第12話:秘策
その日、ステッカーを貼ってコーティングし終えた愛機に乗って訓練を受けるスターに、ミヲエルは秘策を授けた。
「高度500メートルを飛びながら、タイムを削る秘策だよ!」
それは、高度500メートルから高度100メートルまで放物線を描いて降下し、その放物線に沿って高度500メートルまで戻ることを、余裕のある時に繰り返す、と云うものだった。
曰く、重力加速度の分、降下の際に時速1000キロを一時的に上回り、時速1000キロで高度500メートルに戻ると、理論上はタイムの短縮を図れる筈だと。
一応、計算してみる。時速1000キロで高度500メートルを飛行中、放物線を描いて高度100メートルまで降下し、放物線を描いて高度500メートルまで戻る……。
最大加速圧は7Gとしてみよう。すると……削れるタイムは、18.07秒中、実に0.708秒と云う極僅かなタイムであった。
だが、直進を続けているよりは、極僅かにタイムを削れている。実に、3%以上ものタイムの短縮だ。コレをレース中、余裕のある時に何度か繰り返せば、確かにタイムは縮む。
レース道中のプランに関しては、ミヲエルに頼りっきりだったが、ミヲエルはこんな恐ろしいことを言い出す。
「レース本番中、出来ればほぼオートパイロットに任せてくれないか?
秘策も本番中に指示を出せばメソッドを組んで自動的にタイムを削るから、その指示出しだけをしていて欲しい」
ミヲエルがこう言うのも、スターの身の安全を考慮しての事だった。
ただでさえ、10Gを一時的に超過するプランだ。計算通りに進んでいれば、後はスターは耐えるだけ。
タイムを削る秘策すら、指示を出せばそれで済む。
ミヲエルは、『龍血魔法文字命令』で組んだ最先端のオートパイロット機能を信用したかった。
スターを信用しない訳じゃない。ただ、初参加のプレッシャーの中、操作一つを誤れば意識喪失、最悪死に至るプランを立てていたので、スターが正確にその通り操縦出来るかと云うと、まだまだ経験値が足りなかった。
要するに、レベル不足なのだ。ゲームでは無いが、経験値が足りなければレベルが足りない。
スターは、自分の身の重要さを考慮に入れて、ミヲエルの提案を受け入れた。
ただ、10Gを超える際には未だ最低でも視野狭窄、大抵はグレイアウトをも引き起こしている。
少なくとも、コレが無くなるまでは、オートパイロット機能に身を委ねた方が良いかもとは思っていた。
その矢先に、ミヲエルの提案だ。受けない方がどうかしている。
コレで、レースプランは固まった。残念ながら、このプランではベスト3に入れないそうだ。
だが、4位は辛うじて可能性があると言われた。特に、ミカ嬢が呪いに掛かっている今であれば。
本当に、4位以降は中団の大きな群れの一つで、それを抜きん出れば、4位の可能性は充分あるそうだ。
そうなると、秘策の実行も重要になって来る。
20時間中、3%ものタイム短縮が出来れば、最大で30分以上ものタイムを短縮出来る。コレは大きい。
ただ、スターは一つだけ、ミヲエルに言い出せないでいたことがあった。
それは、最大加速圧を9Gにした場合、どの位のタイム短縮が出来るか、と云うことだった。
或いは、訊くだけ訊いて、実行しなければ良いだけかも知れない。
でも、ミヲエルはきっとそのメソッドも組んでくれる筈だ。
そこまでの負荷は負わせられない!
その想いが強くて、スターは手遅れになる寸前まで言い出せずに居た。
だが、後悔は実行した方が軽く済むと云う説もある。
スターは、意を決してレース本番2日前にその話題を切り出した。
それに対する、ミヲエルの反応はこうだった。
「……そうだね。折角耐圧スーツも着用しているのに、9Gまで耐えなければ勿体無いよね。
良し、プランを組んでみて、メソッドも組んでみよう。
果たして、どれだけのタイムが削れるものか……」
ミヲエルも、シミュレーターを動かさなければ解らない事であるらしかった。
そして、シミュレーターの結果は……。
「はぁ~、驚いたよ!36.0秒中3.3秒ものタイムが削れるよ!9%ちょっとだよ?
でも、現実的には空気抵抗を考えると、直線で飛んだ方が実際には経路の長さの関係で速く疾走れる、かぁ……。
どうする、スター嬢。メソッドを組むなら、今日中に組んじゃうけれども……」
「お願いします!1秒でも1着でも良い順位を取れるなら、鬼にでもなりましょう!」
ミヲエルは、内心、ひょっとしたら自分はとんでもない鬼嫁を貰う事になるのかも知れないなぁ……と思いながら、筋肉を鎧うスターの美しい肉体の曲線を眺めて、こんな鬼嫁なら、貰って充分納得かと思った。
ただ、20時間中9%も削れるのなら、実に108分、一時間半ものタイムを削れるとなると、本格的にスターが4位候補になって来るなぁ……と考えるのだった。
問題は、何度も9Gもの加速圧をレース中に繰り返すと、意識を失いかねないと思い、ミヲエルはこう忠告した。
「言っておくけど、9Gは何度も耐える覚悟を決めちゃダメだよ?
イザと云う時の切り札として、常用するのは7Gが上限のメソッドにしてね?
念の為、9Gの方はレース中3回しか使えない設定にしておくからね?」
一方でスターは、ここまでも自分の身の安全を考慮してくれる婚約者に、その優しさに甘え過ぎないようにと自分を戒めた。
「殿下、見ていて下さいね!私、4位までには必ず入れるようにしますから!」
「僕としては、ブッチギリの一位で有無を言わせぬ疾走りを出来るよう、『キロコア』の封印を解いて欲しいものだね」
スターはちょっと考え込んで、ここまで甘えたのだから、ミヲエルにも甘えを許した方が良いかと思い、こう言った。
「いいですよ?その代わり、本気のブッチギリで一位を取って下さらないと、罰を下しますわよ?」
「ハハハ……そこまで言われたら、僕も頑張らないといけないね。
さて。なら、今回のレースは『本気』って奴を魅せ付けてあげようとしますか!」
ミヲエルに気合も入った。
明日は慣熟運転程度で済ませ、ゆっくり休養を取ることも重要だ。
となれば、次はいよいよ本番となる。
スターは緊張を感じ、ミヲエルもそれに気付いて、慣熟運転後に一緒にお茶会をすることで、リラックスを促したのだった。
本番ではどうなることやら……、不安要素が無い訳では無い。
ただ、スターは訓練に熱心に取り組んでいた。
あとは、フライトカーレースと云う舞台で、本物のスターの片鱗を魅せ付けるだけだ。
果たして、スターは4位入賞なるか……。
そして、運命の神様はスターにどんな結果を授けてくれるのか……。
乞う、ご期待だ。




