第36話:賢神子
ミアイのご意向で、一行は一度風神国に戻ることを決めた。
そして、最高級宿を国の代金持ちで泊まることを決める。
そんなことをすれば、国はアイヲエル達一行に凱旋帰国をし、王宮に戻れとの命令が飛ぶ事は明らかだった。
だから、その命令が飛んで直ぐ、アイヲエルは一行に光朝国行きを求め、出国手続きをした。
未だ旅の途中。その言い訳が必要だったのだ。
何せ、アイヲエルは未だ大したことは学んでいない。
それでも、偉業を幾つかやってのけそうな勢いではあったものの、未だ成果を発表するには早い。
一行は、誰もそれを止めなかった。ミアイですらだ。
ミアイの覚悟は決まっていた。三年を上限に、アイヲエルに満足するまで旅をさせないと、この男は子供を作って育ったら、即座に引退し、写真を撮って廻るだろう、と。
アイヲエルには、せめて『賢神王』と云う称号が欲しかった。後世にまで自慢出来るように。
未だ、そこまでには至っていないと、ミアイですら思う。
一方で、ヴィジーはアイヲエルに、既に『賢神王』と云う称号が持てるだけの知的財産を得ていると感じていた。
だが、本人が満足しないのでは、下手に止める訳にはいかない。
故に、ヴィジーは風神王に念話で報せた。「アイヲエルは未だ凱旋帰国をするには早い」と。
効果は覿面であった。国外出国をするのを咎めようとした衛士が、態度を急変させるぐらいには。
ただ、ヴィジーはミアイの希望も解っていた。ならば、光朝国での開発がある程度進んだら、天星国に案内しよう、と。
我儘を言うのは、アイヲエル一人だ。
一行は、光朝王に表敬訪問をした。
そして、その場で、アイヲエルはネタを一つバラした。即ち、迷宮内への植物型モンスター (食用)のポップアップだ。
ヴィジーは仕方なしに、そのネタを風神国と天星国にも報告した。
『義理は果たした』。その、意思表示の為だ。
そうして、三ヵ国の迷宮が、カオスと化した。
何しろ、迷宮をどれだけ深く巡ろうと、食糧が尽きることは無くなったのだから。
野菜を摂らずに体調を崩す冒険者も激減した。
その評判は、あっという間に国境を越え、八ヵ国全土に知れ渡る。
その切っ掛けを作ったのはアイヲエルであることを、知る者は僅かだった。
ただ、切っ掛けを遡れば、アイヲエルの光朝国への表敬訪問であることは、その内知れ渡ることとなる。
光朝王も、その案を実行したのは、「国がより豊かになるように」との願いを込めてのことだ。
結果的には、光朝王のその英断が風神国と天星国をも動かした事実は揺るぎない。
そして、八ヵ国で導入され、各国が切っ掛けを探ってアイヲエルの存在を知ると、皆がこう言った。即ち、『賢神子』と。
「違う、そうじゃない!俺が評価されたいのは、神王になってからなんだ!」
アイヲエルは泣き喚くが、ヴィジーが「即位前から評価される王は稀有だぞ?」と囁くと、アイヲエルは勝ち鬨を挙げるのだった。
そして、専門の職人の居る光朝国では、カメラの小型化・フルカラー化は顕著に先に進んだ。
後は、アイヲエルの納得する画質に届かせる迄だ。
アイヲエルは、写真集のサイズに合わせた印刷技術を追求し、三ヵ月後、ようやく納得の一台が仕上がった次第だった。
アイヲエルはすぐさま写真を撮りに廻りたい気分だったが、ヴィジーはそれを咎めた。
「写真撮りは、神王引退後の永い趣味として行えば良かろう!」
そう言って。その時には、カメラと印刷の技術も高まっているだろう、むしろ、アイヲエルが高めるように打診するだろうと指摘して。
アイヲエルも、それはそうだなと納得し、ミアイの為を思って、天星国に移動した。
後は、写真を撮るスポットの厳選が行なわれた。
そのスポットの厳選をする中で、『龍の渓谷』が挙げられ、ヴァイス&シュヴァルツに確認すると、二人の案内の下であれば、許可は下りそうだし、そもそも、龍王が既にボケている可能性も高いことが判った。
ボケてても未だ死にそうには無いらしいが、後継者が現れる可能性も示唆された。
龍王位の継承条件は一つ。成龍した龍であること。竜人である二人には、到底資格は与えられない事は明らかとのことだった。
そもそも、二人が誘拐される事態が、龍王ならば許してはならぬことであった筈だった。
ならば、新龍王誕生の後には、二人を龍の渓谷に帰すのが適当と思われた。
さて。困っている娘が一人居る。フラウだ。ヴィジーは側室に娶ってやれよとアイヲエルに進言するのだが。
「否。『聖女』ならば聖女らしく、教会に送るのが適当だろう」
アイヲエルはそう言って聴かないのだった。
アイヲエルはアイヲエルで、ミアイに愛想をつかされるのが怖かったのだ。何しろ、嫁無しの王座は巡って来ない。
子無しでも王座は継げるが、少なくとも男子一人、出来れば二〜三人の子供が居て欲しいと云う事情もあった。
この際、正室の男子が一人居れば充分で、他の子は他国との交流を持つ為に政略結婚する。
お見合いパーティーも、政略結婚の相手選びと云う側面が強い。実際、アイヲエルを狙っていた娘は複数居た。様子見をしていたら、痩せ細った娘がお付きの者に誘われるままにアイヲエルと話したら、婚約が成立したと云う状態になり、アイヲエルを狙っていた娘達が不愉快に思っていたら、水帝国のウィニーがミアイを誂い、その内容が同情を引いてミアイは許されるも、誂ったウィニーは吊し上げられた、と云う流れに落ちた訳だった。
ミアイには不備は何もない。痩せ細って映えないなりに最大限、化粧を頑張って、恐らく一度限りのお見合いパーティーに人生を賭けて、見事勝ち取った訳だった。
最早、女子の中では、『騎士姫』と並ぶ英雄譚だった。そう、『騎士姫』の名声はそこ迄も女の子が憧れるものだったのだ。
しかも、後には『賢火王妃』としてシンデレラストーリーを歩んだのだ。ヤンチャな王女達の憧れの的だった。
『愚火王』グラハム、涙目だった。しかし、第一子妊娠との噂も流れて来ていて、グラハムもヤる事はヤッているのだった。
アイヲエルに、未だ焦りは無い。
子作りを急ぐ必要がある事は判っているが、全ては旅が終わった後のお話しだった。
しかし、風神王になってから、風神王を引退してからやる事も見えて来た。
ただ、『賢風神王』と呼ばれるだけの成果を挙げる自信は未だ無かった。喩え、今現在、どうやら『賢神子』と呼ばれているらしいと判っても。
しかし、あと一年程の旅となったとしても、フライトカーレースに関われた時間は充実していた。
実は、風神国に足りないのは、絶景なのでは?と云う疑問も持った。
──どうやら、やはり風神国内をお忍びで旅して廻る必要はありそうだった。
そしてそれは、目標となる観光地点を探す、宛なき旅となりそうだった。
そして、現在の風神国の絶景は、豊かな麦畑が綺麗に揃って流れる、風の見える風景だと知った。
もしかしたら、新たな産物があったら、その実りを見る風景こそが新たなる絶景なのかもと思い、アイヲエルは天星国の最新に近い品種改良を施された苗を輸入するルートの確保に動いた。
産出物の品種改良に関しては、未だ天星国の方が進んでいた。
ソレを以て、再び風神国へと向かうと言ったアイヲエルを、ヴィジーは結局、アイヲエルは風神国が好きなのだなと再確認するのだった。




