第39話:芋娘の嫁入り
「風神王!」
王宮でアイヲエルは自らの父親を呼んだ。
「何事だ、アイヲエル?」
「『風神王』の座、譲って頂きます!」
「ならぬ!」
風神王はバッサリと断った。
「せめて、孫の顔は見せよ。然もなくば、王座は譲れぬ!」
「そうか……。それが条件か……」
アイヲエルは少し悩んでから、「出直します」と宣言して去った。
「ミアイ!──ミアイ!何処にいる?!」
アイヲエルはミアイの姿を求めて歩き廻った。
「──何ですの、アイヲエル?」
結局、今泊まっている宿まで戻る事になった。
「ミアイ、子を儲けるぞ?」
「いっ、いきなり何を申しますの?!」
「『風神王』の座を継ぐ条件だ。
ようやく覚悟が出来たぞ。
これから、宜しく頼む」
ハァー、ッとミアイは溜め息を吐いた。
「その前に、挙式しますわよ。
ワタクシと貴方は未だ婚約者であって、夫婦には未だなっていませんもの。
結婚式は、この際、地味でも構いませんわ」
「否、盛大に祝おう!次なる風神王の座に相応しい程度には!」
「先ずはワタクシは、光朝王に連絡致しますわ。
風神国では盛大に、光朝国では地味に挙式して、正式に夫婦として、子供を儲けましょう」
「否、光朝国でも盛大に祝おう!
資金は風神国から出す!
両方の国民から、祝われる夫婦となろう!」
「──盛大に、となると、振る舞い酒等の類は避けられませんわよ?それも全て風神国が提供すると?」
「ああ。当然だ。俺と君が結ばれる記念なのだから」
嗚呼、自分は幸せだ、とミアイは思った。
これならば、光朝国では一時的な特需に沸く。国が豊かになる時期だ。
嗚呼、自分は選択を間違っていなかった、とミアイは確信する。お付きのメイドのお声掛け一つで、ここまで成り上がった。
あとは、アイヲエルの選ぶ選択肢を間違えさせないこと。コレだけだ。
政治的判断、と云う奴をミアイは然程心得ているつもりはない。
だが、明らかな愚策ぐらいは判るだろう。
だから、アイヲエルのブレーキにさえなれれば良い。
そう、ミアイは思っていた。
なのに、だ。
「これから、色々と力を借りるところもあると思う。是非、『賢神王妃』と呼ばれるだけの活躍をして欲しい」
「あら。随分と色気の無いプロポーズですわね。
まぁ、名うてのプレイボーイに口説かれるよりは百倍マシですけれども」
貸す程の力は持っていないと思ったミアイは、そう皮肉で返した。
「フム……色気のあるプロポーズがお望みか。
そうだな……。
一目見た時から、美しい女性だと思っていた。これからは、夫婦として互いに支え合って生きて行ければと思う」
「……及第点、と云ったところですわねぇ……。前半は良かったのですけれども。
でも、本当に一目見た時から、この『光朝国の芋娘』のことを『美しい女性』だなんて、本気で思っていらして?」
「ああ、それは間違いない。磨けば光る、特大のダイヤの原石だと思っていた。
まぁ、予想の五割増しで美しくなってくれた訳だが……」
「と、特大のダイヤの原石だなんて……。お世辞も、過ぎれば皮肉になりますわよ、アイヲエル」
「……?特大で間違いないと思うがなぁ……。ダイヤも、最も硬いと云う点に於いては、間違いないと思うし」
ああ、と言ってから、アイヲエルは言葉を付け加えた。
「『黄金色の芋娘』であったから、黄金に喩えねばならなかったか。
しかし、それでもやはり、『特大のダイヤの原石』で間違い無いとは思うが」
「ワタクシは、磨かれたと云うよりも、肉付けをして美しくなりましたもの。でも……確かにそう云う意味に解釈出来る言葉も思いつきませんわね……。
ま、まぁ、ワタクシは『灰かぶり姫』ですもの。……美しく磨かれたと云う意味では、同じ意味かも知れませんわね」
ホホホと笑って照れを誤魔化して、ミアイはアイヲエルの足許に跪き、その左手を取った。
「これから、よろしくお願い致しますわ、殿下」
そう言って薬指に口づけをする。するとアイヲエルが「ああ!」と大きな声を出して。
「そういや、婚約指輪の一つも贈っていなかった!
ゴメン、特注で、特大のダイヤの指輪を贈るから」
「あら。ワタクシはそんな品の無い指輪よりは、小さなダイヤを鏤めた、控えめの指輪の方を所望致しますわ。
指輪の方が美しいなんて言われたら、立ち直れませんもの」
「そうか?うーん……いや、しかし……。
うん。お似合いのダイヤの指輪を注文して、結婚指輪として君に贈るよ。
だから、少し時間が欲しい」
「どうせ、ワタクシ達の結婚式で忙しくなりますもの。スケジュール調整から、何から何までも。
結婚式にさえ間に合えば、文句は言いませんわ」
こうして、二人は小一時間イチャ付き合って、指輪の注文が発注された。
結婚式まで、三ヵ月は優に掛かると思われる。特に、光朝国王・王妃の来賓のスケジュールの調整が難しいだろう。
全ての娘の結婚式に参加するのは難しいだろうが、長女でもあるミアイの結婚式だけは、相手が風神国神子とあって、無理を押してでも参加したいだろう。
そうして、光朝国は結納の品として、熟成が澄んだ黄金芋を、有りっ丈風神国に差し出し、誠意を示したが、風神国ではその価値と意味が解らず混乱を呼び、アイヲエルがミアイと共に呼び出された上で、光朝国の意図を訊き出した。
「成る程、光朝国の名産品で、黄金にも匹敵するだけの価値のあるものとして結納されたのか……」
「光朝王も、最大限の譲歩をするのは良いものの、相手にその価値が解らなければ、通用しないことも理解していないだなんて……」
「否、この際だから、結婚式で黄金芋を料理にして皆に振る舞おう。そうして、美味しさを判って貰えれば、結納の品として立派なものと見做される。
ただ、このせいで光朝国が食糧難になったら困るから、『のし』は盛大にお返ししよう!」
「風神国から食糧を輸入して下さいねと云うアピールになるかしら?」
「なぁに。風神国の食糧自給率は二百%を超えているからね。他の国に、そんなにもの食糧輸出の余裕は無いだろう」
「それにしても、『光朝国の芋娘』の結納の品に黄金芋だなんて……。失礼に該る行為に見做されなければよろしいのですけれども」
「喰えば判るさ。コレを喰わない事は、光朝国に対して失礼に該るから、全員食べて、きっと驚くことだろう。
あとは、料理人の腕に期待しよう!」
「スウィーツにして提供されれば、多少は評価されるかも知れませんけれども……」
「砂糖を使わずにスウィートポテトになんて加工されれば、黄金芋の価値は鰻上りだろう!」
「うーん……そんなに甘い話で済むでしょうか?」
「済むだろうさ!黄金芋は、それだけ甘い芋の品種なんだから!」
ねぇ、師匠?とアイヲエルは問い掛けて、ヴィジーが若干引いていることを知った。
何のことは無い。二人が急にイチャつき始めたから、その甘い雰囲気に飲み込まれんとしているのみだ。
「二人とも、甘いな。
風神国では然程有名でも無いが、他七ヵ国では、その甘さから、最高級食材の一種として取り扱われているのだ。
贈られた黄金芋の量を考えると、光朝国の本気が判るぞ?」
「最高級食材……。成る程。妹共が手を出していないか、ちょっと確認に行ってきます!」
評判を知れば、アイヲエルの妹たちは風神王に我儘を言って、黄金芋に手を出していないかがアイヲエルには気掛かりだったが、流石に、結納の品を我儘で食べさせるほど、風神王は迂闊では無かった。
指輪も三ヵ月もあれば余裕で仕上がり、そして、二人の結婚式が始まる。




