第2話:フライトカーレーサー
二人は、レモンティーを味わうところから始め、話し合うつもりでいた。
スターは習ったマナーで通用するものか、疑問に思い、先ずはミヲエルの飲み方を観察することにした。
ミヲエルが右手にティーカップ、左手にソーサーを持ち、気品に溢れた仕草でレモンティーの香りを嗅いでから、一口音も立てずに啜る。
「そもそもフライトカーを知っているかい?」
「いいえ。寡聞にして存じ上げておりません」
「あー……アース、つまり地底国か……。
七ヵ国同盟に参加していないから、当然と言えば当然なのだけれど……。
要するに、空を飛ぶ車のことさ。
フライトカーレースと云うのは、毎年開催される、惑星の半周レースのことさ。
氷皇国に直接、作成を依頼しない方が良い。ミカ嬢の性格を考えれば、何らかの小細工をして来ることは確かだ。
僕から依頼して造らせれば、余計な小細工はしない筈。
この際だから、レース用に三機、お買い上げ頂けると有り難いのだけれど……」
「私から地底国王に依頼しておきます。
それで……出来れば、私も負けたくは無いのですけれども。少なくとも、ミカ嬢には」
「君も中々言うねぇ。気に入ったよ。
訓練士も、同時に派遣することを僕も風神国王に頼んでおくよ。
ミカ嬢も、中々の腕だからね。前回のレースで、三位入賞には至らずとも、ギリギリの第四位。
負けるような鍛え方はさせるつもりは無い。だけど、君も優勝を掻っ攫う位の勢いで訓練して参加して欲しい。
なに、ミカ嬢に約束したのは、婚約者の一人にさせる権利のみ。結婚するとも言っていないし、ましてや正室に迎えるだなんて約束はしちゃいない。
イザとなれば、逃げ道はたっぷり用意した約束だからね!
だけど、君も負けないで欲しい。ぐうの音も上げられない敗北を彼女に味わわせよう」
ミヲエルは中々に無茶なことを言っているような気がしたのだが、スターには不思議と、成し遂げられそうな気も湧いて来る。
スターは返事をしようとして、ふとレモンティーが気になり、上品に一口啜った。そしてその香り高さに驚き、つい咄嗟に。
「あら。美味しい」
と呟いていた。
するとミヲエルがニコリと笑い掛け、こう言った。
「安い茶葉を美味しく飲むための工夫なのだけれどね。
どうやらミカ嬢のお気に召すことは無かったようだ」
既に冷め始めた、ミカ嬢にも淹れられたレモンティー。レモンティーと共にミヲエルからのミカへの想いも既に冷めてしまっているような気がする。
ミカが下がったことで、他の国の姫君達の入り込む余地が無くなったようで、二人だけの特等席となってしまったようだ。
「先ずは耐圧トレーニングから始めると良い」
話題が、フライトカーレースに移ったことに、暫くスターは気付かなかった。だが、今までの話題を思い返して、ようやく理解が追い付いた。
「あの……。本気で、フライトカーレースとやらの結果で婚約関係の賭けを為さるおつもりですか?」
「勿論!僕はそのレースに自信があるからね!
何しろ、僕の疾走る場所には、必ず追い風が吹いているからね!」
「あのッ!それって、魔法を使うと云う意味ですか?
彼女に反則だと言われる余地を残すのは悪手だと思うのですけれど……」
「うーん……魔法と云えば魔法だけど、どちらかと云うと『加護』なんだよね。
だから、自然とそうなるし、ソレを防ぐ事は出来ない。
そのお陰で、歴代のチャンピオンは軒並み風神国のレーサーだよ」
「うーん……何だかズルいです」
「そうかい?でも、ルール違反でも無い。何度も議論されて来た結果、ルール違反にはされていないのだから、責任はルールを定めた者にある。
それに、結局は『9Gの壁』を乗り越える事が出来ない、人間の限界がある以上、どれだけ急激な加速に耐えられるかと云う問題を乗り越えなければ、例え風神国のレーサーでも、勝てないレーサーは出て来る。
限界まで鍛えた先の、ほんのちょっとの加護。
つまり、実力で負けていては、加護があろうが勝てないのだよ。
そして、実力で負けないトレーニングを積んでいる。
所詮、実力の無い者には競う土台に付けないと云う事実があるのみさ。
僕は、次期風神国王として、フライトカーレースの王座を死守する。その実績を以て風神国王と認められる。
その為に、フライトカーレーサーとして、訓練を積んでいるのだから」
スターにはよく判らないが、ミヲエルには彼なりのフライトカーレーサーとしての矜持があるのだろう。
それは、フライトカーレーサーとして、誇り高い事を意味する。
誇り高い事と傲慢である事は違う。
傲慢なのは、例えばこの世界の中心は自分だ、等と云う思い込みを持っていたりする事。
誇り高いのは、例えばミヲエルの場合、フライトカーレースを疾走れば、トップクラスの実力を持っていると云う自信を持っていたりする事だ。
コレが、実力を伴っていないのに自信を持っていたりすると、傲慢になる。
実を伴っているかいないかで、誇れる事と大罪になる事との大きな乖離がある。
スターは、ミヲエルが恐らく傲慢では無く、誇り高いであろう事に一安心した。
七元徳には怪しい点があるが、七つの大罪には、間違いが無い事は確かだからだ。但し、七つの大罪の全てに共通して、過剰にあるもので無ければ、全く無くしたら人類が滅ぶ懸念がある事も確かだ。
だから、スターはミヲエルの実力を見届けてから、彼への評価を定めても遅くは無いと判断した。
「氷皇国はね。『アルフェリオン結晶』を造れる二つの国の一ヵ国で、単独ではフライトカーを造れない国だからね。水帝国に依頼しても良いんだけど、あの国は『メガコア』の作成を企んでいてね。
そりゃあ、最大で百万倍も性能が上がるなら、作成を企んでも仕方の無い話なのだけれど、そこにパイロットへの負荷を考慮に入れていないところが問題でね。
とてもでは無いけれど、そんな恐ろしいコアを試験的にでも積まれた車体に乗り込む気にはなれないよ」
「『メガコア』……?」
「そう。理論上は『ギガコア』なんてものの作成も可能なのだけど、とてもじゃないけど、十億倍の出力なんてもののパイロットへの負荷は、耐えられるものでは無いんだよ。
ただ……素のメインコアにギガコアだけの影響力を与えると、素のメインコアは時速一センチの速度で動くから、それを十億倍すると、時速千キロ。ほぼ音速になるね。
でも、ソレをデリケートにコントロールする為には、複数のコアに分けて、ギリギリで音速寸前に到達させるのが、適切なんだ。
一つのコアをコントロールして制御するのは、とてつもなく困難なんだよ。
複数のコアに役割を分担して制御した方が、遥かに安全なんだよ……、って、ゴメン!フライトカーの話になると、我を忘れてしまって……」
暫く独話していたミヲエルが、ようやく我に返ってレモンティーをマナーも考えずにズズッと啜った。
その様子が可愛くて、スターはクスッと笑った。
「……失礼した。
何か、他に話題は無かったかな……?」
スターは失笑したことを詫びようかと思ったが、雰囲気から察して、彼女もまた話題を探して、手許のレモンティーを見て、話題として提供し、その場を流した。
後に、地底国へとフライトカーが譲渡され、同時にトレーナーも派遣されたが、その際に要求された対価はトレーナーに対して交渉して金額が決められたとされる。
そして、スターはフライトカーレーサーとして、特別なトレーニングを積むこととなる。
これは、スターがフライトカーレーサーとして花咲く迄の物語である。




