第6話:許可
一ヵ月半掛けて、一行は防寒着を五人分用意した。
そうして向かった、氷皇国。そこは、未だ極寒の地になる時期にはなっていなかった。
と云うのも、流石に農産物が産出出来ないのでは、国として終わっているからだ。故に、収穫の時期を過ぎた頃に、『禁呪』たる『氷の空間破壊呪』の試し打ちをして、成功するのかを確かめるのだ。
成功すれば、『加熱しても絶対零度』という状態が起きる。その時を以て初めて、『氷の空間破壊呪』の『魔法として正しい名前』が判明するのだ。
だから、竜人二人を除く三人は、防寒着を脱いだ。竜人二人は、爬虫類の生態も一部持ち合わせているが故に、寒さに異常に弱いのだ。だから、防寒着を『温かい』と言って着込んでいた。風神国でも、完成次第、着ていた程だ。
「にしても、道が悪いなぁ……」
氷皇国の道は、グネグネ曲がっていて、しかも割と狭い。それだけで、国が豊かでない理由を悟ることが出来た。
「さあ、氷皇国の貧しさを知るがいい」
ヴィジーは、アイヲエルが貧しさに耐えられず、即座に国を出る事を期待していた。少なくとも、ミアイにこの国で合流を計るのは悪手だ。防寒着の分、余計な手間を掛けてしまう。
だのに、アイヲエルは馬車が道の譲り合いで中々進まないのを、「心が温かい人が多いのかな?」等と的外れなことを思っていた。
だからといって、徒歩で進む訳にもいかない。道が狭いが故に馬車に轢かれるからだ。
故に、五人はカードで遊んで道程を楽しんでいた。
目指すは、氷皇国の迷宮都市。序でに、アイヲエルの勉強のお時間だ。
「さて。アイヲエル、食事も出来ないこの道程、お前はどう思う?」
「サッサと道を整備すれば良いのに。それだけで、随分と国は発展すると思うのだけれど」
「そうだな。で、どうする?」
「んー……道端に露店でもやってれば、そこで買い物して食べたいけど。
余りに遅くなるなら、保存食を食べるしかないなぁ……」
「保存食は余裕を持って用意したんだろな?
この国では食糧は高いぞ?」
「……警告するほど高い、ってことですよね?
一人前一ヵ月分は用意しましたけど」
「パーティーメンバーを考えろ。儂は兎も角、三人は奴隷だぞ?」
「あ……そうか……」
自らの配慮が至らない事に、アイヲエルは恥じ入る。だが。
「それ以外に、ホワイトウルフの肉もあるんで、何とかなりますかねぇ?」
「偏った食事は避けた方が良いんだがな」
「そうかぁ……」
ともあれ、もう氷皇国に入っている。手遅れではあるものの。
「まぁ、儂が全員の三ヵ月分は用意しているから、逸れない事にだけ気を付けておけ」
「おお、流石師匠」
精神年齢的年長者であるヴィジーの手配で、何とかなりそうであった。
「それにしても、遅々として進まないなぁ。この先に何かあるのかな?」
「それこそ正に露店でもあるのだろうな。
だが、ボッタクリ価格だぞ?
正直、保存食を食べた方が良いと思う」
「そんなに貧しいので?!」
ヴィジーは頷く。安い屋台なら、一本銅貨二・三枚で食べられる串焼き肉も、ここでなら銀貨一枚で売れる。それでも仕方なしに買う者がいるからだ。
「保存食と言っても、現代の干し肉は充分に美味しいし、堅パンも皮が堅いだけ。干し野菜を加工出来れば十分な食事になるのだがなぁ……」
そして、野菜の摂取を怠ると、病気になるのは旅に出る者なら常識レベルの知識だ。当然、旅に備えていたアイヲエルも知っている。ヴィジーは言うまでもない。
「貸し切りの馬車だから、スペースさえあればいつ止めても大丈夫だしな」
「貸し切りは何かと便利ですよね……」
先に進むと、開けた場所にやはり露店が開いており、馬車が何台も止められていた。
「ココで休憩を取って食事も摂るぞ。なに、露店を利用せずとも、食事は摂れる。文句を言われた時は言われた時だ、儂が対応する。
アイヲエル、火を熾せ」
木材を亜空間から取り出し、火を熾すアイヲエル。ホワイトウルフの肉を焼いていると、露店の護衛らしき剣を携えた男がやって来た。
「おい、誰に許可を得て料理をしている?」
アイヲエルでは喧嘩を買ってしまうだけなので、ヴィジーが割って入る。
「誰の許可が必要なんだ?コッチに居るのは、風神国第一神子のアイヲエルと、儂は元天星国王ヴィジーじゃが。
国際問題になりかねないと判っていて文句を付けるか?」
「う……。しかし、ココの露店は国の特別な許可を取って──」
「そうか。ならば許可状を見せてみろ」
「……」
その男は黙って、許可状を取りに露店の方へと駆けて行くと、許可状らしきものを持ってやって来る。
「ホラ、この通りだ」
「どれどれ……別に、他の者がココで料理をすることを禁ずることは、一切書いておらんが」
「何!?……ホラ、ココ!他の者がこの地で食事を売却することは禁じると──」
「儂らは売らんが。仲間内で喰うだけだが。それを禁ずる条項は書いておらん!」
「アンタ、鬼か?!ココでこんな旨そうな匂いを立てて、買い取りたいと言われても一切断るということか!?」
「その通りだ」
「……もしも売却した場合、国に訴えるからそのつもりでいるように」
「ああ。もしもお前らが売って欲しいと言ってきても、売らないことを約束しよう」
「……アンタ、やっぱり鬼だな」
「ああ、その通りだ。天星国を豊かに保つ為に、子供が老いるのを見守りながら、王座を百年退かなかった鬼王よ」
その時、折よく、或いは悪かったのかも知れないが、アイヲエルが声を掛けた。
「師匠、肉が焼けてきましたよ」
「おお、どれ、待て。──この特製ソースを掛けると美味いんだ」
ヴィジーがフライパンの肉にソースを掛けると、ジュ―という美味しそうな音と共に、如何にも美味しそうな匂いが周囲に充満した。
「……やっぱり、特例を許可して貰うから、売って頂けないだろうか?」
『売るな』と言っておきながら、『売って欲しい』とは、本末転倒も甚だしい。
「だが断る!
おーい、三人娘。食事の時間じゃぞー!」
男は指を銜えて見ていることしかできない。そこへ、露店の主がやって来た。
「おい、何をしておる!ココで食事を摂るのは禁止じゃ!喰うならば、儂の店の品を喰え!」
「……ん?許可状にはそんな条項は一切書いていなかったが?」
「許可を貰った儂が言えば、それがルールじゃ!」
「皆、ちょっと食ってろな。
──で?食事は生死に関わる活動だ。それを国の正式の許可なく禁ずるのであれば、命懸けで禁じているのだろうな?」
ヴィジーは露店主の喉許に剣を突きつけてそう言った。
「……と、特別に許可する!だが、売却は禁止じゃ!」
「ああ、それはルールに定めてあったから守る。──お前さんが売って欲しいと言っても、ルール故に断る」
そして、ヴィジーの持ち歩いている特製ソースは、特別に美味しそうな良い匂いがするのだ。
「──と、特別に、儂になら売っても良い許可を下す!」
「ああ!?そんな条項はあの許可証には一文も書いていなかったが?」
そして遂に、ヴィジーが王者の気迫を発する。アイヲエルは平気だが、奴隷三人娘はビビッて食事の手を止めた。
「……な、何でもありません……」
露店主はすごすごと引き返していった。
「ふぅ……少々質濃かったな。ああ、三人とも、怯えなくていい。食え食え。食事を摂るのも仕事の内だぞ?」
恐る恐る箸を伸ばす三人。食べることを怒られないと知ると、竜人二人はガッツリ食べ、フラウは程々に食べて食事を終えた。
「美味しかったのです!」
とは、ヴァイス。
「美味かったのだす!」
と、『だ』と『です』を同時に言おうとして、結局『だす』となってしまうのが愛嬌なのは、シュヴァルツ。
「御馳走様でした」
奴隷の割には、マナーが良いのはフラウ。食事の量は少ないものの、食べるペースは皆に合わせていた。
「ふう、御馳走様」
「ウム、御馳走様。アイヲエル、今度、この特製ソースの製法を伝授しよう」
「はっ。有り難く授かります!」
アイヲエルも、ヴィジーが時折使う、この特製ソースの製法は知りたかったことの一つだ。以前に頼んだ時は教えてくれなかったのだが。
「師匠、どういう気変わりで?」
「いやぁ……。この旅の最中では、アイヲエルに作らせる方が楽だなぁ、と思ってな。
流石に三年分を自分一人で全員分作るのは、ちと骨じゃ」
「その、骨が折れることを俺に任せるのは──成る程、修行の一環ですか」
三年分と云うのは、ミアイからアイヲエルの旅の期限を、三年に限らせているという事情から来るものだった。
「しかし、骨が折れるのは困るなぁ……」
仕方あるまい。皆を呪ったが故の自業自得では。
事実、そのようになることは、避けられないのだろうか?
非常に疑問である。




