第5話:迷宮都市にて
迷宮都市に着き、身体を伸ばした二人は、まず竜人の子供二人の奴隷を買った。育成して戦力にする為だ。
約六千歳の白鱗の竜人ヴァイスと、約七千歳の黒鱗の竜人、シュヴァルツだ。
そして三日ほど濃密な訓練を積んだ二人を連れて、迷宮に入った。
アイヲエルにとっては、初めての大変楽しみな機会ではあったのだが、油断故に、一週間ほど掛かるトラブルに見舞われた。この際、重要な案件では無い故、省く。
そうして、余裕を持って戦う為に、回復役の『聖女』の資格持ちの奴隷を、安く買った。店が詳しく把握していなかったが故に、幼いという理由で、細っこいその子は安く買えた。
安定して迷宮を巡れるようになると、本来の目的である、旅に出る事になった。
奴隷の分、交通費が掛かるが、他の国でも迷宮に入るつもりであるアイヲエルが、売ろうとする筈も無かった。
翌朝、朝日が海から昇る、美しい光景をアイヲエルは目にした。わざわざ早起きして見に行ったのだ。そういう経験も、アイヲエルが求めている旅の醍醐味だ。
迷宮はひとまず懲りて、他の国に行く準備をしなければならない。
目指すとしたら、近いのは『天星国』『地底国』『火王国』『氷皇国』『光朝国』、あとは『闇夜国』も決して遠くないが、王宮の位置で言えば、『光朝国』より少し遠い。領土で言えば、『光朝国』と『闇夜国』は重なっていて、日が昇るのと同時に『光朝国』となり、日没と共に『闇夜国』になる。
まぁ、王宮巡りの旅では無い。遠いのは『水帝国』のみとなる。
因みに、光朝国の王宮が闇夜国の王宮より西にあるが故に、この世界では太陽が西から昇って東に沈む。故に、大陸北西部にある風神国で海から昇る朝日を眺められたのだ。
八ヵ国が建国される前は太陽は東から昇って西に沈んでいたと言われるが、真実か否か。
序でに月の動きに関して言うと、東から昇って西に沈む。可怪しく感じるかも知れないが、事実、そうなのだ。月が、闇夜国のシンボルであるが故に、だ。
星の動きに関して言うと、何故か、北から南に動く。天星国が象徴する方角が北だからだ。
だから、惑星の公転や自転がどのようになっているのかは、かなり謎だ。専門の学者も、『アッチを立てればコッチが立たず』という困った状況なのだ。
──等と言う話を、アイヲエルは昇る朝日を見ながら、ヴィジーから教わるのだ。天動説・地動説のどっちが正しいのかも解らない。不思議な世界だが、不思議に思うのは専門の学者ぐらいで、一般人は『そういうもの』だと思い込んでいるから、大して困らない。
せいぜい、夜に方角を知るために見る星がどうなっているのか、程度の話だ。
「さーて。氷皇国に向けてでも、旅しましょうか~!」
一通りの講義を受け終えて、アイヲエルはとんでもない目標を口にした。
「アイヲエル、氷皇国は極寒の国だぞ!」
ヴィジーは慌ててアイヲエルを止めようとする。ミアイが氷皇国を目指す真似になったら、申し訳が立たない。
「その、寒さを経験しに行くのですよ!あと、迷宮の違いも少し見極めておきたいところですね!」
「アイヲエル、良いのか?『寒い』という言葉には、『格好悪い』という意味も含まれているのだぞ!」
「えー!だからって、『俺様、寒い、格好悪い』ってなりますか?なるのかも知れないですけど、俺の求める格好良さって、そういうものじゃないから、別に良いですよ」
「防寒着が要るぞ。ホワイトウルフの毛皮で作るのが、一番手っ取り早いか。
素材を取りに、しばらく迷宮に潜って、素材を集めた上でオーダーメイドで頼んで、一着一週間は掛かるぞ!
そんなことが、お前のしたい旅だと言うのか!?」
「必要なことなら仕方がないじゃないですか」
「違う、氷皇国に行く理由があるのか、だ!」
「俺は八ヵ国全部回ります。だったら、面倒な国は先に回っておきたいじゃないですか」
もう、止めても無駄だなとヴィジーは悟った。で、あるからには、全面的に協力することにした。
「ホワイトウルフの毛皮を捌くのは、儂に任せて貰おう。
その方が、品質の高い防寒着を作れるはずだ」
そんなやり取りをしてから、一行は朝食を摂りに、軽食店へと向かった。人数が増えたため、宿は短期間貸し出しの小さな家を借りている。眠るだけなら、然程狭くもない。
そうして一行は、食休みの後、迷宮に向かうのだ。完全にアイヲエルの我儘から来る旅故に、人数の約半分が奴隷というのは、都合が良かった。意見を言える権限が無いからだ。
だが、それ以外は、二人も三人の奴隷を虐げたりすることなく、食事も休む為の布団等も、平等になるようにしている。
但し、奴隷から解放される為の、金銭は与えていない。欲しいものがあれば、ある程度は買い与えるが、奴隷からの解放は旅を終えてからだ。
その時には、竜人二人も光朝国にある『龍の渓谷』まで送り届けるつもりであったし、『聖女』の資格持ちのフラウも、側室候補としてアイヲエルが迎えるべく、ヴィジーは意見していた。アイヲエルはまだ幼いと、断ろうとしていたが。だが、フラウの幸せを考えるなら、ヴィジーの意見はベストかも知れない。
斯くして、一行はしばらくの迷宮入りを余儀なくされ、一ヵ月以上の足止めを喰らうのだった。
尚、一ヵ月経った時、アイヲエルは「こんなに掛かるなら、もっと後に回せば良かった」と言うものの、心の中では、『いや、こんなに掛かるなら、真っ先に済ませてしまって正解だったかも知れない』と思っていた。ヴィジーからすれば、「おっ!三日坊主卒業か?!」と思う一方で、『ただ期間が長引いただけだ、弱音を吐いているのには違いない』と思われてしまうのだ。
それでも、一ヵ月が経つ頃には三着が出来ており、あと半分足らずと、路銀を稼ぐついでに滅消ることなく迷宮へと潜るのだった。




