第38話:アイヲエルの結論
毎朝の日課のトレーニング。アイヲエルはそれを済ませると、時間的に余裕があったので、ひと風呂浴びる。
三日坊主なアイヲエルであったが、旅の最中、ヴィジーはそれをサボることを許さなかった。
氷皇国で氷菓子を食べて、水帝国で海産物を食べ、続く光朝国で黄金芋を食べた。
夜には暗黒饅頭を食べるが、下に黄金色の菓子が敷き詰められている筈も無く。
地底国に向かい、独活の天麩羅を食べ、ホワイトアスパラガスを炒めて食べ、モヤシのナムルを食べる。
天星国では、贅の限りを尽くされた料理を食べ、そして風神国に帰って庶民的な料理を食べて落ち着く。
「はぁー、やっぱり、自国の料理が一番落ち着く」
「お主の食べ慣れた味じゃろうからなぁ。
しかし、未だ出回っておらんな、ダンジョン産の野菜類」
「狩りになんていきませんよ、ええ、勿論。トラブルに巻き込まれるのは御免ですからね」
ようやく然るべき警戒心を持ったかと、ヴィジーはその事実に気付いて、僅かながら成長しているのだなと安心する。
光朝国に寄った折、龍の渓谷にヴァイス&シュヴァルツを帰すチャンスがあったが、二人は帰らないと言う。
「親分に付いて行くのです!」
「親ビン、美味しいものを食べさせてくれるのだす!」
要するに、二人は既に餌付けされてしまっていたのだ。
食欲旺盛な二人だけに、食費の負担はまぁまぁ掛かるのだが、それも仕方なし。
護衛としてはやや頼りなかったが、それなりに役には立つ。
何せ、力はあるのだ。亜空間収納があるとはいえ、おおっぴらに出来ない場面では、荷運びだけでも充分だ。
そして、女性であるが故に、ミアイの護衛としては、大いに役立つ。
フラウは、万が一の備えだ。時間に余裕があれば、教会に行って治療を施す訓練を積み続ける。
ヴァイス&シュヴァルツは、その際のフラウの護衛としても役に立った。
大抵は、一方がフラウの護衛になり、もう一方がミアイの護衛になる。
ミアイはシュヴァルツの方を頼りにしていた為、フラウの護衛は大抵がヴァイスだ。
もうちょっと修羅場を潜っていたらもっと心強かっただろうが、その賭けに使うチップはそれぞれの命である。そんな危ない賭けは出来ない。
「どうだ、アイヲエル。王座を継ぐに相応しい経験は積めたか?」
「そんな経験なんて積む機会が無かった事は、師匠が一番判っているでしょう!」
「自虐する程のヌルい旅でも無かったと思うがなぁ……」
「それでも!王になって、何をすれば正解なのか、それが判る程の経験は積めませんでした」
「ホントの正解なんて、誰も解らないものじゃよ。それさえ判っていれば、王として間違った判断を下す可能性は低いと思うがのぅ……」
「……そうか。形の無いものの形を見に、俺は旅に出たのか。
でも!『八ヵ国同盟』は成し遂げたい!これだけは、妥協出来ない!」
「その難しさが解らぬお主でもあるまいに」
「難しいからと云って、諦める理由にはならない!
否、難しいからこそ、成し遂げることに意味がある!」
「真剣勝負で挑むか?」
「成し遂げられるかは判らないですけどね!」
「フンッ!ならば、『八ヵ国同盟』だけを目標に頑張るが良い。
然すれば、自ずと為すべきことが見えて来るだろうよ」
「……問題は、敵対属性国同士を協力させることか……。
フライトカーレース辺りを折り込めば、納得させられるだろうか……」
「その答えは、一生を掛けて見つけていくものじゃ。
別に、王座を退いてから『八ヵ国同盟』を果たしても良かろう!」
「うーん……そんなものですかねぇ……」
そして、アイヲエルは老後の楽しみを思い出した。
「王座を退いたら、八ヵ国の絶景を撮影して廻りたかったところなんだけど……」
「欲張りじゃのう、お主も。
まぁ、儂も国の後継を優秀な者に託すべく、百年近くの在位をした鬼王じゃ。人の事を言えん。十男を以てして、ようやく納得の行く才を見出した。
それですら、現状維持が精一杯。
お主と共に、国を豊かにする協力体制を敷いて貰えると有難いがのぅ……」
「そうか……天星国との協力体制を敷くのは、比較的容易なのか……。
因みに師匠。師匠なら、俺を風神王の後継として相応しいと判断しましたか?」
「──旅に出る前なら、失格の判断をしたじゃろうのぅ……。
現状で、妥協の範囲内、と云ったところかのぅ……」
「うへぇ、厳しいなぁ……。
でも、旅に出る前と後とで評価が違うのか。
旅に出て成功だったのかもなぁ……」
「後は三日坊主の癖を直すだけじゃ。
じゃが、それが何よりも大変じゃ」
アイヲエルは辟易とした表情でその言葉を受け止めるが、こう返した。
「旅は三日で終わりませんでしたよ!」
「一つ所に三日留まった事の方が珍しいじゃろ!
ソレで三日坊主が直った等とは言えぬわ!」
「そうですねぇ……フライトカーレースの件では、長く留まりましたけど、それ以外は用が済んだら立ち去ってしまいましたねー。
でも、用が済んだら、ソレで充分じゃないですか?」
「充分なものか!
其処此処で改善点を全て挙げて行くぐらいの事をせんと、その地を訪れた価値などあるものか!」
「だ〜か〜ら〜。風神国各地で、改善点を洗い出して行くんですよ!
俺が王になった暁には、其れ等を全て改善して、国全体をもっと豊かにするんです!
そうすれば、自ずと俺の評価が高まって、勲章も得られる!」
「『八カ国同盟』なぞと言っていても、改善するのは自らの国のみか!
ソレでは『八カ国同盟』は成し得ぬぞ?」
「ココで、食用植物モンスターの策が、ジワリジワリとボディブロー並みに効いてくる筈!」
「その為の一手だったと云うかよ!」
「否、最善手を考えていたら、効くことが判明したのみですよ。
流石に、そこまで先を読んで手は打っていません」
「ハハ……ならば偶然の産物か……。
最早、フライトカーの流れは止める事が出来ん!
その功績も、お主は認められる。
しかも、フライトカーレースの初代チャンピオンを輩出した国じゃ。
中々、他国の止められる余地の無い流れじゃ。
お主はその流れにどう乗る?」
「流れに乗る、ねぇ……」
アイヲエルはウーンと悩んだ。
「流れに逆らってでも、自分の足で歩みたい時には、どうしたら良いでしょうねぇ、師匠?」
「信念を持つ事じゃな」
ヴィジーは簡単そうにそう言った。
「人の言葉に影響されないだけの信念。
それが無ければ、ただ流されるだけの人生になってしまう……」
「俺たち、流れに流されていないですかねぇ……?」
「どうなのだろうなぁ……」
ヴィジーは呟くように言う。
「『世界』と云うものは、影響し合うものじゃからのぅ……。
自分の意志で選んだと思われる選択肢も、それまでに歩んで来た人生で触れた『世界』に影響を受けたものであることは、往々にしてあり得る事じゃからのぅ……。
まぁ、終わってみないことには、何とも言えぬのが現実じゃ」
「じゃあ、俺の結論はコレで終わりですね」
アイヲエルは、そう断言した。
「俺の旅の結論。『八カ国同盟』と『絶景撮影の旅』。
俺の人生で、成し遂げる事はそれだけで良い。
後は、俺の人生のオマケ程度のもの。
だから、俺は今から現風神王に、風神王の座を継ぐことを宣言しに行く!
断わられたら、ソレはその時の話。
うん、王宮に今から行って、宣言しよう!」
そう言って、アイヲエルは何事も無かったかのように歩み始めた。
「待て待て、アイヲエル!
そんな事で良いのか?お前の成りたかった王と云うのは、その程度のものか?
キチンと答えを出した後で良いのだぞ?!」
それに対して、アイヲエルはこう答えた。
「王になったからと言って、何でもかんでも叶えられるものでは無い。
だから、俺が目指す『風神王』のカタチは、『八カ国同盟』の成立と、引退後の『絶景撮影の旅』、その二つだけで良い。
他に俺が目指すものは無い!成したとしても、それは結果論だ!」
最早、ヴィジーにも止める言葉が無かった。
斯くして、アイヲエルの旅はこんな形で終わりを告げた。




