第37話:努力目標
「そう言えば、アイヲエル、各国のグルメを制覇せんで良いのか?
旅と云えば、グルメは醍醐味じゃぞ?」
「あー……、今まで味わったものだけで充分かなぁ、と云う気が……」
「そうか?
火王国のスパイス料理は味わったが、水帝国の魚介類や、氷皇国の氷菓子すら喰ってはおらんじゃろう」
「どの道、風神国か天星国の方が美味いかなぁ、と思いまして」
「現地で喰うのは一味違うぞ。
それを味わわんで、何を旅の成果とする?」
「……じゃあ、行ってみます?」
疑問形で答えるアイヲエルだが、満更でも無さそうだった。
「行くか!そう来なくてはな!」
「行くのです!」
「食べるのだす!」
喰うことに関しては敏感な、竜人娘二人も答える。
「『光朝国の芋娘』が、唯一、譲らなかった伝説の『黄金芋』と云うのも気になるしな!」
「なっ!ご存知でしたの!?」
「まぁ、尾鰭が付いて廻るのが、噂って奴だからなぁ」
「師匠、その、黄金芋とは?」
「金色に輝く甘くしっとりした芋だと聞いて居るが……現物を見てのお楽しみだな!」
「……ん?師匠、俺、それなら食べた事あるかも知れません!」
「ほぅ……そいつは羨ましいことだな!」
アイヲエルは、婚約直後、光朝国を訪れた時のことを思い出していた。
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「美しい芋だ……」
アイヲエルは出された食事の、主食に該る輝く芋を眺めていた。
「我が国自慢の一品だ、婿殿も食べて下され」
「どれ……うん、美味い。こんなに美味い芋なら、一個で満足してしまうのも頷ける!」
その言葉を、ミアイは赤面して訊いていた。
「そうなのですよ。だから、ミアイの妹たちは、件の時、『お姉様も黄金芋だけは譲らないのね!』と不満顔だったのですよ。
嘆かわしい事に、良く出来た娘は儂にはミアイしか居らん。
どれだけ苦渋の決断で、他のおかずを譲ったのか、その真意に気付いておらん。
まぁ、だから儂はミアイに二度とおかずを譲る真似は止せと言ったのだが……」
「……ん?他の妹には黄金芋は当たっていないと?」
「いえ。適量の黄金芋は与えておるが、『物足りない』と。
いやぁ~、ミアイの妹たちは、シンデレラストーリーを駆け上がるだけの器量は無いだろうな!」
「義父上、この芋の種芋、少し譲って貰うことは出来ないでしょうか?
ほんの二~三個で構わないですから」
「土が変われば、芋も変わりますが、それでもよろしければ」
「ム……そうか。では、量産化出来た折には、風神国に優先的に売って頂けないでしょうか?」
「ハハハ……量産化が出来ましたらね」
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「と云う訳で、少ないながらも風神国も輸入しております。
熟成させる作業が面倒だそうで、余り大量に売られても困るとの話でしたが。
ご希望とあらば、お召し上がりになって頂いても」
「否、名物は現地で食べることに価値があるんだ。
光朝国の黄金芋、楽しみにしておるよ」
「闇夜国でも食べられるのですけれどね……」
ミアイが、自虐気味にそう言った。だが。
「光朝国で食べることに価値があるのだ、闇夜国で食べても、価値は半減だ」
「そうか……光朝国と闇夜国は運命共同体か。
そうなると、闇夜国の名物は?」
「さあ?訊いたことがありませんね。ワタクシは」
「否、『暗黒饅頭』だ。
その底には、黄金を忍ばせて賄賂を贈る習慣があると訊いた」
流石に、ヴィジーは博識であった。それを訊いたミアイは。
「闇夜国は、政治まで病んでいますのね。
一回、腐敗を取り除いてしまいたいですわ!」
「いやぁ、それは難しいだろう。
闇夜国では、賄賂は合法だからなぁ……」
「えっ……?」
表裏一体の国である、光朝国の王族だったミアイすら驚いた。
「合法な賄賂なんて、ありますの?」
「闇夜国は合法と云うことにした。ただそれだけだ」
「そんな無茶な……」
「違法にするかどうか、法律の見直しも検討されていると云う話だがな」
「むしろ、何故未だ違法にしていませんの?」
「美味しい思いをする者が多いから、だろうなぁ……」
実際、合理的な筈だ。賄賂を前提として政治を行なえば、確かに政治は病むだろうが、得をするのも楽になる。
ならば、金持ちが政治を握るだろうと云う話になるが、政治の最終決定権は闇夜王になる。当然、闇夜王に賄賂をする者も増えるだろうが、闇夜国の法律では、賄賂は政治の資金にするとあった。つまりは、税金を余計に払っている分、賄賂を贈った企業が有利になるが、そもそも、金銭的余裕が無ければ賄賂も贈れない。
結果、極一部の企業が国の開発の優先権を得るのだ。勿論、金銭的に余裕があるのだから、その開発も手抜きは許されない。
最悪、手抜き工事の罰金迄求められるのだ。その額はかなり高い。
故に、賄賂が合法と云えど、その頻度は高くない。故に違法とする必要も感じられていないのだ。
「腹の中、真っ黒々けな連中が、偶に貰える賄賂を、自分のやりたい政治の資金に使うのだ。大した問題では無い」
「ヴィジー殿は、元天星国王として、その事態を何とも思わないのですか?」
「その為に、他七ヵ国が健全なら、最早メリットだと儂は思うがなぁ……」
「……闇夜国が戦争を起こす可能性は?」
「ほぼ無いじゃろ。何せ、軍事力は光朝国と半分こだ。光朝国一国で鎮められる。
闇が濃い分、光も強くなる。
まぁ、心配せずに見ておけ。闇夜国が反乱を起こす理由なぞ無いことを、そのうち気付くじゃろう」
「──本当かしら……?」
胡乱気にミアイはそう言うが、実際、闇夜国が暗躍できるのは、夜間だけなのだ。
日が昇れば、光朝国の支配力が勝つ。
そして、闇を照らす魔法具は、光朝国の名物だ。その数を、光朝国はコントロール出来る。
闇夜国でも、真の暗闇の中では活動出来ないのだ。
そもそも、問題のある王族が居たら、風神王家が裁く。王たる権限を奪えるのだ。むしろ、暴走を恐れなければならない国は、風神国。
だが、それも王族OB・OGが監視している。下手なことは出来ない。
アイヲエルが戦争を引き起こすかと云うと、そこまで愚凡では無いと、ミアイも思う。
むしろ、アイヲエルの政策は八ヵ国を豊かにさせる予感すらあった。
アイヲエルにとって、その期待はちょっとした重荷なのだが、背負ってやらないでもない。
何しろ、目標が『賢神王』なのだ。
期待にぐらい、応えてこその『賢神王』だろう。
フライトカーレースに掛り切りになって、大分時間は要したが、二年半の旅の成果が試されるのだ。
流れに流された感はあったが、八カ国は見て廻った。感想としては、どの国もその国なりの努力をしており、『禁呪』にさえ手を出さなければ、豊かになる余地は各国ともありそうだった。
アイヲエルの打ち立てた方針は『共存共栄』。
目標は『八カ国同盟』。中々に茨の道である。
特に水帝国、敵対属性国の合意が厳しい。
そこはアイヲエルの努力目標だった。




