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八国史  作者: 月詠 夜光
~地の章~

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第5話:レースの現実

 一ヵ月後、スターは後部座席にトレーナーを乗せ、試験運転を出来るようになっていた。

 だが、それとは別に、耐圧トレーニングも積む。

 未だ、スターが操作する時のリミッターは、時速60キロが限界に定められていた。


 この世界の他の移動手段と比べると、それでも十分に速いのだ。だが、スターは最早、その感覚が麻痺しそうになっていた。


「ふぅん……1時間で、風神国に来れちゃうのね」


「ええ。──姫様には未だこの速度での操作は許しませんよ?

 因みに、時速100キロを少し超える程度のスピードで、最大加速圧は6G程度にしましたが、意識レベルは──十分に高いようですね、レベル8です」


「そりゃあ……想い人が居る国の上空ですもの。少々、興奮してしまっても仕方が無いと思わなくて?」


「俺らの業界人からすれば、天上の世界の住人と言っても過言ではない成果を出している方ですから、多少は理解出来ますよ。

 もし、彼と並走出来たらと思うと……おや?後部から、近付いて来る機影がありますね」


 言われて、スターは即座に後ろを振り返った。耐圧ガラスの向こう側、恐らく彼の機影が見えて来る。


「追い付かせませんよ!

 姫様、瞬間的に7Gまで届くと思いますが、どうかご覚悟下さい。最初の経験がこんな形と云うのも……或いはロマンチックなのかも知れませんけれど、そうそう簡単に追い付かれて堪るものですか!」


 機体が急加速し、スターは未だ体験したことの無かった加速圧に、歯を食いしばって耐える。トレーナーは彼女の意識レベルが7であることを確認すると、そのまま時速1000キロを目指して加速した。だが……。


「クッ!この程度の加速では流石に追い付かれますか。

 まぁ……耐圧スーツも着用していないのに、これ以上の加速圧は、私でも苦しい。残念ながら、並走を許しましょう」


 トレーナーは自ら設定した最高速度時速1000キロと、加速限界7Gまでをフルに引き出し、それでもミヲエルには追い付かれる。一体、普段からどのくらいの加速圧で訓練を積んでいるのだ?!と思う程の、見事な加速だった。ただ、ソニックブームを引き起こして追い付いた彼の機体は、加速を止めて並走し、スターに手を振ってみせた。コチラは既に加速を止めているから、スターもミヲエルの手を振る姿を確認し、手を振り返した。


「減速します!今日の耐圧トレーニングはここまでとしましょう!

 お疲れ様です。地底国に引き返しますよ!」


 短いランデヴーを終え、減速し、地底国へ引き返す二人。ミヲエルも、少しの間だけ付いてきた。スターには、それが何よりも嬉しい。


「耐圧スーツ、そろそろ仕上がる頃なので、届き次第、9Gまでのトレーニングも始めましょう!

 ソコに届いたら、(しばら)くは正確な操縦を求められますよ!

 まぁ、しばらくは私が後部座席に乗り、緊急停止等の判断も致しますので、どうぞご安心して訓練にお(いど)み下さいませ」


 それはそれとして、正式に風神国から上空を飛び廻る許可も下りているのだ、スターには、風神国上空を飛べると云うだけで充分嬉しい。


 ただ、レーステクニック等は未だ教わっていない為、未だレースで好成績を残せると云うレベルでは全然無い。

 特に、上空1000メートルでの空気にも耐えるトレーニング等も必要となって来る。

 機内の気密性は高いとは言え、多少の空気の交換をしなければ、酸素が足りなくなって来る。

 故に、上空800メートルより上に届いた際には、一時的に空気の交換も止める。

 上空1000メートルに届いたら、アラートが鳴る設定もされている。

 その際に仰角を変える操作が必要になるのだが、その時に空気が薄くて意識レベルも低下していましたでは不味(まず)いのだ。


 一部の高級フライトカーには、高度1000メートルに届いたら、自動的に仰角を下げるシステムを搭載していたりもする。

 だが、地底国がそんな高級フライトカーを買う予算がある筈も無かった。


 今は未だ、何の期待もされていないスター。だが、何の結果も残せませんでした、では、名前負けしてしまう。

 スターは密かに、ミヲエルに次ぐ二位の成績を狙って、訓練を積んでいた。

 だが、周囲はそうは思わない。

 いずれ、必ず一位の成績を叩き出して、優勝台の天辺に立つことを、彼女の家族は夢見ている。


 だが、周りからそんなプレッシャーを掛けて潰れてしまっては台無しだ。

 皆が言外にスターの優勝を願っていたことは、周りの皆の共通の暗黙の了解事項であった。

 そんなことは、本人も知りはしない。

 だが、それだけの期待が、スターには掛けられていたのだった。


 そして、スター自身もまた、相当な負けず嫌いだった。

 なので、いずれ訓練を積むにつれ、一位を望むようになることは、傍目(はため)には明らかだった。


 耐圧スーツは、その日の昼に届いた。

 Gに耐えることは勿論、20時間もの長時間のレースに備え、股間に人の手では簡単には外せないマグネットの割れ目が設定されていて、尿・便の強力吸引機能のついた排便装置を取り付けると、強力な力でマグネットの割れ目がこじ開けられ、傍目には見えないが、仕方のないこととは言え、恥ずかしい機能のついているのがレース用のフライトカーと云うものだった。

 吸引した尿便は機内に蓄積され、レース後に排出する。


 排便装置は、取り付けるのに成功すると自動的に全て処理してくれるので、然程意識しなくても自動的に吸引してくれる。


 スターも、初めてその装置を取り付ける時には若干躊躇したのだが、その快適さに自然と馴染んでいった。


 こう云った情報は、観客には伏せられているが、人の口には戸が立てられないものである。詳しい者は知っていた。

 そして、スターのような美しい女性レーサーともなると、ミカが現にそうであるように、ファンからは様々な妄想の物語が繰り広げられ、(いわ)く、アイドルは尿便(にょうべん)はしないものだ、と云う主張をする者も少なくない。


 とは言え、その辺はデリケートな話題である。知っている者同士の間でしか繰り広げられない話であり、レース経験者ともなると、水分補給すると、自動的に吸い上げられるよねと、現実を知っていて、幻滅こそしないものの、アイドル扱いをしないものである。


 そう、ミカですらアイドルなのだ。スターは、それに負けることはあってはならないと云う覚悟を決めていた。

 飽く迄も、ミヲエルが相手なら、未だ一位を譲ってもいいと思っているだけ。実力が全然伴っていない今でも、レースの時までには、二位に入賞するぐらいの腹積りで訓練に挑んでいたのであった。


 そして、耐圧スーツが届いたことで、遂に9Gへの耐久訓練が行われるのであった。

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