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八国史  作者: 月詠 夜光
〜風の章〜

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第4話:迷宮都市を目指して

 アイヲエルとヴィジーは、翌朝、アイヲエルが手紙を認めている時に、ヴィジーもミアイ宛の手紙を認めて、商人ギルドに依頼して王城まで届けて貰えるよう、依頼した。郵便のシステムが未熟な今、手紙を届ける手段は限られている。価格も交渉で値引きしても、二通を同じ宛先だという理由で銀貨一枚だ。これは、ほぼ確実に届けますよ、という条件故に、実はかなりお高い。


 それでも、二通を確実に届けて貰うためには、それ以上の値引きはしなかった。値引きを前提とすると、これでも相場相当の価格である。


 もっと安く届けて貰う場合、確実性がグッと低くなる。その代わり、大銅貨一枚程度で済む。


 薄く雲が空を走る天気の下を、二人は迷宮都市を目指して旅立った。アイヲエルは徒歩の旅をしたいようだが、ヴィジーは敢えて馬車での移動と云う手段を取った。


 これで、国における道の重要性をアイヲエルが学べば、授業料としてはむしろ安い。二人で銀貨二枚だ。確実に届ける約束をした手紙が、如何に高いかお分かりになって頂けるだろうか?


 それでも、風神国の迷宮都市までは二泊程度の宿を取らねばならぬのだが、ヴィジーは敢えて最低の宿を選んだ。


「師匠、屋台飯でも食いに行きましょう」


 そう、食事も出ない程に安い宿だ。ヴィジーは敢えて一食抜こうと思ったのだが、予想以上にアイヲエルが手慣れている。


 そして、屋台で食事を済ませると、藁のベッドの宿に泊まる。ヴィジーは、身体は休ませるものの、意識はずっと維持しているつもりでいた。


 最低の宿であるから、寝込みを襲撃される恐れがあるからだ。


 それに対して、アイヲエルは、寝る前に足許に銅貨七枚を置き、熟睡するつもりでいたようだ。


「アイヲエル。何だ、その銅貨は」


「いやぁ、最低の宿って、金を盗まれることがあるんですよねぇ。

 だから、『この金額で勘弁してくれ』って意味で、銅貨七枚がこの宿の相場かなぁと思いまして。

 それ以上を奪うつもりだったら、斬り捨てますけどね!」


 本当に、お忍びのお出掛けで慣れているのだなと、ヴィジーは思った。それどころか、アイヲエルから見ると。


「師匠も銅貨七枚、並べて置いた方が良いですよ。その方が、深く眠れますから」


「……そうか」


 ヴィジーもアイヲエルの言う通り、銅貨七枚を足許に並べてから。


「いや、この宿の宿賃(やどちん)より高いではないか!」


 と、銅貨五枚での素泊まり二人一部屋で一泊という条件を考えて、怒鳴った。


「そういうもんですよ。もう少し高い宿に泊まったら、もう少し高い代価を置かなくちゃならないんですから」


「それなら、安全な高級宿に泊まれば良いではないか!」


「……宿賃がどれだけ違うか考えて言ってます?」


 迷宮都市に向かう途中の宿場街(しゅくばまち)で、高級宿と言うと、宿代は銀貨数枚程度で済む。だが、確かにコチラの宿の方が安い。王都の最高級宿とは比べものにならないが。


「節約しないと、長旅は出来ないじゃないですか。師匠が王都で選んだ宿の宿賃を訊いて、俺はビックリしましたよ」


 二人一部屋で金貨一枚。確かに、高い事は確かなのだが。いや、天星国王として儲けた貯金があったからヴィジーは躊躇わなかったが、確かに毎晩泊まるには経済的にキツイ。


「ああ、そうそう。このお金が回収されるまでは、熟睡しない方が良いですよ。立ち去ったら、大抵はそれ以上は奴らも手を出して来ないですから」


 思えば、ヴィジーには冒険者の経験はあれど、純粋な旅の経験というものは少ない。これは、これなりのアイヲエルの節約旅の手段なのかも知れないと思った。


 そして、静かな夜が訪れた。虫が鳴き出すにはまだ早い。風が鳴るほど強い風は吹かないし、雨も降っていない。


 本当に、静かな夜だった。故に、その床が軋む音は意識を維持している二人にははっきりと聴こえた。


『師匠、起きてます?』


 アイヲエルから念話が飛んだ。ヴィジーも念話で『ああ、起きている』と答える。


『寝たふり、ちゃんとして下さいよ?こんな夜中に()め事なんて、勘弁ですよ?』


『揉めなければ、金を奪われても良いという問題ではあるまい!』


『だからこその、金額制限です。起きてると気付かれると、ちょっと揉めますよ』


 ヴィジーは脱力した。逆に素早く反応出来るかとも思ってだ。


 そして、足許の銅貨が回収されていく。


「──心得た奴かも知れんな」


「ああ。撤退するぞ」


 小声で相談していたが、二人には丸聞こえだ。それでも、二人は脱力する事を止めない。


「チッ!持ってそうなだけに、残念だがな」


「しー!静かに。眠っているとは限らないだろ?」


「そりゃそうだ。二人とも帯剣している。万が一、寝たふりだったら、命あっての物種だ」


「静かにな」


「ああ」


 どうやら、二人居たらしかった。これから、他の部屋も廻るのだろうか?そう考えて、ヴィジーは一度起きた。


「ふぅー……心臓に悪い。

 ここまでして宿賃をケチる必要があるか?」


 ムクリと、アイヲエルも起き出した。片目を瞑って、半分寝ているらしかった。


「師匠、起き出しちゃダメですよ。警戒されますし、休みも取れません」


「無茶言うな。儂はこんな経験なぞ無い。

 次は儂の選んだ宿に泊まって貰うぞ」


「その話は、明日の朝、起きてから」


 そう言って、アイヲエルは寝転んだ。寝息を立てて、眠っていそうだ。が、イビキも掻かず、半分起きていそうな気もする。


「……本当に器用な奴だ」


 そう言ってヴィジーも横になったものの、意識は維持せずにはいられなかった。


 お陰で、翌朝、ヴィジーはしっかり寝不足だ。


「だから、(しっか)り眠った方が良かったのに」


(うるさ)い。万が一の警戒だ。それに、馬車の中でも眠れる」


「移動中の危険に対しては無視ですか」


 ハッハッハとアイヲエルは笑った。


 朝食を済ませると、馬車に乗って迷宮都市を目指した。


 その途中、泊まる宿はヴィジーが決めたが、代わりにヴィジーは宿賃を自腹で支払った。


「ああ、勿体無い……。そのお金で、どれだけの旅が出来ることやら……」


「煩い。そんなことより、アイヲエル。お前、この国の道をどう思う?」


「何ですか、その質問。いきなりに。

 馬車がすれ違う余裕もあって、その上で歩行者も歩けて、豊かな国である証拠になっていると思いますが」


「豊かな国である理由としては、それが全部か?」


「ええと……馬車に因る流通も盛んで、その富を他の場所に移す体制が整っている、とか?」


「……まぁ、合格点か。

 道だけではないが、流通が盛んなことには、道の良し悪しが大きく関係しているし、この通り、旅をするにも大変便利だ。

 道以外の手段は判るか?」


「──水運。その他は、思いつかないなぁ」


「そうか。アイヲエルは天星国を訪れていないから、魔空船を見たことは無いか。

 偶に他の国にも飛ぶんだがなぁ」


「見たことはあります。

 でも、流通に大きな影響を与える程の頻度で飛んでいるのは見たことがありません。

 天星国では当たり前なんですか?」


「ああ。空を見上げて、一隻も飛んでいない事は珍しいな。昼間は。

 夜中は、限られた魔空船しか飛んでおらんし、そもそも暗くて見えん」


「ふぅん……。魔空船の製法は、特許ですか?」


「特許の期間は終えた。なのに、開発する国が無い。ノウハウも金を支払えば得られるのにな」


「それは風神王(ちちうえ)に報告しなければ!」


「それは迷宮都市に着いてからになると思うぞ?」


「ああ、そうか!

 メモしておこう。直ぐに手紙を認められるように」


 そう言って、アイヲエルは空間魔法を行使して亜空間から紙とペンとインクを取り出した。台となる木の板も取り出し、揺れる馬車の中、かろうじて読める字で『魔空船』とメモした。


 しまってから、アイヲエルは他の乗客の視線を感じた。そして念話で。


『師匠、何か、俺、目立つことしました?』


『空間魔法の使い手は少ないんだ』


『ええ……、それだけでかよ』


 アイヲエルは背筋を伸ばし、邪魔にならないように足を組んだ。堂々として、視線を逸らすためだ。


「そういや、師匠。馬車って予想以上に揺れないものですね」


「道の整備と、馬車の製造技術の進歩に因るものだ。風神国の誇れる施策の結果と思って良い」


 話を逸らせて、有耶無耶にしようとしたアイヲエル。そのせいか、視線は逸らされていく。


 迷宮都市までもう少しという時点で、アイヲエルは「魔空船にも乗ってみたいなぁ」と呟いた。


「天星国に行った時に、手配してやろうか?」


「ありがとうございます、師匠!」


 二人は、野盗の類の襲撃に備えて警戒していたが、風神国の治安は、そこまで悪くはなかった。


 無事に迷宮都市に到達し、ヴィジーはアイヲエルを連れて高級宿に泊まるのだった。

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