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八国史〜『新約魔書』世界一のワーストセラー〜  作者: 月詠 夜光
~火の章~

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第6話:ブレイクダンス

 ユメナは迷いを晴らすかのように、鎮守の舞いを舞い続けた。

 毎日。朝昼晩と三度。

 だが、その成果は判らない。

 何故ならば、病は蔓延する時には大事になって報せが入って来るが、収まった時には特段の報せが入って来ないからだ。


 それでもユメナは日に三度舞う。


 その舞いの後に食事なのだが、日に三度舞うようになってから、食事のボリュームが気持ち程度に増した。大体1割と云ったところか。

 真面目過ぎるユメナに対して、体力の消耗に配慮した、風神国の優しさだった。


 それは即ち、マッスターからの優しさだった。

 毎度毎度、見に来る神子に、ユメナは神子とはそこまで暇なのかと云う話だが、マッスター側には、ユメナを正室に迎えたい意向があった。


 (からだ)を作れるよう、肉か魚は欠かさない。場合によっては、大豆製品も。

 多少の筋肉が付いた上での、ちょっとぽっちゃり。マッスターは風神国の気質を受け継ぎ、女性の好みもそうなってしまった。

 だが、デブは論外だ。ぽっちゃりと言える可愛らしさを残していないと、肉付きが良くなっても意味が無い。


 尤も、健康を害しては意味が無いので、食事量はコントロールされている。その代わり、品数は多い。

 ユメナは、最近の食事に満足し始めていた。軽い満腹感を覚える程度。それでいて、躰を作れる内容のメニュー。


 ベルが来たら、忠告しようと思っていた。満腹に食べたいのならば、日に三度舞えと。

 食休みの時間に、次の舞いへの準備をするのだが、然程長時間は掛からない。その余った時間に、今度こそ本格的に、風神国の神子のパートナーとしてのマナーや教養を教え込まれていった。


 最早、ユメナがマッスターに迎えられることは、確定したに近しい。思いっきり突き放せば断れそうだが、ユメナも自身の将来を考えた場合、マッスターに迎えられるのは悪い選択肢では無かった。

 だからこそ、巫女長・ミスズが『思うように為さい』と言って来たのだから。


 ユメナにとって、マッスターはまぁ好ましいには好ましい。

 しかし、『火巫女』と云う役目を放り出してまで、と云うのが納得出来ていないポイントだ。


 ベルの腕前なら、本気を出せば、ユメナに匹敵するとは思う。

 だが、ユメナほど純粋に風神国の為に努力して舞える程の覚悟の持ち主かと言われると、疑問符が付く。


 やはり、マッスターとは一度、腰を据えて話し合う必要を感じる。


 ユメナは、事と次第によっては、他国の王族と婚姻し、火王国とその国との繋がりを強めておく為に『火巫女』と云う立場に置かれたのだと云う情報が無い。

 第一王子の正室なぞ、そこまでの優遇は期待されていなかったのだから、仕方がない側面もあるが、そもそも『ぽっちゃりとなったら可愛い』と云う視線で女性を見定めると云う事態が想定外なのだ。風神国の王族の中では、王族男児の好みがそうである事は有名だが、他国に下手に流したら、炎上しかねない案件でもある。


 そしてそもそも、風神国の男児は、ぽっちゃりした魅力的な女性を嫁に迎える事には、揃って失敗している。結果が、スタイル抜群の女性を迎えているのだ。女性側からすれば、そんな我儘を言われるのは心外であり、揃って尻に敷いている。それでも、妥協出来ない男児の我儘には付き合うのだから、揃って人格者であると言える。


 要するに、器の大きな女性を風神国の男児は嫁に迎えているのだ。

 そして、風神国への貢献度から言えば、ユメナは充分に大器の片鱗を魅せている。マッスターが惹かれたのは、そこだ。


 そうして、『火巫女』の舞いに興味を持ったマッスターから呼び出されて、鎮守の舞いの指導を願い出られた。だが、国からの動向では無く、マッスター個人の要望であると知れると、アッサリと却下された。なので、マッスターは風神王に申し出て、風神王直々の願いによって、ユメナからマッスターへの鎮守の舞いの指導の要請が出された。

 こう来ると、ユメナは無為(むい)に出来ない。まんまとマッスターの要望通りに、鎮守の舞いの指導と云う、日常的な接点が出来たのだった。


 そうしてマッスターが調子に乗って、こんなことを言い出した。


「例えばこう云う踊りは、鎮守の舞いに意味を持って役立てられない?」


 そう言ってマッスターが舞った踊りは、ブレイクダンス。

 それを見て、一目でユメナは名案を思い付いた。


「『回転を止める』、と云う解釈を用いれば、例えば竜巻の予防に役立つかと思われます!」


 『火巫女』の心得、その一。物事を前向きに捉えよ。

 思えばその心得を、ユメナは今になって改めてマッスターとの縁談の件へも適用し、前向きに捉える用意を整えたのだった。


 事、ココに至って、マッスターとユメナの縁談を邪魔する障害は無くなった。

 思えば、ミスズの『思うように為さい』と云う言葉も、その心得から来るものかも知れないと、ユメナは今更になって気が付いた。

 そうして序でにと云っては申し訳ないが、マッスターからの『愛』と云うものを思い知った。


 まさか、こう云う展開に話を持っていく為だけに、マッスターはブレイクダンスを隠れて練習していたのかも知れないと思うと、その『愛』の深さにも気付かされるのだった。


 ただ、正しく物事の順序を積み重ねると、マッスターは元々、子供の頃から、大道芸人や一部の『火巫女』が舞っていたダンスの中でも、ブレイクダンスが格好良いと思っていた。

 そうしてそれを練習して上達して来た頃に、ユメナと云う新しい『火巫女』が来た際に、何故ブレイクダンスを踊らないのだろう?と思ったのだ。更にユメナの顔立ちや身形(みなり)に惹かれ、もしかしたら知らないのかもと思い、日頃の練習の成果を魅せ付けたのだ。思いっきり、下心アリアリで。


 結果は上々と言えよう。まさか、解釈一つで『竜巻の予防』と云う効果が期待出来るダンスだと云うのは半分意外で、半分は、前の『火巫女』も竜巻を予防する為に苦労してブレイクダンスを編み出したのかも知れないと思うに至る。


 何にせよ、興味を惹いたばかりか、ユメナもマッスターから習ってブレイクダンスの練習をする時間が取れるとは、思っても居ない成果だ。

 こうして距離を詰め、ユメナを嫁に迎えて、風神王を引き継げればと、マッスターにも思惑はあるのだ。


 美しいぽっちゃりとした女性と云うのは中々迎え難いが、父親や祖父から、女性とは子を宿すと自然とぽっちゃりとするものだと云う言葉をマッスターは信じていた。

 序でに、『風神国神王』と云う立場で言えば、『神王妃』たる嫁は美しいスタイルであることが好ましいのだ。そして自分達が信じるぽっちゃりした美しい女性は、子を産む頃には許されても、外交を行なう際にはスマートなスタイルの女性を迎えておいた方が『神王妃』として一目置かれる、と云う話は素直には受け入れられなかった。


 ユメナの食事制限は、マッスターの本意では無い。国の都合で、舞いに支障が出るような食事は出せなかったのだ。但し、タンパク質で言えば、ユメナのこれまでの食事に比べて圧倒的に多い。それは、躰を作る栄養素だからだ。


 サラダの類が前菜に出ることも多かったし、ユメナは非常に健康的な食事を摂っていた。

 ただ、ブレイクダンスの『回転を止める』と云う解釈が、台風まで予防するようになったのは、大きな誤算だったが、未だしばらくその事実は判明しない。


 風そのものが、俯瞰的に見れば回転するように吹く為、風自体が全体的に弱くなった。

 前任が辞めてユメナに継ぐ時に、一時的に風の強い時期はあったが、落ち着きを取り戻しつつあった。


 ユメナに求められる役割として、それを維持し続ければ、それで充分だった。

 だが、『コロスナ・ウィルス-ID666』が蔓延し始め、死者は出ないものの、重篤者が大勢出るまで、それへの予防策は未だ打たれずにいたのも事実だった。

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