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八国史  作者: 月詠 夜光
~地の章~

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第9話:食糧支援

 レース開始、一ヵ月前。

 スターは、人間の限界と言われる、継続的に9Gの、瞬間的には30Gの耐圧トレーニングに耐え切った。

 流石に、ミカでも積んでいない程のトレーニングであるが、ミカは自分に厳しかったが故にトレーニングをキツいものにしていたが、流石に人間の限界までは求めていない。


 よって、若干スター有利かも知れないレースが、あと一ヵ月に迫っていた。


 そうなると、ミヲエルとスターの婚約の話も、急に現実味を帯びて来る。

 スターは、毎晩寝る前に、ミヲエルと結ばれる結果を想像して、黄色い悲鳴を枕で押さえつけて、覚悟を決めつつあった。


 そんな折、風神国から地底国へ、来参(らいさん)の報告が齎された。

 賓客(ひんきゃく)は、ミヲエル一名である。と同時に、大量の食糧が齎された。


「あの……ありがとうございます」


 スターは(しお)らしく、そうお礼を述べるに止まった。


「なに、レース用に携帯食も必要と思ってね。

 一食100グラム、念の為、百食10キロを持ち込んだよ。

 あとは、水は1キロもあれば、自動浄水システムを積んだ機体だから、心理的に多少抵抗があるかも知れないけど、循環して水不足になる可能性は少ないと思う。

 ただ、摂水不足にならないように、細目(こまめ)に水分補給すると良いと思う。

 少なくとも、アンモニア臭い水にはならないから、純水過ぎて飲みづらいかも知れないけど、飲まないと生命に関わるからね。

 このアドバイスと、叱咤激励(しったげきれい)の為に来た。

 君がミカ嬢より上の順位なら、僕とスター嬢との婚約には誰にも文句を言わせない!」


 最後の宣言は、スターには有り難くて涙が出て来た。

 自分も、その宣言に負けないだけの訓練を積んできたつもりだ。

 最早、ミヲエルは神子としての権限の行使も吝かでない様子だった。


 あとは、スターが実戦で勝つだけの話だ。

 そうして、その10キロを遥かに超える食糧を持ち込んだ理由を知る。


「スター嬢、あと一ヶ月、僕と一緒に訓練を積んで貰ってもいいだろうか?」


「……ッ!?」


 実質上、世界一の訓練を積む機会の申し出だ。

 ココは、断る手など、考えられない。


「よろしくお願いします!」


「じゃあ、訓練の進捗(しんちょく)状況の確認から始めようか!」


 そう言って、ミヲエルはトレーナーと打ち合わせを始めた。そして、その進捗状況に驚き、そして。


「じゃあ、本番のシミュレーションと慣熟運転の為に疾走るぐらいしか、する事が残っていないじゃないか!」


 やる事が、ほぼ決まった。

 本番のシミュレーション。ソレは、道中の進行速度とその仰角の確認と、仰角変更の際の耐圧トレーニングを積む事にある。

 慣熟運転は、フライトカーを手足のように自由自在に操作出来るようになることを目的とする。

 共に、スターが最近取り組んでいる事でもある。

 最終的に、両者を同時に取り組むトレーニングを積む事が、一つのゴールだ。後は、本番での真剣勝負になる。


「因みに、ミカ嬢にもこのレベルのトレーニングには取り組めていないそうだ。派遣したトレーナー経由の情報だから、信用出来ると思う」


 信用出来るとは云え、本番の経験値ではスターよりミカの方が上である事は確かだ。

 但し、ミカは昨年のレースで4着に着いたのも、一昨年のレースに続き、3年目の出場での結果である。

 不安要素は、スターが初出場である事にのみある。


 出来れば、準優勝して欲しいと云う思惑が、地底国にはある。最悪、ミカに負けずの4着迄なら、許容の範囲内だった。

 ただ、地底国の者達はスターの実力を若干甘く見積もっていた。

 ソレは、ミヲエルの機体が瞬間的に音速を超えられる事に由来する。

 通常のフライトカーは、時速1000キロが限界だと言われている。

 音速は、1225km/hである。実に、2割以上もの上の速度を出せることになる。コレは、『E-1/2』の際に、強力な武器となる。


 実際、ミヲエルは12歳でフライトカーレースにデビューして、2年目で4着、3年目で準優勝、4年目にして初優勝、去年のレースも制して2連覇したところだ。

 コレは、(ひとえ)に最高性能のフライトカーを造る金銭的余裕が、風神国の他には天星国しかいなかったからだ。その上、ミヲエルには『風の加護』がある為でもある。

 事実、スターの乗る機体には、リミッターを全部取り払っても、時速1000km/hまでしか出せる性能は無い。


 この差は、『メガコア』の案が出された際に、『ギガコア』の案が出された時、同時に『キロコア』と云う、一回り……と云うか『メガコア』に比べて三桁ぐらい性能の劣るコアの案が密かに出され、風神国の機体にのみ積んで、性能を確かめる試験が行われていたりしたせいもあって、そのテスト機にミヲエルが乗っているせいでもある。

 そのテスト機の試乗の結果は、「実用は不可能では無いが、パイロットがとてもではないが耐えられたものではない」と報告されたと云う。

 だが、ミヲエルはそのテスト機を乗りこなしている。


 実は、キロコアの起動時、他の全ての推進力を上げるコアをメインコアから離して、キロコアのみをメインコアに一瞬だけ触れさせることで、ほんの短時間、音速を超えられるのだ。但し、人間の限界まで耐圧トレーニングを積んでいて、尚且つ耐圧スーツ──正確に言えば耐Gスーツ──を着用していることが絶対条件で、ようやく到達出来る速度だ。

 なので、スターにも機体にその性能があれば、音速を超える速度を短時間、発揮できる筈だった。


「ミヲエル殿下。もしよろしければ、殿下の機体に試乗してみたいのですけれども……」


「残念ながら、駄目だね。性能は高いが、その分、操縦がデリケートで、僕でも操縦に失敗すれば、耐圧スーツを着用していても、気を失う(おそれ)がある。

 操縦には、最短でも半年は訓練しないと、最高時速を叩き出すことが出来ない。

 僕でも、フルフェイスのヘルメットを装着して、ようやく安心して音速を超えられる機体だからね」


「……音より、速いのですか?」


「そうなるね」


 ミヲエルにその自覚は無かったのだが、スターの心は一度折れてしまった。

 2位は可能でも、優勝は無理。その事実を知ってしまったが故に。

 その時、スターの頭に閃いたのが、高度1000メートルに到達する際に降下に移るまでの仰角を、(アール)を描いて仰角を下げる案だった。


 どういう訳か、このレースの基本戦略を訊くと、一定の仰角で上昇して、一定の高度まで到達し、一定の俯角(ふかく)で下がり、一定の高度まで下がり、俯角1度で直進するのが当然と言わんがばかりの説明を受ける。コレを、もっと細目(こまめ)に角度調節すれば、もっと早くゴールに到達出来るような気がしてならない。そう、スターは思っていた。


 現実問題として、食事の時間や水分補給の時間を考えると、そんなに細目に仰角を変更することは出来ない。

 だが、基本戦略より少し優れた疾走り方をすれば、……それでも1位は無理かも知れない。

 だからと云って、2位狙いの戦略など、立てるつもりは無い。


 そして、実際にシミュレーションとして、仰角の設定をしたまま自動でフライトカーを疾走らせながら、食事を摂る時間を設定してみたり、そう云う計画を立ててみたりはする。

 それが、勝利に繋がると信じて。

 序でに、ミヲエルに一つ提案をしてみる。


「ミヲエル殿下。来月に迫った今年のレース、殿下も音速越えは禁じ手として、私と勝負をして頂けませんか?」


「──まぁ、構わないだろう。

 それで?何かを賭けるのかい?」


「いいえ。私は──プライドを賭けて疾走りますわ」


「いいねぇ。僕は王者として、立ち(はだ)かるよ。ならば、僕は王者の座を賭けて疾走ろう。

 君も、遠慮なく抜けるものなら僕を抜いて見給え」


 ──よし。これで勝負になる。

 スターはその条件を勝ち得て、ようやく立ち直ったのだった。

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