第26話:光朝国の参画
氷皇国に向かってみると、魔空船製作は、順調に頓挫していた。
簡単な話だ、魔空船専用のドックを造るところから始めていただけの話だ。
「良い判断だ」
ヴィジーは褒めた。対するアイヲエルは。
「天星国の技師が来るまで待てば良かったのに」
批判した。勝手な話だが、最初に造る魔空船は、風神国の物だ。自国の魔空船を造る前に、トライ&エラーを繰り返して、ノウハウを掴むと云うのが、氷皇国の方針らしかった。
つまりは、氷皇国にとっては、一隻目は失敗しても良いのだ。風神国からしたら、とんでもない話だが、未知だった技術である。優先的に造らせたからには、氷皇国の言い分も多少は飲まなければならない。
だが、魔空船の修復ぐらいは、金を払えば氷皇国も断れないだろう。ビッグマネーが動く案件だ。確りとした修復をしなければならない代わりに、大金を要求出来る。
まぁ、風神国ならば払えるだろうが。
とりあえず、様子を観察してから、氷皇王にお目通りの打診が為された。
そして、今度は奴隷娘たちも連れて、氷皇王と面会となった。勿論、天星国の技師も連れて、だ。
一行は、跪いて氷皇王と向き合った。
「面を上げよ」
三人が顔を上げる。奴隷娘三人と技師は、俯いたままだ。
「スマヌが、魔空船の製作には相当な時間が必要だ。未だ、魔空船用のドックも完成しておらん」
氷皇王はそう断るが、それは一行も覚悟の上だった。
「我が国の技師を一人、連れて参りました。
暫く預けます。魔空船の製作に役立てるかと」
「ウム、有り難い」
一方で、ミアイはモヤモヤとした気分になっていた。
魔空船には、天星国には関わらせず、光朝国の聖獣たる『黄龍』の血を使った『龍血魔法文字命令』で試作させるのではなかったのではないか?と。
それが、『アルフェリオン結晶』の価値が下がるかもとなったら、ヴィジーが積極的に関わってきたのだ。
そしたら、光朝国が口を挟む余地が無くなって来たのだから、堪ったものではない。
「陛下、恐れながら申し上げます」
ミアイは、国のこと・家族のことになったら、言動を躊躇わない。今回も、手遅れになる前に口を挟もうと、進言を申し出た。
「ミアイ嬢か。申してみよ」
「はっ。恐れながら、この魔空船製作事業に、光朝国も『黄龍』の血を提供することで、参画させて頂ければと」
「ほぅ……、家族想いの優しい姫君と訊いていたが、間違い無いようだ。
して、『黄龍』の血を提供する事によるメリット・デメリットを挙げては頂けないだろうか?」
「はっ。殊、『アルフェリオン結晶』に関わる事業とあっては、水帝国の聖獣たる『青龍』の血を得ることは難しいでしょう。
その上で、『龍血魔法文字命令』の為に使う『龍の血』を、天星国の聖獣たる『天龍』のみに頼っていては、言い値で買わなければ手に入れられない場合も出て来るかと思われます。
ですが、その時に『黄龍』の血を得る選択肢があれば、言い値とは言え、最大で半額までは値引きが可能かと思われます。
そして、『アルフェリオン結晶』は水帝国と氷皇国にしか作れない……。
双方にとって、魔空船製作に光朝国が関わる事は、利の多い事業となるでしょう。
デメリットとしては……最終的に、水帝国だけは、単独で魔空船製作の徹頭徹尾、全てを仕上げる技術を持つ上、材料として絶対的に必要な『水』をも、独占的状態に置くことが可能であると気付いたら……。
最悪、水帝国しか魔空船は造れないと云う事態に陥る可能性は否めないでしょう」
メリットは兎も角、とんでもないデメリットを挙げてきたが、確かに、水帝国が水の一切を輸出しなければ、あとは海の水を使うぐらいの選択肢しか無い。
水帝国しか魔空船を造れない、は言い過ぎであるが、それに近い状況は、大いに考え得る。
「成る程。海が無ければ、手詰まりになる状況はあり得たかも知れぬな」
「あっ……」
光朝国には海が無い。湖はあるが、その水を使い過ぎれば、弊害は目に見える程、明らかだ。農業用水を始めとしたあらゆる水を使う事態に難が生じる可能性がある。
「まぁ、水帝国が魔空船を量産しても、風神国への抑止力になり得るから、構わないのじゃがな」
「っ……!それでも、光朝国が絡む利点は無視できないと愚考致しますが……」
「本当の意味で愚考されては、こちらも堪ったものではないのだよ」
「──っ!しかし!」
「まぁ良い。それは兎も角、ミアイ嬢。光朝国を代表しての公式の発言と受け取って構わぬのか?」
「……スミマセン。完全なる独断です」
「ならば、この話は光朝国に持ち掛ける、と云う話で構わないであろうか?」
「……!!そうして頂けると幸いで御座います」
判り易く好顔一色のミアイ。これには、一同が顔を綻ばせた。
「……良い嫁を貰ったな、アイヲエル殿下」
「未だ婚約者で御座いますが、ワタクシは最初からそうではないかと気付いておりました」
「ハッハッハ!」
氷皇王はさも愉快そうに笑い、ミアイが顔を朱に染めた。アイヲエルは自慢顔である。
「惚気てみせるかよ。──ウム、良い!良いぞ!」
「と云うか、『光朝国の芋娘』の件を正確に訊いていれば、誰でも判った事ではありませぬか?
いきなり、光朝国の使者から彼女を紹介された際には、ビックリしてしまいましたが」
「そうか!その使者、かなりの凄腕だな。利を以て紹介されては、頷かざるを得なかったであろう」
「……いやぁ、あのお見合いパーティーの席では、『どの娘が一番化けるかな?』と思ってじーっと眺めていたら、これ幸いにと紹介されてしまったのですけれど。
まぁ、一発で頷きましたね!」
「そして、想像通りに化けたかよ」
「いやぁ、予想の三割増しですね!」
ハッハッハと、大人たちが笑う。愉快な程の惚気だった。
「して、その自慢の嫁──婚約者の進言を受けて、どう判断した?」
「まぁ、せいぜいが『天星国が高値で龍の血を売る可能性があった』と云うことに気付きを与えて頂いた程度ですが……。
まさか、拒みはしないと信じたいところですが……」
「否、実に賢く、国想いのお嬢さんだ。大事にしなされ、アイヲエル殿下。
さて。先ずは光朝国に使者を立てようと思う。──同行して頂けるか、アイヲエル殿下」
「喜んで」
斯くして、光朝国もどうやら無事に魔空船事業に参画出来るようになりそうな話の流れとなり、あとは世間話を済ませた。翌朝には、使者の方が宿に訪れていた。
話が上手く運んで幸いではあるのだが、どうしてこうも皆、先を急ぐのか。
それは、自分達が良くも悪くもマイペースで、誰よりも自分達が先を急ぐ旅をしていた為だとは、アイヲエルはヴィジーに指摘されるまで気付かなかった。
いや、だって、風神国に比べれば、他国の食事と云うのは、何故こんなにも粗末なのかと嘆く程であったのだ。それは、先を急いでも仕方があるまい。




