第8話:限界までの訓練
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スターの訓練は、順調だった。
半年で、継続的8Gにも耐えられ、瞬間的には13G迄耐えられる。
まさか、仰角の変更があんなにもキツイいGが掛かると思っていなかったスターは、あれ以降、より一層のトレーニングに身を入れることとなった。
そうして、スターの身体はメキメキと筋肉質になって来た。
それだけの強い負荷が掛かっている証拠である。
スターは、タンパク質を特に食べるようになった。──肉や魚である。
だが、それらの食材は地底国では高い。それでも、鶏肉は何とか継続的に食べられた。
それは、スターの風神国への嫁入りを地底国底王が望んでいる証拠であり、フライトカーに関する政策は、一大国家事業と化しつつあった。
何しろ、風神国へスターが嫁いだら、風神国の比較的安価な食糧をそれなりの量は輸入を優遇される筈だからだ。それが為されなかった場合、スターに連絡して優遇を配慮して貰うぐらいのことも考慮に入れてのことだ。
こうなったら、一刻も早くスターを風神国に嫁入りさせたい。だから、高がイチレースが国家事業となり得たのだ。
風神国としては、そこまでの大事だとは思っていない。だが、ミヲエルはスターを見初めた。故に、スターが期待を一身に受ける訳である。
恐らく風神国では、一刻も早くミヲエルに嫁と、男児を授かることを期待はしていても、相手はスターでなくても良い。
だが、ミヲエルの意向は一応、重視される。女子を見初めたと云うニュースは、風神国でも一大事だ。
実際、スターが現時点でそんなにも良妻賢母の美しい娘かと云うと、将来性に期待が持てる、と云う程度にしか過ぎない。
だから、両国王の意志は、本人たちが望んでいるのなら、サッサと嫁入りをして、レースは趣味で行なって貰い、早く後継ぎを産んで欲しいと云うのが本音である。
本人たちは、そこまで国から期待されているとは、夢にも思っていない。せいぜいが、悪い相手を貰うなよと云った程度だろうと云う認識である。
ミヲエルに関して言えば、文字通りの『音速の神子』であり、実は、最新鋭の技術の粋を尽くした機体に乗って、実際に音速を超えることも、一時的になら可能な機体に乗っている。当然、9Gに耐え続けられ、瞬間的には30Gにも耐える。
なので、実はミヲエルはチートをしてレースで優勝している訳である。但し、肉体がそのGに耐えられるレーサーでなければ、同じ機体に乗っても勝てるとは限らないので、そこは本人がその素養に恵まれていた。加えて、初期のトレーナーが本格的に耐圧トレーニング等を取り入れられる、一流と呼んでもその当時は相応しかったトレーナーの指導を受けている。
ミヲエルは、王座に就くのは吝かではないが、早めに引退して、フライトカーレースのトレーナーとして生きていきたいつもりであった。
だが、二代に渡って後継者が居るので無ければ、王座を譲ってはならぬと云うルールが風神国神王室にはあるので、王座を継ぐ迄は加護を授けて護るものの、そもそも男児が産まれなければ、意味がないのだ。
従って、実はスターの訓練・トレーニングは、二ヵ国にとって急ぐべき、緊急の事態なのだが、本人はそこまでの圧力を掛けられると潰れそうなので、暗に願われているのみである。
その為、スターの訓練・トレーニングが当初の予想よりかなり順調と云う情報は、二ヵ国にとって喜ばしい出来事であった。
この際、他のレーサーに対して、相手がスターだったら、コースを配慮して譲ってやって欲しいと云う連絡が業界で出回ったのだが、本人の耳には触れないように、最低限の配慮はされていた。
そして、その情報に鬼の首を取ったかのようにスターは八百長で勝とうとしていると触れて廻ったのが、ミカである。
当然、スターに配慮するつもりは一切無い。むしろ、妨害出来る場面があったら、妨害するぐらいの腹積りで居たが、その情報がミヲエルに届くなり、氷皇国に抗議のお言葉が届いた。以後、スターの耳に入らぬように、業界は沈黙を保った。
そもそも、フライトカーレースのスポンサーとして大きいのは、風神国と天星国であり、その二ヵ国が手を引くなら、レースはその継続を困難にさせる。
故に、風神国の発言権は強く、氷皇国一ヵ国では対抗出来ない。何より、粗相をしたのは氷皇国の皇王女のミカなのだ。見逃される筈が無い。
元々は、スターとミカは、仲の良い友達であった筈なのだ。なので、その気の強さから女だてらにフライトカーレースに参加して、辛うじて4位は誇っても良い程度の順位である。
そして、ミカは気付いた。スターに忖度して他のレーサーが疾走るなら、2位の座が転がり込んで来るのではないか、と。
当然、ミカはスターより経歴が長い分、競い合えば負けない自信があったし、そんなスターに三位の座を譲るなら、はいどうぞ、と云うのがミカの本音である。
ココで、ミカは一つ、重大なミスを犯した。──2位を狙ったのである。
優勝を狙ったのなら、未だ良い。だが、2位だけは目指してはならない順位なのだ。
よって、ミカは『666』の数字を何かの機会に偶然に見付けただけで、呪いに掛かり、医者も匙を投げる、取り返しのつかない事態となった。
さて。勝手に対抗馬が衰えてくれたのである。スターは、当然、優勝を狙っている。機体の性能と、これまでの経験値的に、ミヲエルには敵わないのは承知の上である。
だが、スターは賢明にも、1位の座を狙ったのである。
トレーナーはその目標を訊いて、本心では「ええ……無理だよ……」とは思いつつも、スターの為を思って、最大限の努力を積ませた。
スターの戦略的には、間違っていない。問題は、実力差と機体性能差である。
どう考えても、ミヲエルに対して勝ち目は万に一つも無い。
だが、スターは決めた。道中の仰角コントロールの差で勝ってやる!と。
問題は、このレースが20時間にも及ぶ、中長期的なレースであり、食事中はオートパイロットに任せなければ、Gに耐える精神的・肉体的余裕が発揮できず、食事のタイミングをいつに取るのかが一つの戦略として重要なのだが、スターはトレーナーが未だ教えるには早いと判断していた為に、知らなかった。
だが、知らなかったでは済まされないレースなのである。
トレーナーも、そろそろ教えるべきタイミングかなと思って、教えるタイミングを窺っていた。
そして、遂に耐圧トレーニング中に食事を摂ると云う暴挙に出たことで、スターはそのレースの真の難しさに気付かされた。
最早、引く手は打てない。トレーナーからは、一定の速度で疾走っている最中に食事を摂れば、然程の難しさも無く食事を摂れることを教えたが、スターは場合によっては加速中に食事を摂る可能性を考えて、トレーナーと共に仰角や食事のタイミングも含めたレースプランを立てたが、確かに、一定速度で疾走中に食事を摂るタイミングを取ることは、難しくなさそうだった。
念の為、一週間分の簡易食は備えられるそうだが、それは、簡易食を提供してくれる風神国に礼を述べねばならない事だった。
何しろ、海半球を疾走るのだ。一面海の場所で方角が判らなくなったら、フライトカーの性能を考えても、一週間分ぐらいの備蓄はしておいた方が無難だ。
そうして、スターは風神国に提供して貰い、レース中に食事を摂り、恥ずかしかったが便を済ませる経験も積んだ。
耐圧トレーニングが限界までは行われていないが、最早、一丁前のフライトカーレーサーだった。
そもそも、限界まで耐圧トレーニングをする方が少数派だ。スターは、その少数派に入る事で、優勝を狙えるレーサーを目指した。
と云うか、限界までの耐圧トレーニングなんて、トレーナーも経験していない。
トレーナーは、万が一、自分だけが意識を失った時の為に、スターに後部座席でのブレーキの掛け方を伝授しておいた。
それでも、トレーナーは限界までの耐圧トレーニングに耐えるとか、涙目モノの苦行である。
コレで、トレーナーだけが意識を失った場合、トレーナーには立つ瀬が無い。
だが、スターが人間の限界までを求めて来ている訳である。トレーナーとしては、応えねばならない。
そうして、スターは世界一厳しいトレーニングを積むことになる訳だった。




