第11話:レースに魅せられた者
「……成る程。高度700メートルまで、仰角15度で、ね」
「……駄目でしたでしょうか?」
「いいや、そんなことはないよ!
仰角20度だと、秒間90メートル毎秒の加速で、高度1001メートル迄に1分足らずなんだ。実に、45秒。そこから俯角30度に移行する訳なんだけど、確かに放物線を描く軌道の方が、理想的かも知れないね。
仰角15度から、仰角20度まで徐々に角度を上げて行って、仰角20度に到達したら、仰角を下げつつ、高度1001メートルに到達次第、俯角30度を目指して仰角から俯角に下げる。
でも、高度1001メートルに急浮上して、その高度を維持し過ぎると、機体内の空気の循環が行なわれなくなって、酸素が徐々に減って苦しくなってくるよ?
まぁ、その点に留意して、仰角・俯角のコントロールを細目に出来る自信があるなら、やってみるがいいさ。
で、申し訳ないけれども、その有効性を、僕なら活かせる自信があるから、僕もその案をレースで試してみたいんだけど、いいかな?」
「……?どうぞ?」
「──本当にいいの?訊いてしまえば良い案だって判るけれど、実際のレースでそんなに細かいコントロールをしている余裕は無いと思うよ?
仰角20度でも、たったの17秒で高度1001メートルに届くんだよ?
君の戦術を利用したとしても、凡そ20秒かそこらで高度1001メートルに到達する筈だ。
実際には、そんな早さで高度1001メートルに到達出来るのは、上位3人ぐらいのものだと思うけれどね!
ただ、僕がその戦術を採用したら、来年はもっと多くの人がその戦術に似た戦術を採用するよ?
どちらにしろ、9Gに耐えられない者が選択出来る戦術では無いけれどね!」
「え?殿下は12Gまで継続的に耐えられるのでしたのでは?」
「可能か不可能かで言えば、可能だよ?
でも、耐え難いGであることは確かだ。耐圧スーツを着用していても。
何しろ、耐えられるGの限界だからね、継続的に12Gは。
瞬間的に耐えられる30Gも、意識が飛びそうになってやっとだから、実レースではそんなGは掛けない。
継続的に9G、瞬間的に17Gぐらいを限界として意識しながら、コース取りを計算しているよ?
瞬間的に、って云うのは、1秒にも満たない間ぐらいの時間だからね?計算していて、瞬間的に17Gになっても仕方がないと云うレベルで、計画を立てる訳さ。
でもね。このレースの醍醐味は、高度500メートルまで降下した後の時速1000キロで軽いGの中、疾走っている中の、圧倒的な自由感だよ!」
そう言われて、スターは「ああ、この人はレースに魅せられてしまった人なんだな」と感じた。でも。
「一度優勝していれば、それで満足して後は安全な疾走りを愉しむようにした方が、殿下の立場では相応しいのではありませんか?」
ミヲエルは首を小さく横に振った。
「先ず第一に、ミカ嬢との勝負の件がある。
あとは、僕が風神王の座を継ぐことが決定するまでは、僕の自由として空を疾走らせて欲しい。
それが、優勝と云う形なら、それ以上、望むものは無いね!」
「フライトカーレースの王座を死守する、ってことですか?」
「うん、それに近い。
風神王の座は、最悪、弟が継いでも良い。
でも、現風神王がその座を他ならぬ僕に継がせると宣言しない限り、僕はフライトカーレーサーを辞めない!」
「それは……。──分かりました!
ミカ嬢との決着を着けた後、私は……貴方と結婚して、子供を産みます!」
決意を宣言するのに、スターは少し躊躇った。それは恥ずかしさから来るものかも知れない。
でも、決意表明をしてしまった。
最早、後には引けぬ。
「……君も、僕の引退を願うのかい?」
「風神王座を引退後に専門レーサーになればよろしいのです。
ライバルは風神国王ОBだと仰っていらしたではないですか。
同じ立場になって、王座を死守すれば宜しいのではありませんか?」
ハハハッとミヲエルは笑った。もう、笑うしかなかった。
「その時、君は僕と一緒に競ってくれるのかい?」
「殿下がお望みとあらば。吝かではありません」
「それはいいね!夫婦でフライトカーレーサー。
でもね。一ヵ国3枠しか、フライトカーレースへの参加は許されていないんだよ?
レースの混雑を防ぎ、如いては事故を防ぐ為に。
ならば!君は初出場のレースで、3位以内の成績を出し、かつ、有力なスポンサーを得なければならない。
今の君も、スポンサーが付いていることは承知しているだろうね?」
「いえ……恥ずかしながら、初耳で御座います……」
「君には確か……地底国の農協がスポンサーに付いている。
地底国では力のある団体らしいね。
恐らく、本番では、機体に農協のロゴがデザインされた機体に乗る筈だ。
成績優秀なら、追加の賞金も貰える筈だ。
他にも、何社か……確か、七社ぐらい──の、レース自体へのスポンサーから、ロゴのデザインと共に成績に応じて賞金が出る筈だ。
本番用の機体には、既にデザインされているのではないかな?」
「そんな……本番がこの機体じゃないなら、困ります!
だって……ようやく、この機体の癖を掴んで疾走れるようになって来たばかりだと云うのに……」
「……残り三週間あるね?この機体へのデザインを頼んでみようか。
もしかしたら、地底国ではその原則を知り損ねている可能性がある。
他の国では、例年のことだから、準備が整っているのだけれど」
間に合うのだろうか?そんなスターの不安を感じ取って、ミヲエルは言う。
「大丈夫。急げば1日でも終えられるし、ただステッカーを貼ってコーティングを施すだけだから。
不思議なことに、レース中に剥がれなかった成績優秀者のステッカーのスポンサーの知名度は上がるのは当然なんだけど、剥がれた成績優秀者のステッカーのスポンサーの業績は上がると言われていてね。
剥がれづらくコーティングする訳だけど、スポンサーにはそのコーティングを止めて欲しいと云うスポンサーも居るほどだよ。
まぁ、剥がれづらくするからこそ、剥がれた時に業績が上がるなんてジンクスが生まれたのだろうけどね!」
楽しそうにそう言うミヲエルは、きっとレースに魅せられた、スターのトレーナーと同じ生粋のレーサーなのだろうなぁ……と、スターは微笑ましくそう思うのだった。




