第32話:醗酵魔法
フライトカーと並行して、堆肥を作る必要もあった。もっと言えば、魔空船のドックも並行して作る必要があった。
冒険者にモンスターの腸の納品を依頼する必要があり、獲物を持ち帰ってから納品する者が少しいた程度だが。
「『醗酵魔法』……」
詠唱を省略して、ヴィジーは魔法を使った。
ソレをそのまま真似できるなら、放っておいて良いのだが、ヴィジーは一応、農民の派遣を天星国に依頼していた。『醗酵魔法』は、失敗すると『腐敗魔法』になる。それでは意味がない。
だからこその、農民の派遣なのだ。
天星国では当たり前。だが、風神国ですら、モンスターの腸の堆肥化は未だ導入していないのだ。
天星国にしてみれば、このくらいはやれよと云う話であるが、トライ&エラーのエラーの部分を恐れては、中々導入出来ない話だ。
因みにアイヲエルも、自身が王になった後に技術の輸入を考えていたが、風神王には報告すらしていない。
師匠に甘える気、満々である。逆に清々しい程だ。
対するヴィジーは、「甘えんな」と思っていたりする。一度、はっきり言ってやった方がアイヲエルの為になるかもとすら思っていたほどだ。
別に、ミアイが光朝国経由で『発酵魔法』を学んでも良い話であったし、そもそもの風神国の教えが甘いのである。
農民はほぼ元神王族。税として収穫の七割を持っていかれ、代わりに金品を少し受け取る。
国民には安く農産物が売られ、冒険者も多い為、肉にも困らない。
漁師になっている元神王族も多く、海産物も豊かだ。
作物の品種改良も天星国に並ぶ程のレベルで行われており、収穫量は天星国より多い。
冒険者ギルドは民営だが、相当に儲かっているらしいが、高い税を課せられている。──冒険者への課税がされない為だ。代わりに全額をギルドが支払っているのだ。
故に、冒険者の収入は、天星国の方が多い。それでも、国土が豊かなので、風神国に住みたがる冒険者は多い。それは、天星国でもだ。
結果として、風神国と天星国の二ヵ国に冒険者は集いがちだが、他の六ヵ国も、国が困るほど冒険者が少ない訳では無い。
この事実が、『八ヵ国同盟』をイマイチ結ぼうとされぬ事態の原因なのだが、風神国も天星国も改善した結果、利益を得ているのみだ。
国に金が無い。故にギルドに支援も出来ない。だから冒険者の収入が少ない。ただ、飛び抜けて難易度の高い依頼は、報酬が悪くない。
故に、初心者は風神国と天星国に集まりがちで、中堅~ベテラン冒険者は、他の六ヵ国の内、大抵は祖国で働く。
綺麗に棲み分けが出来ている訳だ。
よって、然程の問題にもなっていない。
何しろ、風神国と天星国で難易度の高い依頼は、報酬が他の六ヵ国に比べて安いのだ。
祖国だし、食糧を始めとした物資が多いが故に風神国や天星国に高いランクの冒険者も居るが、それもGランク保持者ともなれば、また事情が違ってくる。
Gランク保持者ともなれば、国からの依頼で動くことも多い。ヴィジー然り、アスクレパス然り、である。
そして、誠実でなければGランクに認められることはあり得ない。誠実でなければ、Dランク辺りでランクが上がらなくなる。
誠実でない冒険者は、報せないのが悪いと言い出すが、ギルドの言い分では、知らない方が悪いし、誠実で無いのも悪い、と云う話になる。
故に、Dランクを越えるランクの師匠を持つ冒険者は、第一に誠実であることを心掛ける。知らない方が悪いなら、報せてくれる師匠を持てば良いのだ。
それは、王族に連なる冒険者に主に見られる傾向だ。
王族でない冒険者は、何らかの大罪を背負っている。そうして『魔王』認定されれば、討たれるのだ。
知らない方が悪い。このルールは、余りにも酷いルールだ。でも、誰もがそのルールに従って生きている。
さて、話が醗酵したか腐敗したかは不明だが、フライトカーに話を戻そう。
ドックは、各一ヵ月程で出来上がった。
問題は、フライトカーの部品だ。
コアは、『アルフェリオン結晶』の真球を作れば良い。
本体を、幾つかのパーツに分けて少し大きめに造り出し、削り出す。
そうして出来上がったパーツを組み上げていく。
強度の足りないパーツは、『龍血魔法文字命令』で強度を上げてやればいい。
そうして三ヵ月程で、四機のフライトカーが出来上がった。
まずは、四機でのレースから。スポンサーに声を掛け、機体に広告のステッカーを貼り、各国の代表に引き渡された。
そこで発生したのが、風神国に因る、機体への『龍血魔法文字命令』の追加に因る、改造計画である。
勿論、他国には報せない。
性能にして三割増しの機体に、アイヲエルの弟が乗る。
水帝国には、告知すらされなかった。
結果、風神国、天星国、光朝国、氷皇国の四ヵ国が参加のレースとなった。
そして、テスト飛行の際に明らかになった、風神国の機体の、異常な性能差。
即座に問題視され、原因を突き止めると、他の三ヵ国の車体にも同様の加工の依頼が持ち掛けられた。
それでレースが一ヵ月遅れ、性能差が殆ど無いことを確認されると、どうやら、ようやく無事にレースを始められそうな気配になった。
レース開始当日。四ヵ国が各自の国で賭けを始め、アイヲエルもそれに乗った。
アイヲエルの予想は、風神国の優勝であった。
果たして、どの国が優勝するか。
神のみぞ知ると云うが、ならば神子たるアイヲエルならば判っているのだろうか?
一番人気は、やはり天星国であった。次いで風神国。光朝国と氷皇国は自国を応援する程度の気持ち程度にしか、賭けられていなかった。
一着のみに支払われる賭け金。皆、遊び程度にしか賭けていなかった。
それは、どの国のチームが一着になるか、その予想が難しいから。
それでも、人気は偏る。
コレで、光朝国か氷皇国が優勝すれば、大穴で面白いレース展開になるかも知れない。
ただ、レースの規模が、惑星の水半球を半周するレースとなった。
コース取りは自由。但し、スタート地点から上空千メートル以上まで一度上がり、その後に、上空五百メートル以下まで下がる必要があった。ゴールの高さは上空五百メートルだ。
フライトカーと云うか、魔空船の操作では、天星国に一利ある。
その代わり、操縦練習時間が一ヵ月程設けられた。
正直に言って、アイヲエルにも、優勝するのはどの国か分からない。
それでも、光朝国や氷皇国が優勝するのは相当難しいと予想した。
はっきり言って、風神国にしろ、天星国にしろ、どちらが優勝しようが、大した儲けにはならないオッズだった。
正直、利益が出るなら、アイヲエルは天星国にも賭けたかった。だが、それだと、どちらにしろ利益が出ない程の掛け金になる。
何しろ、天星国のオッズは二倍を切っているのだから。
風神国で、ようやく二倍とちょっと。光朝国と氷皇国でも、四倍に届かない程度。
如何に、胴元が大きく利益を取っているかが解る倍率だった。
賭けで熱くなっている観衆が、応援するレースが間もなく、始まる。




