第2話:鵬血魔法文字命令
「ふぅ……」
一時はどうなることかと思った歓迎の宴だったが、少なくとも二人は、王族を病から退けた。成功したか否かは、これから判ることだ。失敗は許されないのが怖いところだ。
近々、王族全員との宴席を設け、王族全ての健康を護り、病を退ける舞いを舞うことは決定事項となった。
「あの男、随分と大胆だったこと……」
顔の目前を剣で掠めるつもりだったユメナだったが、マッスターが杯を口に運んだことで、もう少し距離を置き、その手から離れるように即興のアレンジを加える必要が生じた。
ユメナのプランには無かったアレンジだ。若干解釈違いの舞いになってしまったが、大きな問題にはならないだろう。
「全く。斬れば無礼だし、遠退けば加護が激減するし、ホントにあの男だけには『風邪』になる厄介な事態にはならないで頂きたいものだわ」
ただでさえ、派遣が決まってから僅かな間に舞いのベースを整えたのに、即興で舞う事になった上に、アドリブを要した。
あの男の度胸は認めざるを得ないと思っていたら、まさかの第一神子だ。
斬っていたら、ユメナも処分を免れない。全く、どれ程の怖い思いをしたものか、知らしめてやりたいが、あの度胸では馬耳東風だろう。
兎も角、予定では明日に国民全体に対する鎮守の舞いを行ない、三日後には王族全員に対する鎮守の舞いを画策されている。
王族全員とは、王族ОB・ОGも含む。その全員に、『あと1ミリ』の剣舞を披露しなければならないのだ。
生半可な労力では無い。そして、一人でも傷つけたら、処分される将来が見える。
極限の集中力を、30分以上もの時間の舞いの間、維持しなければならない。
「──上等よ!」
火巫女の見習いから卒業する為の試験と比べれば、大したことは無い。だが、油断出来るほどの楽な舞いでも無い。
そう、恐らくコレは、風神国に派遣された火巫女の請け負う義務なのだ。
そして、それは年に数回は行わなければならない。王族全員が一堂に会する程、全ての王族が暇ではないからだ。
「これは多分、私に仕組まれた試練ね!」
ユメナのその解釈は、強ち間違いでも無い。
風神国の王族全員が、ユメナに試練を課す場なのだ。多分。否、間違いなく。
病魔撲滅の舞いは、火王国の風土病たる『火熱症』を参考にする事が出来る。ただ、『火熱症』には特効薬の水薬があり、罹っても余程の貧乏でもなければまず死ぬことは無い。
ユメナは、チラッと小耳に挟んだ、地底国の『地腐れ』と云う風土病を思い出して、地底国行きになった火巫女に同情した。もしかしたら、向こうでも同じように同情して来ているのかも知れない。
但し、『風邪』には明確な特効薬が無い。その差は大きかろう。
ユメナは、特効薬でなくとも、症状を緩和する水薬を作る為の材料と作る場と時間を求めた。お付きの女性を宛がわれたので、彼女を通して。
その結果、スケジュールの問題で早ければ一週間後、遅くとも一ヵ月後には、水薬を作る為に必要なアレコレを用意されることとなった。
そのレシピ自体を求められる事態を予想したが、そんなことにはならなかった。
そのレシピは、なんということはない、『火熱症』にも効果がある、病状を弱め、体力の回復の為のエネルギーを摂る為の水薬だった。何なら、火王国では一般的に売買されている。
風神国も、それを輸入すれば良いだけの話だった。
ただ、ユメナは風神国の豊かさを舐めていた。結果が、水薬数千人分にも達する、素材の提供だった。
まさか、水薬の製法も知らないのに、そんなにもの素材を集められるとはユメナは夢にも見ていなかった。しかも、注文してから可及的速やかに用意されたのだ。ユメナが驚くのも無理は無かろう。
水薬の素材は用意された。実を言えば、風神国にも似たような薬で症状を緩和するから、その素材を大量生産していたのだった。
そうとは知らず、ユメナは材料の分量を正確に計算し、要求していた。何人分なのかの判断は、風神国に任せて。特殊な工程が無い限り、レシピは知れたも同然だった。
問題は、その『特殊な工程』と云うものが一部使われていたことだ。
火王国の聖獣は『鳳凰』。雄雌を分けずに呼ぶ際には、火王国では鵬と呼ぶが、その血液と羽で作った羽ペンを使った、『鵬血魔法文字命令』に秘訣はあった。
『龍血魔法文字命令』は三ヵ国で行えることもあって有名だったが、『鵬血魔法文字命令』は然程有名では無かった。少なくとも、火王国について詳しくなければ、各王家の者も知らない程のものだ。
それを秘したからと云って、ユメナに責められる謂れは無い。何なら、風神国でも『朱雀』の羽ペンとその血を使って、『風邪』に対しては特効薬的な『雀血魔法文字命令』で作った水薬を作れば良いだけの話だ。
だが、死からも蘇り、永遠の寿命を持つと言われる鳳凰の血は、薬としての効果を求める場合、比類する者がいない程に有効だった。
ただ、試験管状のものに蓋の付いた容器に『鵬血魔法文字命令』を施した容器を与えると、ユメナが『龍血魔法文字命令』等で作られたものを真似できるように、模倣される可能性がある。又、容器そのものは、再利用も可能なので、材料の大体の分量を知られてしまった現在、量産すればするほど、その需要が低下していく。
まぁ、ユメナは風神国の王子にでも見初められて、『火巫女』を引退し、王妃へ……と云う夢を持っていたので、風神国に利する行為に躊躇いは無い。少なくとも、容器の再利用は黙認するつもりでいた。
となると、益々マッスターには風邪に罹られては困る。
アドリブが、どの程度、鎮守の舞いとして影響があったのか……。
否、問題ない筈だ。舞の要素の解釈を計算してみても、問題の無い範疇に収まっている筈だ。剣舞の見学者も含めた全体の解釈で考えれば、マッスターは『風なぞ畏れぬ』と云う解釈が成り立つ。
万が一の場合にも、薬を作っている。死に至る病となる可能性は低い。
死なれては困るのだ。ユメナとしても。
そんなことを考えていると、唐突に呼び出される声を掛けられた。
しかも、行き先は面会室だ。──男も来られる場所だ。
果たして、待っていたのはユメナの期待した通り、マッスターだ。
さて、これはどう篭絡して見せようか……。
今、ユメナの頭にあったのは、火巫女として問題ない範疇での、口説き文句ばかりだった。
全く、マッスターと云う男は肝の据わった男なものだ。まさか、向こうから口説かれに来てくれるとは、ユメナも予想していなかった。
ココは、一つのチャンスだった。マッスターを口説き落とせれば……。火巫女を卒業し、代理の火巫女が派遣される可能性も高い。
問題は、マッスターが訪れた理由がはっきりしないことにあった。
マッスターの用件次第では、下手に口説くのは問題になる。
ユメナは、マッスターが訪れた理由を確認して、それが謝礼の挨拶に来たことと判明すると、問題にならない範囲の口説き文句を選り分けて台詞の準備をするのだった。
まぁ、謝礼の挨拶に来たこと自体が、ユメナの要望を叶える為ではあったのだが。




