第1話:お見合いパーティー
スター・アースは、そんな勉強が果たして役に立つ時が来るのか、非常に疑問で仕方が無かった。──マナーの勉強だ。
もっと、こう……知能を高める為の勉強をすべきではないのか、と。
だが、意外にも、スターが十六歳の時に、直ぐに役立てる機会がやって来た。
それは、八ヵ国各国の王子・王女が出会いの場を求めて参加する、合同お見合いパーティーの時だった。
初参加のスターは、壁の華になってボーっと周囲を眺めていた。すると、一人の美青年が椅子に座ってテーブルの上の茶菓子を摘んでいた。
その光景が、余りにも華やかで、スターはつい、じーっと眺めてしまった。
すると、向こうは向こうでスターに見られていることを感じ取り、スターの方を向いた。
ちょいちょいと、手招きまでして来る。
スターは、お付きのメイドに相談の上、そちらに向かった。
スターのお付きのメイドが、椅子を引いた。そこへ、滑り込むように座り込んだ女性が一人。
「あら。御免あそばせ。
ミヲエル殿下、またお会いしましたね」
「ミカさん、君はまた……」
ミカ・アイス。気に入ったものは絶対に手に入れると豪語する女性だった。
ミヲエルは、助けを求めるように視線をスターに向けた。
スターのお付きのメイドが、同じテーブルの別の席を引いた。スターは行儀よくその席に座る。
「君、名前は何て言うんだい?」
ミヲエルはミカを無視してスターに問い掛けた。
「スター・アースと申します。
初めまして、えーっと……」
「ミヲエル。ミヲエル・ウィンドだ。
スターさん。貴女の所作は美しい。
余程、マナーの勉強を頑張ったのだろう」
そうしてミヲエルは、お付きのメイドに「二人にお茶を」と告げる。
ミヲエル・ウィンド。風神国の神子の名だ。ミカでも、下手には扱えない人物だ。
「ミヲエル殿下、このような田舎娘に、高級茶葉を使っても、味の違いなんて分かりませんわよ?」
「失礼ながら、高級茶葉では無くてね。その代わり、レモンティーにしてみた。
スターさん、貴女のお口に合えばよろしいのだが……」
レモンティー。スターには、そんなお洒落な紅茶の飲み方をした経験は無かった。
芳醇な香りを嗅ぎ、一口口に含む。酸味が美味しい紅茶だった。
「美味しいです、ミヲエル殿下」
「やはり、この小娘には茶葉の違いなんて分かりませんわ。
そんな小娘を婚約者に迎えると、恥をおかきになりますわよ、ミヲエル殿下」
「ミカさん。貴女とは前回、思う存分話した。今更君と話すことはない。
スターさん。この紅茶の美味しさを判ってくれるとは嬉しいねぇ。
安い茶葉で美味しく紅茶を飲む為に工夫してみたんだ。
柚子なんかを試しても美味しいかも知れないねぇ」
「……ッ!何て冷たいお言葉。前回と同じ殿下とは思えませんわ!」
「君の一方的な主張は聞き飽きたんだよ!下がって居給え!」
確かに、ミカの主張する通り、ミヲエルはミカに対してのみ異常に冷たい。
ミカにして思えば、名前が『ミヲエル』なのだから、『ミカ』を得るのが相応しいと云う主張なのだが。
「君に比べれば、やや引っ込み思案のスターさんの方が、遥かに好ましい」
「……!こうなったら、勝負ですわ!
小娘、名前をスターと名乗りましたわね?貴女に勝負を申し込みますわ!
勝負の方法は、フライトカーレースで競いましょう!」
「えっ!ええっ!?」
スターにしてみれば、余りにも唐突な話である。
そもそも、フライトカーレースと云うのは、一体何なのか。フライトカーを知らないスターには、想像も付かない話題だった。
「そうやって、初心者を甚振るのが君の流儀かい、ミカ嬢」
だが、勝負を仕掛けられて、何もせず降参する程、スターは諦めがよくはない。
スターは、そもそもの話から聞き出すことにした。
「ミカさん……でしたか?
その……フライトカーレースと云うのは一体何なのですか?」
「……は?」
ミカは呆然として、そのうちにクツクツと笑い出した。
「貴女、まさかフライトカーすら知らない貧乏国の王女なのかしら?
いいでしょう、フライトカーを造るところからお世話を見て差し上げますわ。
フフフッ。『音速の淑女』と呼ばれるワタクシを相手に、果たして勝てるところまで辿り着けるかしら?
よろしいでしょう、専門のトレーナーも紹介して差し上げます。
正々堂々と、勝負致しますわよ!」
何故こうなった……。スターはそう思った。
だが、ミヲエルの方が一枚上手だった。
「なら、僕も参加させて貰うよ、その勝負。
フライトカーレースなら丁度いい。興味があって、トレーニングしてやっと大会で優勝できるだけの訓練を積んだんだ。
僕が勝った場合、ミカ嬢には僕の言うことを聞いて貰うよ?
約束だからね。その代わり、君が勝った場合には、僕の婚約者の一人にでもしてあげようじゃないか!」
「言いましたわね?言質は取りましたわよ!
ワタクシの手に掛かれば、風神国の不敗神話も最早これまでですわ!
見ていらっしゃい!ワタクシの勝利は揺るぎないですわよ!」
「もういい!君の意見は訊きたくない!もう立ち下がって頂けないか?
君が勝利した暁には、存分に話も訊いてあげよう。
だから、この場は引き下がり給え。
これ以上は、訊くに堪えない。
せいぜい、他の国の王子に取り入っておく余地を作っておくことだね!」
「フフフッ。仕方ありませんわね。
ここは一旦、引き下がりましょう。
ですが!来年のフライトカーレース、勝負はその場と致しましょう!
その時には、逃げないことですわね、ミヲエル殿下も、スターとやらの小娘も」
ミカはホーッホッホッホッホと云う高笑いを上げて、その場を立ち去った。
「しょうがない奴だな」
そう言うミヲエルに、同感とスターは思いつつ、お互いに見つめ合ってフフフッと軽く笑った。
「さて。じゃあ、まずはレモンティーを美味しく頂いてから話すとしようか」
「ええ。よろしくお願い致します」
ただ、二人ともどっと疲れが出て、椅子に深々と座り込んで身体を休めるのだった。




