃり美人なのだ。
ユメナは、王族の血を引いているが為に、マッスターに興味を持たれた。逆に言えば、王族の血を引いていなければ、マッスターはユメナなぞ選ばなかったのだ。
ユメナがそれを知ればショックを受けるだろうが、マッスターがその本音を口にする事が無ければ、噂すら立つ筈も無かった。
だから、ユメナが妊娠して食欲が増し、我儘を言って食べ過ぎても、それはユメナの判断内の食べ過ぎであって、少し太って来たなと思った頃に、マッスターがやたらと褒めそやすのが不思議で堪らなかった。
だが、後に風神国王族女性陣に訊いて、ユメナはようやく合点がいったが、自分の美学に反しないように、出産後はダイエットを頑張った。それでも、摂った栄養分を赤子が吸い出していくのだから、然程の負担にはならなかったが。
育児の一番大事なところは、風神国の熟練の乳母たちが行なう。それでも、授乳は出来るだけユメナが行なった。
赤子の名前は悩まれたものの、両親の名から引き継ぐ伝統を守って、ユスターに落ち着いた。
さて。ところで、問題は山積みである。──ここでも山か!邪魔くさい!
ベルが、風神国に仕える『火巫女』として、役立たずだったのだ。
『コロスナ・ウィルス-ID666』の蔓延を止めきれない。幸いにして、竜巻や台風と云った強風は防いでいたのか、ただ単に起こらなかったのか。
ユメナが、出産後すぐに鎮守の舞いを踊ると、忽ちにして蔓延が収まっていく。
それは、風神国王族の血に犯されたが故の効果だったのかも知れない。
兎も角、未だユメナは風神国の『火巫女』の座から、完全には引き上げれないのだった。




