第10話:レースプラン
作中出て来る数値は、一応計算をAIに頼って行なったものの、空気抵抗等は計算に入れておらず、正確な数値ではありませんが、一応計算上出て来た数値を使用しております。
ミヲエルとのトレーニングは、実践的で、楽しくもツラいトレーニングだった。と云うのも、ミヲエルの戦略は最初にレース課題をクリアーしておいて、道中はのんびりと疾走りを愉しむ事にあるからだった。道中で食事や水分補給、トイレも済ませるのに、操縦で忙しいのでは、20時間もの耐久レースを耐えられないからだ。
まず、ミヲエルの場合だが、時速1000キロに到達するまで、詳しくは後に述べるが高度1メートルからスタートし、仰角30度で最大9Gに達するまでを目指して加速するトレーニング。後述するが、極端な事をやらなければ、9Gには到達しない。時速1000キロは秒速277.778メートルだから、1G=9.80665m/s²なのでいきなり9Gにすると云う無茶をすると、3秒ちょっとで到達する。実際に3秒で時速1000キロに到達すると、最大10.5G掛かるので、実際にはトップレーサーでも最低4秒以上掛ける。それでいて、高度約278.76メートル、最大加速圧は初期値から7.09Gに到達している。
一般レーサーは実際には、徐々に加速圧を高めていくので、秒間1Gずつ負荷を増やすと、7.53秒後に秒速277.778メートル、即ち時速1000キロに達する。計算上、7.53Gに耐え得れば、9Gまで耐える必要は無い。
ミヲエルは経験者だからもっと加速するが、初参加のスターには、この程度をミス無く行えるのが理想。
機体の性能として、スターの愛機は時速1000キロが限界なのだ。そして、時速1000キロに到達した時の高度は、299メートルに達する。一見、後者の方がキツそうだが、前者はスタート直後の瞬間から7.09Gの負荷がいきなり掛かるので、前者の方がキツい。最悪、経験者でも意識を失う。
ただ、スターはトップ3を狙うので、最初の1秒は最大4G、仰角20度として加速し、加加速期間の後に加減速期間を設けて、時速1000キロを目指す。但し、急激な速度変更を滑らかに行なっても、最大Gは大きい。
「済まない、スター嬢。プランを変更し、最大加速圧10.64Gに耐えて頂きたいのだが、そのプランでトレーニングをしてもいいだろうか?」
スターに否やは無い。最大10.64Gと云うと、これまでの訓練の経験から、グレイアウトぐらいは覚悟しなければならないが、恐らくブラックアウトすることは無いだろう。まして、意識を失う程の加速圧では、今や無いと自信を持って言えた。それだけの訓練を積んできた。
加加速度時間・加減速度時間を各2.66秒掛けて、高度約338.8メートルに到達することを目指す。この際、空気抵抗等は計算に入っていないので、飽くまでも目指す目標数値であり、結果はどう出るか分からない。又、常に仰角20度を維持するのも難しい操作だが、オートパイロット機能に任せれば良い。開始1秒での加速度4Gは、計器がG単位で表示されているので、慣れれば何とかなる。もしくは、オートパイロットに任せれば良い。ミヲエルにしてみれば、スターの安全の為に、最初のレース課題をクリアーするまではオートパイロットに任せたかった。当然、トレーニング初期もオートパイロットで、万が一、意識を失ったとしても、無事に帰還するよう、オートパイロットの設定は厳しく定めた。
次に、時速1000キロを目指す。仰角20度を保つには最小で2.92Gの加速度を必要とするので、その勢いのまま、目標時速に到達する。時間にして、6.32秒掛かる。
次いで、時速1000キロのまま、高度1001メートルまで達する為に、仰角を20度から毎秒仰角マイナス3.76度 (俯角3.76度)で軌道修正し、仰角が0度になる開始16.73秒後に高度1001メートルに到達する。
更にそこから、高度499メートルを目指して仰角を下げるトレーニング。実際には、高度1001メートル到達から、俯角1.196度毎秒で仰角0.74度毎秒毎秒で、開始27.14秒後、高度499メートルに到達する。レースの課題が開始30秒以内で到達でき、あとは真っ直ぐ疾走れば良い。食事も水分補給も楽になる訳である。
更に高度500メートルにゆっくりと戻ってから、水平に疾走るトレーニング。惑星と云う球体上を疾走る以上、俯角0.07度程度で高度500メートルを維持するトレーニングにもなる。
そして、高度500メートルに定められた、半径100メートルの光の輪の中にゴールするトレーニング。
これらを只管繰り返した。但し、オートパイロット機能を使用する事を暫くの間、強要された。実際にそれでグレーアウトも経験している。ブラックアウトやG-LOCを起こしていないのが不思議とまでスターは言われた。
徐々に加加速していたとは云え、10G超えと云うのはそう云う領域だ。
一方、ミヲエルには音速を超えるスピードで疾走った経験がある。当然、降下時も音速に近いか、ソレを超えるスピードを出す筈だ。コレは、経験値に因るもので、等しく機会は与えられている事でもある。
なので、ミヲエルはスターとの約束に因って、3位迄は順位が下がる可能性が、本番迄あとひと月を切ったレースでは出て来た。ただ、ソレでもミカには負けない!と豪語していた。
本当に、上位3位迄の実力は、4位を取ったミカとは隔絶しているのだろう。
因みに、高度の上下に対しては、専用のセンサーを各車に搭載し、未到達の場合、不完走と云う扱いをされ、センサーも特定の高度に達するとアラートを鳴らす機能もあるそうだ。
「それにしても、スター嬢は凄いねぇー。このトレーニングには、完全には付いてこられないものだと思っていたよ!」
自分でプランを立てるなら、高度900メートルから仰角15度に下げて、高度1000メートルに到達したら俯角15度で高度900メートル迄かなぁ、と考えていたスターは、ミヲエルの声を受けて聴覚を反芻した。
「いえ、この位は付いていけませんと……」
「ソレがどれだけ凄い事なのか、自覚は無いのかなぁ……。
僕は、凄い逸材に塩を送ってしまったのかも知れないなぁ……」
「そう云えば、殿下とミカ嬢との賭けの結果は出たのですよね?」
「それがだねぇ……。敢えて言っていた儘を言うよ?
『あの小娘が出場した大会ででの勝負ですわ!そのレースで私が小娘に勝ったら、私の勝利ですわ!次の大会で出場して来なかったら、私の不戦勝ですわ!』と、如何に我儘に育てられていたのが良く分かる発言をしていたよ。
あんな我儘娘、僕は絶対にお断りだね!」
「あら。私も中々の我儘娘で御座いますよ?」
フフフッとスターが笑った。ミヲエルも釣られて失笑した。
「今のところ、君の我儘は僕の許容の範囲内だよ。
……ん?君、前より肉付きが良くなったんじゃない?」
「……恥ずかしながら、全て筋肉でございますわ。
何とか、毎食鶏肉だけは食べるようにして頂けましたので……」
「うん。良いよ。全然良い。
もうちょっと、糖質や脂質も摂取するようにした方が良いんじゃないかな?」
「それが……今でも十分に食事を優遇して頂いている最中ですので……これ以上の我儘を言う訳にもいかず……」
「そうか……。
携帯食、9割が緊急時用だから、多少食べてもいいよ。僕から、地底国王陛下に申告しておくよ。
どちらにしろ、レースが終わったら消費期限内に食べ尽くさなければならないものだからね。
一応、来年のレースまで、消費期限は持つように真空パックにしているけど、その年には僕らはレースに出ているどころの騒ぎではなくなっている可能性が高い。
何しろ、ミカ嬢が呪いに掛かったと云う評判だからねぇ……。
多分、レースに参加して来ても勝てる!……と思う」
「ところで、耐Gスーツを着用したら、継続的にも最大で12Gで疾走れると云う風に窺っていたのですけれども、トレーナーが『間に合わない』と言ってそこまでの訓練を受けさせてくれないのですけれども……」
「うん。9Gに到達出来たのなら、それ以上は自分自身、個人の努力目標だよ。
トレーナーとは言え、12Gの環境下でスター嬢への体調を把握しながら、訓練を積ませるのは酷と云う程、大変なことだからね。
因みに、僕の記録を参考にしているのだろうけれど、12Gを継続的に、とは言え、1分持ったら長い方だと云う位、大変なGだからね。
僕も、本番で10秒だけ掛ける負荷の限界と云った感じだよ?
それなら、瞬間的に30Gに耐える方が、苦しい時間が短いだろうね」
「それはつまり、スタート時に超加速してリードを保つと云う意味ですか?」
「いいかい、レースの流れを説明するよ」
ミヲエルは木の棒を拾って地面に何かを描き始めた。
「先ず、スタート前には横一直線に、車間3メートルで並ぶんだ。
そして、午前6時の笛三回の合図で、空中に地上1メートルまでは浮上を許可される。
続いて、笛一回の合図で加速を許可され、それ以前に加速する者があったら、フライングとしてアラートが鳴らされ、スタートラインに30分以内に戻らないと、脱落と見做される。
二回目にフライングが出た場合、一回目と二回目にフライングした車体は記録されてアラートが鳴らされ、脱落扱いされて、スタートが決められる。
この際、時速1センチ以内なら、フライングと見做されず、多くのフライトカーはメインコアに1メートル以内の浮上以外の操作はしない!ブレーキを掛けていたら止まれるけど、最大時速1センチまでなら、本来のメインコアの性能として、スタートの準備をしているものと見做されて見逃される。
ただ、実際はメインコアの性能だけで、車体に時速1センチもの前進を許す程、パワーが無い筈なんだ。車体の重さ故に。何せ、軽い機体でも200キロはあるからね!
こうして、スタートは切られる。三回目を試す程、時間に余裕があるものでも無いからね。
序盤は、加速と上昇の競い合いだね。それぞれ、自分の戦略として高度1000メートルを目指して疾走らせるから、車間3メートルあれば、衝突の虞があるほどの問題にはならない筈なんだ。命懸けで、ワザと車体をぶつける者もいないからね。
だから、スタートが確実に決まったと判断した時点で、全員が急加速する。そうだね、仰角30度で約秒速88メートル毎秒もの加速をする。時速約300キロ毎時もの加速度に該る。それを1分以内程度に維持して、高度1000メートルに到達する。
因みに、僕は瞬間的に急加速して早めに時速1000キロに届かせちゃうけど。
そうして、時速1000キロに到達した後に、高度1000メートルに到達する。そこから、俯角30度で加速しやすくなって更に加速する。秒速約100メートル毎秒、時速にして約360キロ毎時の加加速度でね!
更に、高度500メートルに到達すると、仰角3度〜俯角3度の間で高度500メートルを維持する。
ココから、時速1000キロの速度を維持して食事を摂る。と云うか、時速1000キロに届いたら、ソレ以上の加速を出来る車体は少ない。
そう、ココ!ココが重要だからね!水分は適宜チューブを吸って補給するけど、固形物を食べるには、Gが掛かってないのが理想的だからね。
そして、高度500メートル前後を維持して、長い直線の疾走が延々と続く。但し、俯角1度から3度を維持して、多少のGは掛かる。でも、1Gより、理論上は軽い筈だ。一番、飛んでいる事を実感出来る時間帯だね。
剛毅な者は、オートパイロットに任せて仮眠を取る。因みに僕は眠らない。
そして、20時間程のフライトを経て、ゴールに突入する。中団の中に入ったパイロットは、コースの主張をする時間帯が、残り1時間位迄は出て来る筈だ。
ただ、僕は今回、ブッチギリのトップとはならない筈だ。……君に『キロコア』を禁止されてしまったからね」
ミヲエルは笑って言った。相変わらず、フライトカーレースの話をすると止まらないらしい。
だが、そんなミヲエルがスターには愛おしい。少しだけフライトカーレースに嫉妬するぐらい。
「ミヲエル殿下、本当に、ブッチギリのトップでのゴールは難しいのですか?
『風の加護』がある以上、耐G能力もトップレベル。
その二つの武器があるだけで、トップは揺るぎないものと愚考した次第で御座いますが……」
「ライバルは、風神王OB。当然、『風の加護』も得ている。
故に、ミカ嬢が3位以内に入り込めないのだからね。
『キロコア』を封じた以上、あとは競う余地は耐G能力と、コース選択プランの差になる。
耐G能力は、僕は人間の限界まで鍛えた自信があるけれど、コース選択プランの差は、むしろ不利。
故に、トップでのゴールは可能かも知れないけど、ブッチギリのトップとなると、難しい……と云う事さ」
「細やかながら、私のコース選択プランを訊いて、アドバイスを頂けますか?」
ミヲエルはそれに対してこう答える。
「勿論だよ!何なら、優秀なアイディアだったら、参考にさせて頂きたい位だね!」
そう、笑って。
頑張った!オラ、計算を実際にしたのは『AI』だけど、前提条件考えて『AI』が計算結果を出してくれる迄に、オラ、頑張った!
心ある人、良かったら今回だけで良いのでリアクション下さい!




