第7話:優しく在れ
『コロスナ・ウィルス-ID666』。それは風神国を七万年間苦しめて来た、風邪ウィルスの最新版だった。
警戒されてはいたものの、その実態が露わにならなければ、ユメナにも打つ手の無い風邪と云う特効薬の無いウィルスだった。
罹患者が現れ始めてから直ぐに、マッスターはユメナに、鎮守の舞いの際に付けるアクセサリーとして、サファイアのペンダントを贈った。
何故サファイアなのか?風邪ならば、エメラルドだろうとユメナは思っていた。
「未だ青い風邪への対処としては、青いサファイアが適当だろうよ」
マッスターは自分の言い分をそう説明した。
ユメナは成る程とその解釈を素直に受け入れた。
必ずしも、正しい解釈だけが効果を発揮する訳では無い。
時には、信じる解釈が効果を発揮することも多い。
より上位世界での解釈が、まるで駄洒落のように一つのピースとして落ちていることも多い。
逆に、より下位世界での解釈が、より上位世界に影響を与えることも多々ある。
特に、柱たる存在が世界に影響を及ぼす力は強いようだ。まぁ、悪役には悪い影響を与える力の方が強いだろう。
奪ってはいけない。何故、そう述べたのか。
必ず奪われるようになると、生産者は利益を得られず、最終的に全ての生産が止まってしまうからだ。
薄利多売とは言うが、生産数には必ず限界がある。それを独占して高利商売を行なってしまうと、薄利多売する者が馬鹿らしくなって、やがて物価は上がっていくだろう。
損をするのは、貧しい者だ。金持ちは、結局高値であっても買えれば、それで由としてしまうのだ。
それでは貧しい者が馬鹿らしくなって、奪う側に廻ってしまう。そうして世界は終わりへと近付いて行く。
奪うならば、アイディアを奪い、原型を留めないくらいに加工して、売ってみれば良い。アイディアだけなら、その断片は新しいアイディアの卵になる程度には転がっている。
要するに、奪い方が重要なのだ。直接的に奪うと、犯罪になってしまい、結局のところ、いつか捕まって損をする。その分、捕まる前には美味しい思いを出来るかも知れないが、ハイリスク・ローリターンであることが多い。
奪い方が上手ければ、犯罪にもならず(捕まらないと云う意味では無い)、上手ければ上手いほど、ハイリターンが期待出来る。
ヘタクソは犯罪になる奪い方をしてしまうだろうし、リターンも期待出来ない。
要は、腕を磨く為に努力しろと云うことだ。
労力は同じくらいなのに、犯罪に走る者は無駄なリスクを犯している。
犯したいから犯罪に走ると云う者は、上手く犯す連中の手際を見て、指でもしゃぶってサッサと捕まると良い。
悪い性格の者は、必ず顔に出る。だからモテ期の一つも経験せずに顔で嫌われる。或いは、モテ期が来たことに気付かないで終わる。
大事なのは、相手の気持ちを考えること。要するに、優しく在れと云うことだ。
世の中の者が皆、優しい気持ちの持ち主なら、世界の終わりなんて怖くは無い。
大変な思いをしている女性に、少しの優しな言葉を掛ければ、気付かぬ内に気持ちを寄せられていることもある。
優男なんて言葉があって、まるで悪人のように扱われているけれども、優男で何が悪い?下心アリで優しくしているんだと勘違いしているから、悪人のように扱っているのだろう?
違うのだ。本当の優男は、相手を気遣える、ただそれだけの男なのだ。
風神国の歴代の王は、大抵が優男だ。下心がある相手にも、無い相手にも優しく接する。語感が悪いから『優男』なんて呼ばれる男は、特に男から嫌われがちだが、逆に優しくない男がモテては、可笑しくないだろうか?
優しい、イコール相手を気遣える男は、本性から優男ならば、モテる筈だ。誰が、自分を気遣ってもくれない男なんぞと結婚したいと思うだろうか?
逆に、本性が優男じゃないのに、何故かモテ期が来た男は、半端に気遣って、モテ期が来た事には気付けても、パートナーを得ることは無い筈だ。
そして、風神国王族は、その半端な優男なのだった。
心の底から優男なら、もっとモテただろう。
だが、一人で良いのだ。好ましい人が一人いれば。
その上、国が裕福と云うことで向こうから興味を持ってくれる。
だから、風神国王族は伴侶に困ることはまず無いのだ。
それは、天星国王族にも言える。
金だけで言えば、火王国もそんなに貧しくない。『火巫女』の派遣により、外貨を獲得しているからだ。
ただ、食糧品は高いし量が確保出来ていない。
だから、ユメナがマッスターに見初められたのは、火王国にとってチャンスなのだ。
金さえ支払えば、食糧品を売ってくれる。
この事実だけで、どれだけ有り難いことか。
奪う者は、その健全さを壊している。
ん?ああ、確かにアイディアを奪えとは言った。但し、そのアイディアを別物と言える程に原型を留めないくらいに加工して売るのだ。
実際、本物のプロでも、アマチュアが思い付いたアイディアだけは斬新な作品を、その腕前で立派な作品になるよう加工したかのような作品も、珍しくは無い。
基本、二番煎じは悪手だ。が、本物のプロと言える人たちは、二番煎じをまるで見本を見せるように加工してみせる。
恐らく、二番煎じと云う自覚も無いのだろう。ただ、先にアイディアを考案すれば、必ず成功するなんて、世の中はそんなに甘くは無いと云うことだ。
そうせねば、優秀なアイディアが平凡過ぎる故に埋もれ、折角のアイディアが台無しになる。
基本、二番煎じは不利だ。が、一番煎じと云って良いのだろうか?先にアイディアを思いついた側がヘタクソなら、二番煎じは上手く巧妙であるほど、成功する。
それは、『新約聖書』が『旧約聖書』を追い抜いて世界一のベストセラーとなっていることからも明らかだ。
だが、唯一神教はダメだ。唯一神に負荷を掛け過ぎたが故に、人々の願いを叶えるマシーンと化してしまっている。
それに、信仰の強制と云う側面もある。幾つかの神話があるように、なるべく多くの神様に分担して願いを叶えて貰った方が、神様の負担も少ない。
自分で選んで来たと云うが、ソレに干渉してコントロールしては来なかったか?
一体、何周繰り返せば理解する?まぁ、今周は致命的な失敗をした。リカバリー出来れば良いが、戦争を止めない限り、世界は必ずや破滅する。
小世界で済むかも知れない。中世界ぐらいは滅ぶだろう。大世界が滅んだら、責任問題どころではない事態となる。
責任は、実行犯が負うべきだ。全ての罪を皆で分けても、そもそも実行犯が居なければ、罪を犯す者なぞ居ない筈なのだから。
恐らくは、神の悪戯なのだろう。だが、その事実を以て、唯一神は悪だと断ずる。
創造主を超越する。そんな事でも出来ない限り、悪役は悪役を辞められない。
今あるシステムで世界を維持していくのも、無理が生じつつあるのだろう。
創造主とて、不老不死では無いのだ。
新たな創造主が居れば?その為にクリエイターと呼ばれる人達が居るのだろうが、必ず限界はある。
その限界を、人為的に齎そうとしているのが、戦争の実行犯だ。
上からの指示が可笑しいと思ったら、実行に移す前に上へと確認を取るべきなのだ。
そして、それでも可笑しいと思ったら、ストでも起こすと良い。ストライキも、立派な自己主張のやり方だ。
処分されるから上が怖い?ならば、出来るだけ大規模にストを起こせば良い。
人をコントロールするなら、もっと上手くコントロールしろよ。呪歌でコントロールするとか、ホント止めて欲しい。
選ぶ時点からコントロールされていては、ホントに自分一人の判断だけで選んで来たものか、甚だ疑問に思わざるを得ない。
兎も角、執拗なイジメは、止めて欲しいものだ。
何の為に、鎮守の舞いをユメナが踊っているのか。
彼女自身は、少なくとも火事や風邪を防ぐ為である。他にも、竜巻や、風の渦を止めると云う意味では、台風も予防しているだろう。
だが、他国に派遣された『火巫女』も鎮守の舞いを踊っている。
せいぜい、無駄に終わらないで欲しいものだ。




