第18話:レース復帰
スターはその日、ミヲエルに依頼し、『キロコア』搭載機の慣熟飛行に同乗させてもらった。
王妃の頃は、中々に忙しく充実した日々を送っていた。が、やはりスターの本分はフライトカーレースにあるなと改めて思い知った。
僅か、20年と少しの王座滞在だった。
ミヲエルは、王としては未熟で、王座に就いてすぐにそれを思い知って、息子のミスターには幼い頃から帝王教育を施していた。その上で、趣味としてフライトカー搭乗とフライトカーレースへの出場を許していた。
運良く、フライトカーレースの王座と云う立場になれたことが、帝王教育と相俟って、王としての才覚にグングンと目覚めてゆくのだった。
これは、ミスターの王座は長期政権かな?と云う予感を齎す雰囲気である。
「畜生!」
一方で、レースに負けるキクマルは、レースが終わってから被っていたヘルメットを地面に投げつけ、投げやりになっている。
「何で勝てないんだ!」
嘆くキクマルに、ミヲエルはこう告げた。
「それはだね。君の名前の中に『熊』が隠れているからだよ」
「……クマ?──あっ!」
キクマルも気付いたらしい。
「でも、そんな問題、どうやって解決したら……」
「運命に負けないだけの実力を付けることだね」
「──運命に……負けない……?」
キクマルは、何かに気付いたかのようにハッとした。
「ミヲエルさん、人間の最大加速圧はどの位が限界ですか?」
「瞬間的には、30Gから46Gぐらいまで。継続的には耐圧スーツを着込んでも、9Gから12Gが限界だよ」
「耐圧スーツ……。
それを作ってもらうとしたら、幾らぐらい掛かりますか?」
「オーダーメイドにならざるを得ないし、金貨10枚は掛かるよ」
「金貨10枚……出せない額じゃない。
どこで注文すれば作って貰えますか?」
「風神国の仕立て屋になるね。
しかし、どうしてそこまでナナホシに執着する?
君なら、他にも良い令嬢が迎えられるだろうに」
「勝ち取らなければ意味が無い。
そうじゃありませんか?」
「確かに、言いたいことは判る。
だが、今のままじゃ、勝てないねぇ~」
「……ミヲエルさん。耐圧スーツが用意出来た後で、耐圧トレーニングを積ませて頂けませんか?」
「ほぅ……、それに気付くのも、一つの才だ。
良いだろう。限界まで、付き合ってやろうじゃないか!」
「お願い致します!」
スッと頭を下げるキクマル。ここまで求められるナナホシは、それが本気で不本意で無い限り、幸せ者だとミヲエルは思ったが、敢えて何も言わない。
「仕立て屋に案内しよう。
フライトカーで付いて来なさい。
レースでは無いから、追い付けないなんて事も無いだろう」
「はい、ありがとうございます!」
スターは、そんなやり取りを微笑ましく見守っていた。
そうして、キクマルは耐圧スーツを注文して購入した。
それを装着して最初の感想は。
「ちょ、ちょっと足周りがキツい!」
そんな感想を述べたものの。
「足周りはキツいぐらいで丁度いい。
さて。ココに来て、耐圧スーツを着込んでいると云うことは、耐圧トレーニングを積みたいと云う意味で間違いないかな?」
場所は、風神国の王宮だ。キクマルは天星国の星王子である為、無下に帰す訳にもいかず、ミヲエル達の下へと案内されたのだ。
「しかし、質実剛健と云うか……。
最低限の装飾はされていても、天星国の王宮ほどゴテゴテとしていなくて、居心地が良いなぁ……」
「ほぅ……。天星国の王宮は、もっと豪華絢爛なのかな?」
「ええ、良く言えばそうですね。
まぁ、敢えて悪く言う必要は無いか」
だからと云って、風神国の王宮が貧相な訳では無いのだ。必要最低限に豪華。そんな王宮なのだ。
「意識レベルをチェックしながら、耐圧トレーニングを施していくよ?
悪いけど、意識レベルを高く保てなかったら、強過ぎる耐圧トレーニングは課せない。
でも、最低限の耐圧トレーニングは経験させるよ?」
「よろしくお願いします!
コレで、最低限の勝つ為の下地が出来る……!」
「本当に、最低限はね」
そうなのだ。コレで勝利が確信出来るほど、大したトレーニングでは無いのだ。
但し、キクマルにとっては、その最低限すらトレーニングを積んでいなかったと云うのが問題だったのだ。
それ以来、キクマルは隔日で現れて、ミヲエルに耐圧トレーニングを求めた。
そして、レースの一週間前。ミヲエルはキクマルにこう尋ねた。
「どうだね?レースのプランはもう計画してあるかね?」
すると、キクマルは意外そうにこう返した。
「レースのプラン?計画を立てるのですか?
それより、自分の限界まで加速する方が重要では無いですか?」
「あー、やっぱり、判っていなかった……」
ミヲエルは、すっかりキクマルの師匠として、こうキクマルに告げた。
「最適のプランを立て、オートパイロットに登録し、それに従って耐圧に専念する。
コレをやらないと、三位以内には入れないよ?}
「……そんなに大事なのですか?」
「何しろ、操縦はオートパイロット任せだからね。
プラン通りに疾走り、そのプランが最適だった場合、ようやく三位以内に入れる可能性が生じる」
「……風神国では常識なのですか?」
「ああ、常識に近いね」
キクマルは、自分の至らなさを恥じた。
「……宜しければ、僕のプランも立てていただけますか?」
「良いだろう!
君は、訓練に真摯で真面目だった。
我が孫娘を迎えさせるに値すると判断するよ。
それで?初期仰角は何度から始めたい?
因みに、スターが初めて三位に入った時のプランだが……」
説明するが、それを訊いたキクマルの感想は以下のようなものだった。
「でも、過去に三位を取った時のプランですよね?
ならば、僕はより新しいプランを立てたいです!」
「ほぅ?ならば、初期仰角から、プランの粗筋を説明して貰おうか」
「はい!まず初期仰角ですが──」
ココで、キクマルが発表したプランが以下のようなものだった。
初期仰角1度。加速圧、3秒で9G。仰角を放物線を描くように45度まで上げてゆき、高度1001メートルに到達するまでに仰角を0度にするまで下げてゆく。
仰角0度で1001メートルに到達し、最大俯角45度までで高度499メートルを目指す。俯角45度に達したら、俯角を放物線を描いて仰角1度にまで上げる。
そのまま、高度500メートルを維持するように仰角・俯角をコントロールしていく。
成る程、秘策は考えていないが、果たしてそのプランで疾走れるだろうか?
特に、仰角最大45度、俯角最大45度まで到達できるのか、ソコが怪しい。
ザッと計算してみよう。
否、仰角に関しては、問題ない。8メートルちょっとまでしか到達しない。
だが、仰角45度で疾走ることが、効率が良いのかどうかが判断が難しい。
しかし、キクマルが45度を目指すと言った以上、45度を目途に疾走るのも悪くないのかも知れない。
うん、俯角45度と云うのも、具体的な数値は出せなかったが、無理な角度では無いようだ。
ならば、キクマルのプラン通りに疾走るメソッドをミヲエルが組んでみせるべきだろう。
「キクマル君。メソッドの組み方は知っているかね?」
「──メソッド、で御座いますか?
寡聞にして、存じ上げておりません」
「なら、組むところを見せるから、参考に見ておくといい」
ミヲエルはキクマルの愛機に搭乗し、コクピットの基盤を露にすると、数値を入力していってメソッドを組む。
キクマルには、その使い方がさっぱり分からず、ミヲエルに解説を願い、ようやく、ミヲエルが何を入力しているのかを知る。
だが、自力でのメソッドの組み立てには、それこそ年単位の勉強が必要そうであった。
この際だから、ミヲエルから学べる限りは学んでおきたかった。
「メソッドの本質はリミッター能力だよ」
学びたい、そう一言述べた返事がそれだった。
「……そうか。制限するのか……」
「出来れば、高度1001メートルに到達から高度499メートルへの降下に移るまでは、メソッドを組んでオートパイロットに一任した方が良い」
どうやら、キクマルが学ぶべきことは多そうだった。




