第4話:化粧のトレード
逸早く化粧品の一通りを把握しておこうと、ユメナは面会室を出て直ぐに風神国のメイドを呼んだ。
一通り説明を受けたが、少しユメナは困惑していた。
「え……白粉は無くて、代わりになるのが、このファンデーション?
かなり白に近い色もあるけれども……。
ねぇ。どうして白粉は無いの?」
「それは、一部の白粉には毒が含まれているからで御座います。
中毒性のある毒で、醜く朽ち果てるような亡くなり方をされることもあるとのことで、我が国ではファンデーションで代用することを重視しております」
「えーと……肌ケアの化粧も随分と用意されているけれども……。私の肌、もう少し美しくなるかしら?」
「吹き出物が出なくなる程度には、効果があるとされておりますけれども……。
使い方は知っていても、ワタクシめには、そこまでの贅沢をする事が許されておりませんので……」
「私に使い方を見せるために、貴女が使ってみて見せて頂けないかしら?}
「そのような用件であれば、喜んで!」
そして、風神国のお付きのメイドは、嬉々として詳しく説明しながら、丹念に肌ケアの基礎化粧品の使い方を判り易く実践して見せた。
「──と、一通り行うとこのように、ワタクシでも、このようにプルンとした肌に生まれ変わります」
「そう……。私にも、一通り肌ケアを施して頂けるかしら?」
「ええ。勿論ですとも!」
メイドとしては、敬愛の対象であるマッスターの指示に従い、マッスターを裏切らない程度にユメナに尽くすのは、当然の行いであった。
「ただ、一部の化粧品にはアレルギーのある方もいらっしゃいますので、腕にでも少量付けて、アレルギー反応が無いものか、30分程度は様子見した方が良いかも知れません」
「その、アレルギーを起こすと、どうなるの?」
「肌が、激しく荒れます」
背筋を冷たいものが走る。もしも、顔の全面でアレルギーを起こしたら……。
どうやら、マッスターは真に優秀なメイドをお付きに付けてくれたことは、ユメナにも容易に想像が付く。
ともあれ、アレルギーテストをしなければ、化粧品も使えない。
1センチ刻みで28種類もの化粧品のアレルギーテストを一度に行うことになった。
塗った化粧品は極僅かだし、アレルギー反応が万が一起きても、回復ポーションでも飲めば、肌の僅かな荒れ程度は治るものと覚悟は決まっていた。
だが、まさかそんな数の未知の化粧品があるとは、何と風神国は豊かなのだろと、羨む気持ちがユメナにも僅かに湧く。
それでも、ユメナはこれからそれらの化粧品をある程度自由に使えるのだ。
とりあえず、化粧品の一つ一つの効果を訊き出し、ソレに『火巫女』としての意味を見極め、勝手ながら定義付けていった。
嗚呼、火王国にも同じだけの備えがあれば、火災を始めとする災厄にも予防の手を打てるのに……と、ユメナは次第に化粧品の火王国への輸入を認めて貰えないものか、お付きのメイドに訊ねてみた。
「かなり高額になっても宜しければ、多少は輸出出来るかと思われますが……」
「この、化粧水だけでも良いの。火王国では火災が一番の問題だから、化粧水を使った化粧をして鎮守の舞いを舞えば、少なからぬ効果が期待出来ると思うの」
「それでしたら、国の方へ依頼を出してみます。その程度であれば、問題なく通る交渉になると思われますが……」
「その代わり、風神国での火災は、私が責任を持って、鎮守の舞いを舞いますので、それを条件にして頂ければ……」
「ユメナ様。勘違いを為さってはいけません。最初から、少なくとも火災と風邪は鎮守する為に舞って頂かねば、『火巫女』様を招いた意味がありません」
「う……」
ユメナは軽い説教を受けた気分だった。ただ、軽かったから問題は無い。ただ、ちょっと威圧的だったのが怖かった。
「そうよね……。
ならば、使うべき化粧品は……」
「お待ちください。ひょっとして、『火巫女』様には、化粧の一つに至るまで、意味があるので御座いますか?」
ユメナにしてみれば、何を今更な話である。……先代の『火巫女』はそれを説明していかなかったのだろうか?だとしたら、説明の必要がある。
「ええ。例えばこの化粧水は、火災を防ぐ鎮守の舞いの時に付けると、火は水に弱いので、余程酷い火災にならない限り、極めて小規模で火災の予防を期待出来るのだけれども……」
「そのお言葉、国の上層部に報せてもよろしいでしょうか?
化粧水のトレードの際に、影響があると思われますが……」
一寸、ユメナは考え込んだ。もしかすると……。
「その場合、化粧水がかなり高額で取引されることになるかしら?」
「交渉を行う者次第で御座います。
重要な品であるからこそ、適正価格をなるべく正しく評価してトレードされることが予想されます」
「……いいわ。報せて頂戴。
但し、余り高額にならないように、宜しくお伝え頂けますか?」
「承知いたしました。
ただ……重要な品であれば、多くの分量をトレードする可能性があり、それに相応の金額を付けるとあれば、少しばかり高額のトレードになる可能性は否めません。
ですが、お話を訊いた限り、重要な化粧品なのですよね?」
「ええ。それは勿論だわ」
火王国での化粧と云えば、白粉に紅、眉を書く程度で、あとは意味のある色を足す程度が精々だったのだ。
根本的に、化粧をする意味が違う。だがそれは、新しい解釈を与えて鎮守の舞いを舞うことで、新たな災厄・病魔に対抗出来ることをも意味する。
他には天星国には同じような化粧品が揃っている可能性があるけれど、残り六ヵ国では、火王国と同程度がせいぜいだろう。
化粧品の輸出入と云うのも、ユメナは余り訊いたことが無い。
恐らく、未知の化粧品だからだ。火王国では大変に意味があり、取引に値するものだと云う認識がそもそも無かったのだろう。
これは革命だわ!とユメナは思った。出来れば、地底国に出向いた『火巫女』にも、何らかの化粧品を都合して欲しいものだ。何しろ、あの国には『地腐れ』と云う病魔があることで『火巫女』の間では有名だ。しかも、作物を一度弱らせてから強い栄養を与える醗酵と云う過程を踏むことから、完全な撲滅は求められていない。被害の規模を抑えることこそが重要だ。
はっきり言ってしまえば、地底国に出向した『火巫女』でなくば、何が必要な化粧品なのかが判らない。それは、ユメナがこれから『風邪』と云う病を学んでいくのと同様に、地底国でも『火巫女』が『地腐れ』と云う病について学ぶのだ。その学びの上で無くば、使うべき化粧品の判断なぞ出来るものでは無い。
しかも、ユメナが未知の情報を述べれば、『地腐れ』は次の代に強い品種の種を残す為、撲滅などとんでもない!むしろ、精緻なコントロールをする事を求められる。
30分が経ち、ユメナの肌に異常が無いことを確認し、化粧が施された。
「ほぇ~、私、こんなに美人だったの?」
普段の化粧と比べて、雲泥の差である。しかも、白粉で少し荒れた肌を治すには、未だしばらくの時間が掛かる。
風神国に嫁ぐ者は、大抵、この化粧で呆気に取られる。
それは、恐らく天星国でも同じことが言えよう。
そして、『火巫女』にとっては、化粧品は一つ一つに意味があり、火王国でも多彩な色の化粧品があるが、根本的に化粧品の種類の数を数えるのに違いがある。
だからこそ、風神国と天星国では『火巫女』のお陰で大規模な災厄・病魔から逃れているが、一番に問題になるのは『地底国』だろう。
何せ、災厄として地震、病魔として『地腐れ』と、メジャーな災厄・病魔のタネを抱えているのだ。
歴代の地底国に派遣される『火巫女』は、化粧の『色』で意味を与え、それを鎮守して来たが、その根本を揺るがす程の化粧品の差がある。
完全には防ぎ切れていないとは言え、過去には『火巫女』の派遣を止めて災厄・病魔が蔓延し、壊滅的なダメージを負った国がある。──『闇夜国』である。
ムーン・ダークと云う天才的な魔法使いが居た。そして、『八属性全てを結集した空間破壊呪』である『ヴァイ・ヴィ・ナート』を試し打ちし、闇夜国に壊滅的なダメージを齎し、本人は空間の亀裂に入り込んで消え去った。
闇夜国のダメージは、光朝国のダメージでもある。
それが行なわれた時が、丁度、『火巫女』の有用性に疑問符を打ち出し、闇夜国が試しに『火巫女』の派遣を取り止めた時だった。
人災とは言え、災厄に見舞われた。そこに『火巫女』の存在が影響を与えていた可能性は、否めない。
光朝国は、『火巫女』を派遣して貰っていたにも関わらず、『火巫女』の就寝中に起きた出来事だった。
幸い、『火巫女』は無事だったが、国を立て直したのは、ほぼ光朝国の手柄だった。
闇夜国は『火巫女』の再派遣を願ってから、それでも、暗い中での作業では、国の立て直しは難しかった。
一説には、ムーン・ダークは精神を病んでいたと云う説があり、天才とは紙一重の領域に踏み込み、正に天災を引き起こしたとも言える。
その時期、もしも光朝国・闇夜国を滅ぼそうと云う国があれば、恐らく二ヵ国は滅んでいただろうと言われる。
故に、その時の事件を根拠に、『火巫女』の派遣が七ヵ国から求められるのだった。
疑問を持つ余地は無い。『ヴァイ・ヴィ・ナート』再び等と云うことがあれば、一国が滅んでもおかしくないのだ。
わざわざ破滅したい国があろう筈がない。故に、『火巫女』の派遣には多額の献金が伴い、火王国は王族とその周りだけに限っては、風神国・天星国に次いで、豊かな暮らしをしているのだが、流石に未知の情報には打つ手が無い。故に火王国の化粧は、彩りだけは鮮やかで多彩だが、静かに化粧をする者の肌を荒らしていっていたのだった。
まさか、白粉の中に毒性のあるものが含まれている可能性があるだとは……。否、火巫女を永年勤めた者には、似たような症状の病気が発症することも多いと、ユメナは訊いたことがある。
ユメナは、せめてそれだけは伝えようと、火王国の火巫女長に対して手紙を綴るのだった。




