第6話:初乗車
その日の内に、スターは耐圧スーツの試着をしてみた。
「うーん……足回りが締め付けられると云う設計だとは訊きましたけれど……若干、胸周りが締め付けられて、苦しいわね」
「その分、呼吸する為の空間が確保されていますから、着けないよりは高加速圧時に楽だと思いますよ」
「うーん……じゃあ、瞬間加速圧9Gでトレーニングの方、よろしくお願い致します」
そう言って、スターはトレーナーに敬意を評して敬礼をした。右眉の辺りに肘だけ折って伸ばした右手を添えて、極一般的な敬礼をだ。地底国には、特別な敬礼は無いので、儀礼的に正しい敬礼だ。
「未だ早いよ。先ずは7Gに平気で耐えられるようになってから、だね」
トレーナーも、軽く敬礼して礼を返した。
「先ずは、耐圧スーツを着た状態で、7Gに挑戦してみようか」
「……訓練の進み具合としては、進んでいる方なのかしら?」
「うん、早い方だね。こんなに早く7Gに挑戦させることに、不安を覚えるぐらい」
「それは良かったわ。
ミカに逃げたと言われるのも癪ですものね」
「ハハハ……。今年のレースに出るのは無理だよ。
そうだね、来年のレースへの参加に向けて訓練を積むつもりでいるよ」
乾いた笑いを上げたトレーナーに対し、スターは「そんな!」と声を上げて抗議する。
「今年のレースには間に合いませんの?
参加出来ないだけで、逃げた負け犬扱いは嫌ですわよ!」
「そもそも!──フライトカーレースである『E‐1/2』と云うのは、一年程度の訓練で選に絡むほど、甘いレースじゃない。
ビリでも良ければ、思いっきりリミッターを厳しく設定して参加してもいいけどね」
「う……。でも、そろそろ運転の仕方ぐらいは教えて下さっても良いのではなくて?」
「急がば回れ。選に絡みたいのだろう?
折角、最新鋭の装置まで設置された機体なんだから、無事に運転できる状態で運転する事!
コレ、ミヲエル殿下もそう思っていらっしゃると思いますよ?」
「う……。確かに、7Gの環境下で、そう簡単に操縦できるとは思えませんわね。
仕方がありませんわ。ミヲエル殿下の待望する成果を挙げるべく、来年のレースに向けてトレーニングを積みますわ!」
「はい、じゃあ、例によって後部座席に。
危ないと思ったら、すぐ加圧を止めますからね!」
「御心配なく。危な気なく加速圧に耐えますわ!」
「……だと良いんだけどね」
トレーナーが苦笑した。その様子を見て、今日中に7Gに耐えると云うのは相当な難事なのだろうと、スターも理解した。
そして、厳しい加圧トレーニングが始まった。
「意識レベル低いよ!何やってるの!」
そうは言われても、高い加速圧で意識が飛びそうなのは避けられない。その様子を見て、トレーナーは加速圧を4Gまで下げた。
「なっ!?耐えていましたわよ!何故、減速するのですか!」
「今はこのレベルで充分。むしろ、4Gになった途端、意識レベルが上がるのは、良い兆候だよ」
この機体、本当に指導用に良く出来ている。普通、後部座席に座った人の意識レベルの確認を出来る程の性能は、フライトカーは有していない。
本気で、スターが選に絡むことを望んで、この機体をスターに贈ったのだと、トレーナーは驚く程だ。
指導専用機。その側面が良く見える。
無理なく、イチパイロット候補生をエースパイロットに育成する為にあるような機体だ。
本番では、違う機体に乗るのだろう。何せ、後部座席がある分、機体が重い。故に、本番用の機体では無い。
本番用の機体は、休ませて定期的にメンテナンスしている。
来年のレースに、地底国から参加するのは二名だ。スターと、他の某か。
トレーナーは、スターの休み時間にもう一人を育成している。が、本来はスター専属のトレーナーだ。スターの訓練時間になる前に、機体を清めて待っていなければならない。
故に、もう一人の地底国からの参加者は、ビリ候補の筆頭だろう。実際、トレーニングの進捗状況もスターの方が遥かに早い。
だが、スターの腕前は、スターに運転させてみなければ、実際には判らない。
そこで、トレーナーは一つの手を打つ事にした。
「姫様、リミッターを厳しく設定して、一度運転してみますか?」
「是非にお願い致しますわ」
場所は、風神国の野っ原。発車させるに容易で、イザと云う時のブレーキも掛け易い。
幸い、スターには『緊急事態を除いて、絶対に踏まないように!』と言い含めてある、ブレーキも後部座席にはある。
この際、緊急事態とは、トレーナーが意識を失ってしまったりと云う場合を含める。
止めれば安全、とは限らないが、進み続けている限り、安全な疾走は出来ない。
故に、後部座席から見て、危険と判断すれば、止める事は出来る。
地上に降りさえすれば、入れ替わって安全な操縦で帰還出来る。
まぁ、スターは半端な覚悟でフライトカーに乗った訳では無いので、危険な走行を今からする愚は理解しているつもりだった。
風神国へのフリーパスを入手したのは、スターの練習にとって、とても重要だった。どれだけ感謝してもし足りない。
兎も角、スターはドアの外から覗き込むようにして操縦の仕方を習うと、後部座席にトレーナーを乗せて、今度こそほぼ自由に空を飛べる身の上となった。
先ずは、浮上。10メートル程浮かび上がってから、少し高度を上げるようにして前方に加速する。
「いいよ、いいよ!旋回して!」
「はい!」
スターは操縦桿を廻して、時計回りに旋回した。横に掛かるGが厳しい。だが、そのGに耐えるトレーニングも積んでいる。
旋回する度に、三半規管が揺さぶられ、頭が少し酔いそうになる。そこで、トレーナーの指示が出た。
「よし!じゃあ、最初の地点に着地するトレーニングも積んでみようか。
急がなくていいよ!むしろ、慎重すぎるぐらいにゆっくりと、着地してみようか!
今回は、着地迄が上手く行ったら、それで合格点を上げよう!」
進行方向は、丁度直進した辺り。スターは素早く減速して、減速圧に耐えながら、慎重に操縦していく。
一番厳しく指導された操縦であり、スターはその教えを丸暗記していた。
着地する時に、早過ぎると機体を地面にぶつけて、最悪、壊れるし、もっと言えば、死亡事故にも繋がりかねない。
着地地点の上空へ到達し、あとはゆっくりと高度を下げてゆくだけ。
地上1メートルで、ほぼ停止した。後は、ゆっくりと着地するだけ。
果たして、スターにはフライトカーレーサーとしては、適性があったのだろう、難なく最初の操縦を無事に終えた。
「ふぅ……良かった。ちゃんと着地出来た!」
スターは無事に地面に降り立った。後部座席からトレーナーが降りて、スターを褒めそやした。
「うん、問題ないね!最高加速圧4G。意識レベルも7をキープし続けたし、問題無いよ!
ただ……一度も失敗していない、っていうのが、若干不安かな?
問題の無い程度に失敗しておいた方が、今後の操縦が慎重になって、勉強になったんだけど。
まぁ、今後はちょっとしたミスも許されない速度での疾走をすることになるだろうから、ミス・パーフェクトであることを願うよ!」
そうか、とスターは思った。
ミス、つまり、未婚である事が問題なのだと。
これは、早くミヲエルに嫁に貰って貰うしかない。
ただ、これが本番での失敗に繋がるフラグかも知れないと思うと、スターは人知れず不安を覚えるのだった。




