第14話:レース序盤
明らかに先行した機体は2機。ミヲエルと、風神国のレギュラーメンバーだった。
そして、直ぐ斜め前に、風神国の機体が1機。
後は、後ろを疾走っていた。
──落ち着け、スター。先ずは、課題のクリアーが先だ!そう、スターは念じる。
メソッドに従って、スタート後のレースは順調に進んで行く。
最大加速圧10.64Gは厳しく、グレイアウトしたが、ブラックアウトもしていない。
その後、加速圧は下がっていくが、速度は落ちない。
仰角は上がってから下がっていく。
その間、ずっとスターは限界近いGを受けていた。
10.64Gは瞬間的な最大値だ。直ぐに耐久訓練を積んだ9Gまで下がっていく。
そうなると、最早グレイアウトもしない。ただ、視野狭窄でライバル機との順位関係は判らない。
7Gぐらいになると、スターも余裕が出てきたもので、水分補給をし、下の方がバキュームされる。
そうして、高度1000メートルに到達すると、ピーッと警告音が鳴る。降下しても良い合図だが、高度1001メートルまであと僅かだ。ミヲエルのプランを信じ、メソッドが操縦するに任せた。
高度1001メートルに到達すると、すぐに降下を始める。この時、スターは加速圧と同時に軽い浮遊感を感じていた。
──これが、空を飛ぶって感覚なのね!スターはそう思った。
この頃になると、視野狭窄も収まりつつあり、風神国の補欠機が並走しているのを知る。
──風の加護有りで、この程度なの?スターは少しだけ風神国の補欠機を侮った。
だが、未だ高度500メートルまで到達していない。スターはミヲエルのプランを信じて降下するに任せた。
降下時は、時速1000キロを超える性能がスターの愛機にはある。だが、それは風神国の補欠機も同じだった。
──こうして競っている相手がミカさんだったら、ムキになって加速するんだろうな……。スターはそんな感想をライバル機に対して思った。
そして、高度500メートルまで降下する間、スターはミヲエルが組んだ秘策メソッドの信頼性について、ずっと考えていた。
緊張が解けて来たのだろう、その信頼性に疑問を持つが、一寸待った。
空気抵抗に関わらず、上昇時には最大時速1000キロを、降下時にはそれを少し超えて、音速寸前まで加速している。もしかしたら、音速を超えるかも知れない。
この場合、計器は空気抵抗を計算に入れているのだろうか?
──否!空気抵抗等を全て無視して、現在のスピードや加速圧その他を計器で測定しているに違いない!
ならば、その場合、『切り札』となる秘策は秘策として充分に効果を発揮する!
その場合、道中は秘策を封じて、直線に進んで様子を見た方が良かろう。
ライバル機が秘策に似た行動をし始めたら、7Gまでの秘策を使い始めて、最後の1時間程で9Gまでの秘策を三連打する!
……うん。──うん。イケる!秘策のネタが割れない限り、疾走中にメソッドを応急で組むなんて仕業も出来ないだろう。
スターはそう思い、少しのリードを許したまま、ライバル機と並走するのを維持し続けた。
未だ、レース開始1時間も経っていない。
なのに、一位・二位はほぼ決まりつつあり、三位をスターと風神国の補欠は競っていた。
そう、競うことが重要なのだ。争ってはいけない。戦うのは、相手が自分の運命ならば、戦うべきだろう。だが、他の誰かを相手に戦ってはならない。
無論、戦いを挑まれれば戦わざるを得ないだろう。だが、特に暴力や軍事力で戦う場合、その行為はとても残酷なものになる。それでは、『大罪』に等しい。
領土を得る為であるとしても、それは暴力と軍事力で無理矢理奪うのではなく、相手の得意分野で、領土を賭けた真剣勝負を挑んで、競って勝てば、恐らく領土を奪う大義名分も立つだろう。
自分が持っていない、若しくは欲しいものであっても、奪ってはいけない。交渉で、条件付きで、同意の上で、譲ってもらうのだ。
それが、文明と云うものだろう。持っていないから、欲しいからと言って奪っては、最早獣も同じだ。
文明を棄てる?莫迦な。今ある文明の利器の全てを放棄するなら、最早便利な道具など造られはしまい。
理知的に在れ。頭脳に眠る遺産を引っ張り出せば、誰もが働いてその利益で生きられるだろう。
働きたくない?莫迦を言ってはいけない。奪う活動をする余地があるなら、働く余地もあるだろう。
奪う計画を立てる余地があるなら、働く計画を立てよ。
今、スターは賞金を懸けて疾走っている。そう、レースでも良いのだ、合法なら。
法律は何の為にある?皆の安全を護る為だ。
それでも、危機が訪れることもあるだろう。その時には、役所や警察を頼れ。最悪でも、生活保護と云う生き方ぐらいは出来る筈だ。
この八ヵ国世界では、未だ風神国と天星国にしか『生活保護』のルールは無い。
スターがその制度を知れば、余裕のある国の戯れと侮るかも知れない。
でも、裕福な国にとっては、保護費を支給してでも、防犯思想を植え付けたいのだ。
それは、真っ当に生きる全ての人たちの安全を護る為の思想であり、間違っても、略奪を行なう者に支給するお金では無い。
スターはやがて識るだろう。治安の良い国の豊かさを。特に、心の豊かさを。
犯罪に走る者の心は、貧しいのだ。何故、そんなに欲しがるのに働かない?働こうと思えば、人不足の業界など沢山あるだろうに。
あー、でも、ココでも『山』の字が俺を呪うかよ。
執筆と云う業界は、現在、人不足なんかではない。むしろ、多過ぎるぐらいだ。
でも、神様の楽しみを創る為には、多過ぎても構わない。
余裕のある者は、読むだけで充分だろう。余裕が無いから、執筆に人生を賭けるのだ。
ちょっと雑音混じりになってしまったが、人が知らなくてはいけない事だ。
スターは、その雑音代わりにミヲエルが特別にスターの愛機にだけ搭載した、音楽再生装置を起動して、BGMにしながら疾走っている。
その装置には、異世界の音楽を含めて1000曲以上が登録されているが、恐らく、未だ足りないのだ。曲数が。
だからと云って、新しい音楽を取り入れる手段も限られているし、何より、聴かせたくて登録した音楽が中々流れない。
恐らく、ある程度の経験を積めば、『神のレベル』と云う奴に追い付けるのだろう。
そうなれば、合法な手段を選んで、その手段で目標を達成し、『神のレベル』の作品を生み出せるのだろう。或いは、『神のレベル』の記録を。
スターは、未だその領域に到達していない。でも、ミヲエルはある意味、その領域に達している。
それは、『キロコア』と云う媒体を使ってでも、ブッチギリの一位で優勝できる、ゴールタイムの記録を更新する可能性を持ったレベルだ。
残念ながら、今のスターには未だそんな能力を発揮する経験値も足りないし、『キロコア』も搭載していない。
ミヲエルのように、フライトカーにメソッドを組む能力も無い。
でも!でも!
『でも』が百個揃ったら開く扉なんて無いのかも知れない。でも、『デモ』を百回繰り返せば、開く扉の一つぐらいはあるような気がする。だからこそ、人は『デモ』をするのだから。
『デモ』は、確か『デモンストレーション』の略だ。やはり、マーケティングの分野で重要な手段だ。
デモンストレーションをすれば、売れる商品もあるのだろう。
多分、犯罪に走る者は、そう云う空想力が粗末なのだ。
物凄い苦労をすれば、大きな儲けを恐らく出せる『切り札』も、一つ持っている。
ひょっとしたら、既に類似商品が発売されているかも知れない。
世の中、二番煎じは通じないようになっている。何故なのかは判らないが、恐らく二番煎じで通用した者が既に居るからかも知れない。
否、二番煎じは呪われる運命なのだろう。
スターは、八ヵ国世界で初めて、婚約者の座を賭けてフライトカーレースに乗った女性だ。
そう、犯罪者で無い限り、女性は『女性』と呼ぶべきであり、犯罪者なぞ『女』呼ばわりで充分だ。
賭け事をフライトレースの成績で競おうと始めたのはミカが初めてだが、賭けられた相手としてはスターが初めてだ。
そして、恐らくスターにはこのレースへの才能があったのだろう、今現在、三位を競い合っている。
レースは未だ、始まったばかりだった。




