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八国史  作者: 月詠 夜光
〜風の章〜
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第6話:聖獣『朱雀』

 その日、アイヲエルは何か嫌な予感がした。


 だが、他の者を心配させまいと、その事は黙って迷宮に潜った。


 それは、迷宮に潜って(しば)しの頃。


 ヴィジーがアイヲエルにこう確認をした。


「おい、アイヲエル。罠感知の魔法は使っているか?」


「あー、忘れてましたー」


 ヴィジーは今まで通ったことの無いルートに入ったからアイヲエルに注意を促したのだが、ちょっとだけ遅かった。


 アイヲエルの足許で、何かが『カチっ』と鳴った。


 次の瞬間、アイヲエルは周囲に誰も居ない、迷宮の知らない場所に居て、すぐさま事態を把握した。


「転移魔法型罠……」


 直ぐに他の者が来ないところを確認して、アイヲエルは二択のどちらかの事態だと知った。


 即ち、ヴィジーが皆で追うことを止めたか、転移先がランダムなのか……。


 前者であって欲しいとアイヲエルは思い、すぐさま、周囲の気配察知をした。


 モンスター含めて、誰の気配もしない。


 であれば、迷宮の奥地だろう。


 モンスターも居ないのが不気味であるが、モンスターに囲まれているよりは遥かにマシだ。


「さて、どうしようか……」


 『風神国』の迷宮の奥地である以上、向かうべき方角は北西だ。だが、方位磁針も無い。


 だが、代わりになる魔法はある。アイヲエルはその魔法を、一度だけ使った。


「アッチ、か……」


 その方向に向けて、アイヲエルは罠感知と気配察知の二つの魔法を使いながら進んで行った。


 幸いか、モンスターの気配は未だ無い。だが、本当に幸いか?食糧は三日分ぐらいしか備えていない。


 どう考えても、三日で突破するのは無理だ。単独のモンスターなら狩れるが、複数だと危ない。


 だが、モンスターの肉でも食べなければ、確実に食糧は尽き……最悪、餓死かその寸前にモンスターに喰われるのがオチだ。


 大声で呼んでみたいが、声が届くのはモンスターまでであろう。人、特にヴィジーたちの耳に声が届く可能性は、万に一つもあるか無いか。


 包囲されたら、即、死に繋がるのは容易に想像がつく。


 もしも、『風神国』から迷宮の奥地に潜っている人に出会えたら、事情を説明して、外まで連れ出して貰えるかも知れないが、果たして神子と名乗って信用されるか……。


 ふと、アイヲエルは一つの名案を思い浮かんだ。


 『聖獣』だ。『風神国』の場合、『朱雀』だ。


 『聖獣』は、『風神国』の場合、神王に連なる血の持ち主でなければ、召喚出来ない。それを以て、神子と信じて貰う事は可能だ。


 だが、いつ召喚したものか……。


 モンスターの血でもあれば、それで魔法陣を描いて召喚できる。


 不幸中の幸い、こんな緊急事態であれば、アイヲエルが『朱雀』を召喚しても、神王からは怒られることは無いだろう。


 そもそもが、こんな危険な罠を、何の目印も無しに残しておいた先人が悪いと云う言い分もあるが、転移された本人はとっくに別の場所である。罠の正確な位置の割り出しも困難であろう。


 それでも、一帯にモンスターの血でも撒いて染めておけば……ダメだ、その方法では撒いた血が迷宮に一週間もあれば全て吸収されてしまう。


 まずは、ホワイトウルフのハグレを一体、仕留めておきたい。捌き方は覚えたばかりだが、その肉は食える。割と美味しい。……調味料等は無いが。


 焼いて血のソースでも掛ければ、塩味には不足しまい。


 こんな時の為に、フライパンは一つ、亜空間に収納してある。


 だが、運良くハグレを見つけなければ、今のアイヲエルの腕では、狩って死体を回収は出来ない。


 しばらく進むと、一体のモンスターの気配を感知した。


 そこを目指して進むと、どうやらモンスターは、ビッグラビットであるらしかった。


 可愛らしい外見に反して凶暴だが、ホワイトウルフ程の強いモンスターではない。


 奇襲を仕掛けんと、アイヲエルは慎重に動いた。


 そして、視線がアイヲエルの方を向いていない瞬間を狙って、アイヲエルは飛び出す。


 が。その内の一歩で、地面が『カチッ』と鳴り……アイヲエルは、再び迷宮の知らない場所に転移していた。


「またか!」


 だが、戦闘に際して罠感知を(おこた)ったアイヲエルの責任だ。コレで、本格的にヴィジー達にアイヲエルを追って貰える可能性は消えた。


 そして、アイヲエルは本格的に罠感知をした。すると、出るわ出るわ、罠の山である。


 一つ、アイヲエルは迷宮に関する噂を思い出した。──罠の多発地帯の噂である。そこには、モンスターが殆ど居ないと云う……。


「やっべーな。餓死とか、ホントに嫌だぜ?」


 独り言ちて、少し気持ちが落ち着く。最大の懸念点は、食糧問題と決まった。それならば、食えるモンスターを探すまでである。


 恐らく、群れのモンスターはいまい。アイヲエルは、再び気配察知の魔法を使った。


 ……居る。単独のモンスターが、周囲に三体。個体同士の距離はそれなりに離れている。


「ヘッヘ、今晩の晩飯になって貰おうか!」


 アイヲエルは、ビッグラビットと思われる気配の方に向かった。


 罠感知は怠らずに、今度も奇襲を仕掛けようと判じ、ビッグラビットの様子を窺い……見つかった!


 アイヲエルの姿を確認したビッグラビットは、罠の一つを踏み抜いて消え去った。


「……俺の晩飯……」


 続いて、察知していた気配の一つに迫る。──ホワイトウルフだった。


「良い修行相手だ……!」


 だが、嗅覚の鋭いホワイトウルフに奇襲を仕掛けられる訳も無く、そのホワイトウルフも、罠を一つ踏み抜いて消え去った。


「……転移罠、多過ぎ」


 そして、最後の一つの気配に向かった。


 それは、モンスターではなく、冒険者の女性だった。


 彼女は、アイヲエルの姿を見付けると、哀願(あいがん)するように視線を向けてきた。


(よりにもよって、お荷物か!)


 だが、アイヲエルも紳士として、淑女(しゅくじょ)を助けない訳にはいかなかった。


 罠に注意し、モンスターの気配に注意し、近づく。彼女は、殆ど身動きしなかった。


 そして、アイヲエルが寄って来るなり、涙を流してこう訴えた。


「お願い……食糧を恵んで……。三日も食べてないの……。アタシの身体だったら、好きにして良いからさぁ……」


「待て待て!」


 その女性冒険者の誘いの言葉に、アイヲエルは危機感を覚える。


「君の身体に手を出すことはしない。俺は婚約者の居る、神子だから。


 何なら、あとで『朱雀』の召喚を見せても構わない」


「えっ!──あ……失礼致しました。


 でも、私を助けては……頂けないでしょうか?」


「うーん……助けなくちゃ、神子失格だよなぁ……」


 その時、アイヲエルは一つ大事な事を思い出した。


「そうだ!師匠とは、念話が出来る筈!救難申請をしよう!」


 勿論、ヴィジー達が既にアイヲエルの救難活動に移行している事を承知の上で、だ。


 そして、アイヲエルはヴィジーとの念話を試みた。


 ……ガリッ……ガリ、ガリッ……。


「──何だ?ノイズが酷くて、念話が出来ない……。困ったなぁ……」


 仕方なしに、アイヲエルは保存食を取り出した。干し肉と、堅パンだ。干し野菜も少しある。だが、何故か──


「……ん?一週間分ぐらいあるぞ?こんなに備えてたか?」


 疑問を解決する前に、食事だ。干し肉と干し野菜で簡単なスープを作って、堅パンを浸して食べる。火は、用が済んだらすぐに消した。


「はい、ゆっくり食べて」


「あ、ありがとうございます……」


 二人で「頂きます」して、食事を始めた。


「俺、アイヲエル。アイヲエル・ウィンド。君は?」


「私、ハインダンスと申します。……ホントに神子様なのですか?」


「モンスターの血のストックもあるし、あとで『朱雀』を召喚してみせるよ」


 万が一の場合には、血のソーセージを作る目的でも備えてあったモンスターの血液だが、この際、助けになるものは何でも欲しかった。


「……君も、転移の罠を踏んで?」


「はい……。一体、どれだけ深く潜ったかも分からず……」


「因みに、『風神国』の迷宮から入った?」


「ええ。もしかしたら、他の国の出口に出る方が早いかも知れないと思っていたところですが……」


「否、そこまで深くは無い。……恐らくね。


 北西に向かおう。恐らく、それが脱出の近道だ」


 この時点で、ハインダンスには戦闘するだけの余力が残っていなかった。


 故に、どうモンスターを回避して進むかが重要だったのだが、アイヲエルには現時点でその判断がついていなかった。


 その為、ハインダンスが言い出したのだが。


「あの……私、どうも戦闘する余力が残っていないようで……」


「うん。複数のモンスターに当たるようには進まない。一対一で、完全にヘイトを俺の方に向ける。


 ハインダンスさんは自分の身に危険が及ばない立ち回りをして」


「は、はい……」


 これで、アイヲエルが圧倒的強者だったなら、ハインダンスも安心出来たのだろうが。


 ハインダンスの眼から見て、アイヲエルの実力はハインダンスよりも少し上、程度だった。


 群れのモンスターを感知すると、アイヲエルはそのルートを避けて行った。そして、単独の敵は。


 最初の獲物は、ホワイトウルフだった。アイヲエルは単独だと見ると近寄り──そして匂いで感知され、向かって来た。


 ハインダンスにヘイトの向かわない動き。それによって、アイヲエルは苦戦しながらもホワイトウルフを狩った。


 ダメージとも呼べない程度のダメージを与えて、ヘイトを稼ぎ、結果、一瞬の隙を突いて首を斬り落とした。


「よし!捌こう。巧く捌かないと、肉を食べられないぞ、と」


 燭台のようなオブジェクトに縄を引っかけて、ホワイトウルフを逆さに吊るし、まず血抜きしてその血も回収する。本当はドラゴンの血液が理想的なのだが、血であれば『朱雀』召喚の魔法陣は描ける。


 ただ、『朱雀』は『風神国』の『聖獣』であり、勝手に召喚したら怒られるのだが、アイヲエルには自分の命を優先する理由があった。


 まさか、『朱雀』を召喚するぐらいなら死んで来いとは言われまい。


 まぁ、アイヲエルが死んだらアイヲエルの弟の誰かが喜ぶのだが、アイヲエルに対して『朱雀』召喚の非を問う真似が出来る者は居ない。


 父母たる神王・王妃ならば、「よくぞ生きて帰った」と褒めるであろうことも予想される。


 兎も角、新鮮な肉が手に入ったのも朗報(ろうほう)だ。


 ただ、この空気の滞留した空間で、火を使う危険性も、アイヲエルは分かっている。一度試したことで、絶対にダメとは言えない事は分かったが、避けた方が良いに決まっている。


 なので、刺身は流石に寄生虫等の問題で頂けないが、頭の中でホワイトウルフの肉を安全に食べる手段を考える。


 結論、出した答えが、『光の熱魔法』と云う手段で、加熱して焼いて食べると云う方法だった。


 その方法を思いつく頃には、ホワイトウルフの肉も捌き終えていた。


 内臓の類は、肝を残して他は廃棄。大丈夫、迷宮が後始末をしてくれる。


 肉は食べる分を残して亜空間にしまう。だが、その様子を見ていたハインダンスが、こう呟く。


「えっ、雑……」


「うん。練習を始めたばかりだからね。


 毛皮……は、売り物にならないかも知れないなぁ……。


 まぁ、一応しまっておこう。


 よし、料理して、食べたら今日はこのくらいで交代で休みを取るよ。


 しかし……ミアイから習った魔法が、こんな時に役に立つとは……」


 元々は、暖を取る為の魔法から始まったものだ。その火力を上げて、肉を焼くぐらいまで熱を発する魔法が、今回の焼肉のベースである。


 勿論、肉だけだと塩分が足りないので、肉を焼くときに乗せたフライパンに残った脂と、血液で血のソースを作る。


 然程美味しいものではないが、硬い干し肉を齧るよりは何ぼかマシである。


「ふぅー、御馳走様でした。


 なんか、『命を頂いているぜー』って気がするぜ」


 ハインダンスも、肉を食べる事に躊躇は無いようだった。


「さて。こんな場所だけど、先に休んでいいよ。疲れたろう?」


「は、はい……」


 ハインダンスは、『目覚めたらこの人は居ないのでは?』との疑問を持ちつつも、ようやく安心して休める事に人心地ついて、グッスリと眠ってしまうことになる。


 そして、グッスリ眠って眠りがちょっと浅くなった頃に、その肩を叩かれて眼を覚ます。


 アイヲエルは、キチンとそこにいた。


「さて。次は俺が休む番だけど、念の為、『朱雀』を呼んでおくことにした。


 魔法陣はもう描いたから、見せてあげるよ」


 アイヲエルは、そう言って魔法陣に魔力を流し始めた。


 すると、巻き上がる朱い竜巻。その竜巻が、一羽の朱い鳥と化した。


「召喚成功!


 コレが、『風神国』の『聖獣』である『朱雀』だよ」


 アイヲエルが構えた左腕に乗って、『朱雀』は「ケーン」と一声鳴いた。


「じゃあ、『朱雀』と一緒に、見張りは頼んだよ」


 そう言って、ハインダンスにいつの間にか掛けられていた毛布を今度は自分で被って、アイヲエルは眠りに就いた。


 そして、軽く三~四時間程を眠って、アイヲエルは眼を覚ました。


 眼を覚ますと、ハインダンスが朱雀と戯れていた。


「あ、おはようございます。


 この子、賢いですねぇ~」


 ハインダンスは、すっかり朱雀と打ち解けていた。


 そう、それこそ、『お手』と『伏せ』ぐらいはさせるくらいに。


「ハハハッ!」


 アイヲエルは笑い飛ばした。


「『朱雀』とこんなに早く打ち解けるなんて、初めて見たよ。


 俺ですら、従えるのに四年掛かったのに。


 なら、君の護衛は朱雀に任せるよ」


「いえ、そういう訳にも参りません。


 一寝一飯の御恩もあります。


 自分の身は自分で護ります。


 ついでに、何かその恩をお返し出来ることがありましたら、何なりと」


 だが、その言い方はアイヲエルには頂けなかった。


「うん、『何なりと』と云う訳にはいかないね。君の身の『純潔』以外なら、何なりと叶えて貰うよ」


「……私に、そんなに魅力が御座いませんか?」


 ハインダンスは誤解した。アイヲエルはその誤解を解こうと言い放つ。


「違う、違う。俺には婚約者が居て、そして神子の中でも第一位の神王位継承権を持っているんだ。


 そう軽々と他の女性に手出しする訳にはいかないんだよ」


「あ……成る程。これは失礼を申しました。


 では、『私の純潔』以外なら、何なりとお申し付け下さいませ」


「うん、その時は頼んだよ。


 さて……『朱雀』はこれでも、相当頭が良いんだ。


 進むべき方向に関しても、貴重な意見が貰える筈だ。


 『朱雀』、俺たちが進むべきルートはどちらだ?少しだけ先行してくれ」


 『朱雀』は返事として「ケーン」と鳴く。


「さあ、脱出しようか!」


 そう言って、アイヲエルはハインダンスを従えて迷宮からの脱出のルートを探るのだった。

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